第17話 機能停止

「悪食を使うといいよ」


チュートリアルの声が突然僕の耳に響いた。


「これってさーなかなか取れないスキルなんだよねー、光君ってすごいよねー」


一瞬も油断が出来ない状況の中、チュートリアルの緊張感のない言い方がやけに癇に障る。

そもそも僕は【悪食】は使ったことがない。一体どんなスキルなんだ?


チュートリアルとのやりとりの間も、襲いかかるゴブリンの攻撃をかわし、首筋に毒針Lv4を発射。

その直後に獣人族の戦士が僕に剣で切りつけてきた。

間一髪かわしたが、彼の剣はゴブリンの首をはねた。


どうやら彼らの間には同盟関係は無いようだ。

倒す敵が偶然にも一致しているだけである。

そもそも味方でもないのだから、お互いを傷つけることに何のためらいもない。


「食べるっていうスキルは相手を一体ずつ食べるのに向いているけど、悪食はね、複数同時に食べられるんだ。」


えっ?


キィィィン!

獣人の剣が僕の体をかすめる。

箱の外壁部分が破損し、破片が飛び散った。


「悪食は食べるっていうより、食べ散らかすっていうイメージ。数体の相手めがけて直線的に噛みちぎるって感じかな。まっ一度使ってみてよ。」


なんだかよくわからないが、複数攻撃出来るスキルらしい。

確かに今の状況にはピッタリだ。


僕は早速【悪食Lv5】を使用。


僕は獣人族に口を開けたまま突進し、獣人・ゴブリンの胴体を同時に水平方向に噛みちぎった!

胴体を失った獣人とゴブリンの上半身と下半身が、時間差で地面に落下する。

大量の血が地面を赤く染め、オカルト映画さながらの光景となった。


「強力でしょ。ちょっとえげつないのが玉に瑕(きず)なんだよね。」


(勧めておいてよく言うよ)


「光君、意思疎通使てみて」


意思疎通?ああ、さっき習得したスキルだ。

意思疎通Lv1を使用すると、ゴブリンや獣人族の胸の所に赤や青などの色が浮かびあがった。


「色が出てきたでしょ?これは相手の感情を表しているんだよ。例えば赤が怒り、青が恐怖って感じかな。今はどう見えてる?赤の方が多い?」


周りを見回してみると、ゴブリンは赤一色に対し、獣人族は赤と青が半々くらい。

特に前衛で戦っている獣人族は青みがかった赤色をしている。


「便利でしょ?このスキルを駆使して戦えば戦意を失っているやつから狙っていけるんだ。」


(獣人たちが青っぽくなったのは、悪食スキルに怯え始めているってことか)


「ただ、ずっと使い続けるのは辞めた方がいいよ。相手の気持ちばかり分かってしまうと病んじゃうからね。」


一旦怯んでいた獣人族も落ち着きを取り戻し、僕に襲いかかる。

僕は【体当たりLv5】でゴブリンを攻撃しながら、獣人の攻撃をなんとか避けた。


ドスッ、ドスッ


背中に矢を受けた僕は、前方に倒れこんでしまった。

すかさず、倒れた僕の背中にゴブリンたちはハンマーや斧を打ち付けた。


ぐぅ!


背中に激しい痛みが襲う。

箱の背面が大破し、箱自体の形を維持することが困難となってきた。

僕は舌を地面に押し付け、その反動で体を起こし【悪食Lv5】でゴムリンたちを肉片とした。

HP的にはまだ残りはあるものの、箱自体はそろそろ限界のようだ。


突進してくるゴブリンに【毒針Lv4】を射出するも今度は盾で受けられてしまう。

その勢いのままゴブリンのタックルを食らい、今度は後方に倒されてしまった。

倒れた僕にすかさず、追撃しようとするゴブリンと獣人。

ゴブリンの胸の色がいつの間にかピンク色となっている。


おそらく勝利を革新しているのだろう。

僕は【逃げるLv5】でその場を脱出し、近くにいたゴブリンを【食べるLv8】で平らげた。


僕自身も生き残るために必死だ。

転がっている武器や、倒れているゴブリン、獣人族など目に見えるものは全て口に入れた。

獲得される新たなスキルたち。

しかし、生き残ることに意識を集中し始めた僕には、チュートリアルの声や機械音すら聞こえなかった。


襲いかかるゴブリンを避けながら、【悪食Lv5】や【食べるLv8】で命を奪う。

しかし、獣人たちの統率のとれた攻撃が僕に決してペースを握らせなかった。


攻撃・回避・食べる。

何度この過程を繰り返しただろう。

時折、意識を失いかけるもギリギリのところで踏みとどまった。

獣人族・ゴブリンともに1/3ほどの人数になっている。


獣人たちもここが勝負所と思っているのだろう。

胸の色が青色になっている者は一人もいなかった。


いつの間にか僕のHPも800→75 SPも1200→180と危険領域に踏み込み始めていた。

もちろんやつらも無事ではない。

満身創痍になりながらも、僕を倒すために向かってくるのだ。

間もなくこの戦いが終結するだろう。

僕が倒されるか、やつらを全滅させるか。


僕は襲いかかってきたゴブリンに、【食べるLv8】を発動。


バキッ


僕の口がゴブリンに当たった瞬間に右側の蓋の蝶番が外れ、口を閉じることが出来なくなった。

左側の蝶番だけで繋がっている上蓋は、今や箱にぶら下がっているだけの状態。


その隙を見逃すやつらではない。

一度は助けた獣人の女の子の槍が、深々と僕の体に突き刺さった。


(あ、あぁ)

体が動かない。

僕は動きを完全に停止してしまった。


一人の獣人がゆっくりと僕の前に立ち、とどめを刺そうと大きな斧を振り上げた。

(もう、だめだ…)

振り下ろされる獣人の斧がスローモーションさながら、ゆっくりと僕に向かってきた。



「悪運Lv1が発動しました」


薄れる意識の中、僕の耳に機械音が響く。


眩い光が洞窟中に発生し、僕の目の前は真っ白となった。

光を感じたのは僕だけではない。

その場にいた全ての者の動きを停止させたのだ。


「光が行動不能のため、オートモードを発動します」

【逃げるLv5】


機械音と共に、僕の意思とは無関係に箱が一人で行動する。

箱はゴブリンたちから大きく距離を取り、ステータス画面からアバターポイントを確認した。

いつのまにかアバターポイントが18,000Pになっている。

ゴブリンや獣人族を食べ続けたためだろうか?


「新たな箱購入のための基準値に到達を確認」

「これより【スタンダード宝箱】の購入に移ります」


声の主はアバターリストから【スタンダード宝箱】を購入。

そのまま別のページから【応急処置キット】も購入した。


ゴブリンや獣人たちはまだ僕の姿を発見していないようだ。

目を覆いながらその場でうずくまっていた。


「スタンダード宝箱に変換します」

声と共に僕の体を青白い光が包む。

僕を覆っていたボロボロの箱は、宝箱に置き換わっていった。


「応急処置キットを作動します」

宝箱に僕の体が移る間に、僕のHPとSPは緩やかに回復していった。


「換装が完了しました。オートモードを終了します」


時間にしては10分くらいだったのだろうか?

いつの間にか僕の体は宝箱になっていた。

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