第15話 冒険者ギルドの格差事情その2

 シエラさんの「下請けになれ」という発言。

 そして指を差されたファルは俺にしか聞こえないぐらいの小さなため息をついて。



「お断りよ」

「ふふんそうですわよね。わたくしのギルドの傘下に入れるチャンスを断るおばかさんなんて――おばかさんっ!?」



 断られるとは万に一つも思っていなかったのか、目を見開き身体を仰け反らせて驚きを露わにするシエラさん。一方でおばかさん扱いされたファルは「誰がおばかさんよ」と言わんばかりに俺の足を蹴ってきた。ありがとうございます。



「ろ、ロイヤルブラッドですのよ!? この辺りでは敵なしの大手ギルドですのよ!? その関連ギルドになれるというのにどうして断るなんて言葉が出てきますの!?」



 シエラさんが興奮した様子で机に身を乗り出す。そのせいで自己主張の激しい胸が机によって更に強調され、ファルの不機嫌度も更に上昇していくのを感じる。



「だったら逆に質問するけど、何故その大手ギルドに下請けが必要なのかしら?」



 不機嫌そうにファルが言うと、シエラさんは痛いところを突かれたとばかりに「うっ」と小さく声をあげると、引き下がるようにゆっくりと椅子へと座り直した。



「……人材育成の手間を省きたいのですわ」

「育成の手間?」



 ファルの尋ねに、シエラさんが頷く。



「先ほど説明した通り、わたくしはロイヤルブラッドを国内でもトップクラスのギルドに成長させるのが目標ですの。着実に目標には近づいてはいるのですけれど、このペースでは何十年も掛かってしまうのは明白。ですが今新人の育成に充てている時間を他に割くことが出来れば――」

「目標達成が近付くってことね」

「ええ、そうですわ」



 ファルの相槌に満足そうな表情を見せる。

 確かに新人の育成というのは手間もコストも掛かる。

 いつもの仕事にプラスして新人に仕事を教えなければならないのだから当然だ。新人教育の分だけ仕事量を減らして貰えたとしても、その減った分の仕事は他の人にしわ寄せがいったり、仕事自体を減らしたのであればその分だけ会社に影響が出てしまう。

 新人がすぐに戦力になってくれればそれらは些細な先行投資でしかないのだが、いつまで経っても新人気分だったり新人なりの戦力だったり、育成途中で逃げられてしまっては投資損でしかない。

 規模を拡大したい。けれど育成の手間とリスクは避けたい。だから下請けにそのリスクを背負って貰うって訳か。



「下請けになればロイヤルブラッドで受けた依頼をそちらに回すことも出来ますので営業や宣伝活動が不要になりますし、ギルド運営のノウハウもお教えすることを約束致しますわ」

「へぇ、それはいいわね」



 いかん。メリットを説明されてファルが興味を示してしまっている。

 下請けはメリットばかりじゃないってことをファルに知らせないと。



「この話は断るべきだ」



 思い切って話に割って入った。

 基本的に上司の判断に異を唱えるのは褒められたものではないが、この状況ではそうも言っていられない。取り返しのつかないことになってしまう。



「ちょっと、今はギルドマスター同士で話していますのよ? 口を挟まないでくださる?」



 シエラさんが敵意にも似た視線をぶつけてくるが気にしない。今はファルに下請けの恐ろしさを知ってもらうのが先だ。



「下請けはデメリットも多いんだ。ただでさえ手が回らないというのに次から次へと仕事を振ってきたり、スケジュールに余裕がない中必死にこなしても成果物に満足いかないと難癖つけてきたり、下請けにばかり経営努力を求めてきたり、俺のいたところでは下請けいじめという言葉が存在するぐらい他にも色々と酷――ってあれ……?」



 …………。

 ……。

 下請け………………有りじゃないか?



「下請けになるべきだ!!!!」

「…………あなたはさっきからなんなのですの」



 お騒がせして申し訳ありません。

 ですがその分しっかり働きますのでよろしくお願いします元請け様。



「まぁいいですわ。そちらの顔色の悪い男性もこう仰っていますしこの話、お受けして頂けますわよね?」

「いいえ、お断りするわ」

「なんでだっ!?」「なぜですのっ!?」



 俺とシエラさんの声が重なった。

 ファルはそんな俺達の反応に驚くこともなく。



「だってこのイーノレカもトップギルド入り目指しているもの。下請けになっちゃったら目標から遠ざかっちゃうじゃない」



 と、不敵に小さく口を歪ませて大胆なことを言ってのけた。



「……弱小ギルド風情が大それた目標を立てるものではありませんわよ?」

「割と現実的な目標よ? なにせこっちには優秀な部下がいるもの」



 そう言って俺の肩をポンと叩くファル。

 …………。

 ……。

 えっ。



「お、俺!?」

「そうよ。イトーは私が見てきた中で一番優秀な冒険者よ」



 いや優秀な冒険者っていうか、俺まだ冒険者の資格すらとってないんだけど……。

 あ、ほらシエラさんが凄く懐疑的な目でこっち見てるし!



「イトーというのかしら。あなた、見かけない顔だけれど冒険者ランクはいくつですの?」

「え、えーと……それがまだ冒険者試験に合格していない身でして……」



 見栄を張りたいがすぐにバレそうな嘘をつくわけにもいかず、正直に話す。

 すると一瞬だけ間が空いて。



「ぷふっ……おーほっほっほ! 冒険者資格を持ってすらいない、今にも倒れそうなぐらい顔色の悪い人が今まで見てきた中で一番優秀な冒険者ですって? こんな弱小どころか3日もしないうちに潰れていそうなギルドを下請けにしていたらこちらの評判を落としてしまうところでしたわ」



 相手側の要求を飲まなかったせいか、今まで以上に見下してきている。

 でもまぁこういう態度を取られるのも無理は無いし、実際何も言い返せないよな。相手は100人以上の冒険者を抱えるギルドでこっちは所属冒険者0人の弱小新規ギルドなんだから。

 ……と、思ったのだがどうやらファルは違うらしい。



「あまりうちのイトーを見くびらないで欲しいわね。見た目はちょっと――それなりに不健康そうだけど、これでも結構なやり手なのよ?」



 いつもの涼し気な表情でさらりと言ってのけた。

 ……評価してくれるのは嬉しいけどさすがにそれは身内贔屓の過大評価だと思います。未だに教本と悪戦苦闘してるレベルだしなぁ……。



「この方がやり手? ぷふっ。冗談だけは一流のようですわね」

「冗談なんかじゃないわよ」



 珍しくむっとするファル。

 俺のことでムキになってくれるのは部下冥利に尽きるがなんだろうか、少し悪寒がする。



「そこまで言うのでしたらそうですわね……手始めに冒険者認定試験で優秀な成績でも修めて頂こうかしら? そうすればわたくしの見る目がなかったと謝罪してもいいですわよ?」



 「どうせ無理でしょうけど」と言葉が続きそうなばかりのニュアンス。

 どこからどう見てもどう考えても明らかな挑発だ。こんなのに引っかかってやる理由も義理も――。



「構わないわ。今から謝罪の言葉を考えておくことね」



 なに言っちゃってるのこの上司!?

 俺まだ練習問題でやっと半分ぐらい正解できるようになったレベルだぞ!?



「……本当に大丈夫ですの? そちらの男性、凄く驚いているようですけれど」



 はっ。いかんいかん。

 上司の期待に応えるのが部下の務め。ファルに恥をかかせてはいけない。



「問題ありません。必ずや優秀な成績で合格します」



 真っ直ぐにシエラさんの目を見て答える。

 俺の言葉が予想外だったのか、一瞬たじろぎながらも席から立ち上がり。



「こ、こほん。それでは明日の試験楽しみにしていますわよ。おーっほっほっほ」



 と高笑いをあげながら立ち去っていった。

 ギィと耳障りなドアが閉まり、ギルド内に静寂が戻る。



「……賑やかな人だったな」

「そうね。疲れる人だったわ」



 まぁともあれこれでまた勉強に集中できる。

 上司の命令を達成する為にも一層頑張らないとな。

 なにせシエラさんの言葉通りなら試験は明日――。


 ………………明日?

 試験って……明日……なの……?




「ついカチンと来て適当に言い返してしまったけれど、私の部下なら絶対に期待に応えてくれるわよね?」



 そう言いながら初めて俺に見せるファルの笑顔は、営業職の皆さんには是非参考にして頂きたいぐらいの愛嬌と迫力を併せ持った素晴らしい笑顔で、部下の立場である俺の首を動かす方向は完全に固定されているので。



「………………承知致しました」



 少なくとも今日もまた、嬉しいことに徹夜が決定した瞬間だった。

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