第14話 冒険者ギルドの格差事情その1

 ギルド”イーノレカ”は昨日立ち上がったばかりのギルドである。

 立ち上がったと言っても看板を表に出している訳でもなく、所属冒険者もおらず、店内の掃除も簡単にしかしていないので営業はしていない。


 で、いつから営業するのかというとファル曰く。



『貴方の合格待ちね。誰かを雇う余裕なんてうちにはないもの』



 とのことだ。

 そんな訳で俺は上司の期待に応えるべく、昨日からひたすら勉強に励んでいる。徹夜で。

 ファルも今後の経営計画を練り直しているのか机に向かって真剣な表情で「安定するまでイトーの給料はなくてもいいわよね」だとか「人間って何日寝なくても平気なのかしら」とたまに嬉しい事を呟いてくれるので俺のやる気はみなぎるばかりだ。

 だがそれも俺が試験に合格しなければ始まらない。とにかく今は勉強だ。

 そう気合いを入れなおして再び視線を教本に向けようとした時だった。




 ギィィィ。




 立て付けの悪いドアが耳障りな音を響かせた。

 入口の方に目を向けると女性が店内に入ってくるのが見えた。

 腰辺りまでの長い金髪のサイドテール。やけに胸の辺りのところが膨らんでいる軽鎧にド派手な赤いマント。歩く度に髪が揺れ、マントがはためく。

 動く視線は堂々としていて、派手な見た目と相まって存在感がある。



「ここが新しく出来たギルドですのね」



 店内を見回しながら金髪の女性がそう言った。

 看板も出していないのに何故ここがギルドだと知っているのかはわからないが、少なくとも間違って入ってきたということはなさそうだ。

 まぁともかく用件を聞こうと思い、勉強の手を止め、立ち上がろうとしたところで。



「汚いところですわね」



 ハンカチのような布を口元に当てながら金髪の女性が言った。



「……」



 ファルがイラッとしたのが横目でもわかった。



「この街で無謀にもギルドを立ち上げた方がいると耳にしたものですから余程有能な方なのかと思って出向いたものの……こんなところをギルドホームにするようでは……」

「…………」



 ファルが怒りのあまり表面上は涼しい顔をしながら机の下で俺の足にガシガシと蹴りを入れ始めてきた。でも俺の防御力っぽいものが高いお陰でそんなに痛くはない。



「けれど力を持たない弱者を導くのが強者であるわたくしの使命……これぐらい酷いギルドの方がやり甲斐があるというものですわ」



 自分の独り言を反芻するように、目を閉じ自己主張の激しい胸に手を当てる金髪の女性。

 こちらを見下したような発言にファルは俺を蹴るだけでは足りなくなったのか手の甲まで抓りだしてきた。こちらは地味な痛みを感じるが別に嫌な気分ではない。もしかしたら俺は上司からの暴力行為もご褒美と感じる身体になっているのかもしれない。恐ろしいぞ社畜精神。



「それで、そこの貴方は結局何をしに来たのかしら? こっちは忙しいのだけれど」



 ファルがうんざりした様子を隠そうともせず尋ねると、金髪の女性はよくぞ聞いてくれましたとばかりに自己主張の激しい胸をさらに強調するように胸を張り、ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべ。



「己の幸運を大いに喜ぶといいですわ”イーノレカ”のギルドマスター! …………はどちらなのかしら」



 ビシッとこちら側を指そうとしたであろう指を、所在なく彷徨わせた。



「こちらです――ぐえっ」



 教えた瞬間一際強い蹴りと抓りがきた。どうやら上司の意向を上手く汲み取れなかったらしい。出来の悪い部下で申し訳ありませんありがとうございます。



「はぁ……私がここのギルドマスターのファルよ」

「へぇ、あなたが……」



 観念したようにため息を吐きながら名乗ったファルに対し、無遠慮に値踏みするような視線をぶつける金髪の女性。



「なるほど。この街でギルドを立ち上げる勇気だけは認めて差し上げますわ」

「……それはとても光栄ね」



 また強い蹴りがきた。俺も光栄です。



「それで勝手に営業中でもない人のギルドに入ってきた貴方はどちら様?」



 今度はファルが無遠慮な視線を向ける。胸の辺りに敵意に満ちた視線が集中しているのは部下として見なかったことにする。



「そういえば自己紹介がまだでしたわね」



 そんなファルの視線を意に介す様子もなく、金髪の女性はそう言うと赤いマントで一度身体を覆い隠すような姿勢を取り。




「わたくしの名はシエラ・ルクセンベール! 超巨大ギルド”ロイヤルブラッド”のギルドマスターですわっ!!」




 高らかな名乗りと共にバッとマントを広げた。マントがはためき、髪と胸が揺れた。つい視線が後者に引き寄せられそうになるのを堪えて、金髪の女性が放った言葉の内容を整理する。

 とはいえ超巨大ギルドのロイヤルブラッドと言われたところでこの世情に明るくない俺にはさっぱり――。

 いや……でもなにか聞き覚えがあるような……違う、聞いたんじゃない。見たんだ。それもつい最近どこかで。

 …………。

 ……。

 あ! そうか! ギルド管理局の求人票!

 確か一流企業みたいなところのギルド名がロイヤルブラッドだった!



「うふふふふ。この街で無謀にもギルドを新規に立ち上げるようなお馬鹿さん達でもわたくしのギルドのことは存じているようですわね」



 俺の反応に気を良くしたのか得意気な笑みを浮かべるシエラと名乗った女性。

 またもや完全にこちらを見下した言動を取っているが、何故かファルから蹴りや抓りが飛んでこない。不思議に思って視線を向けると、ファルの表情には警戒の色が滲んでいた。



「……ロイヤルブラッドのような大手が、まだ営業すら始めていない弱小ギルドに一体何の用かしら」



 さっきまでは対応するのも面倒だといった感じのファルだったが、今はまるで相手に弱みや隙を見せないように気を張っているように見える。



「ふふっ。いくら商売敵とはいえ、そう警戒なさらなくても宜しいですのよ。今日はあなたにとても『良い話』を持ってきてあげたのですから」

「……良い話、ね」



 ファルが呟く。

 声色からして言葉通りには受け取っていないようで安心だ。 

 なにせ前世からの経験上、良い話とやらは持ち込んできた側にとって「良い話」であり、持ち込まれた側にとっては「悪い話」でしかないことが多い。それは断り辛い状況になればなるほど「悪い話」になる確率も上がっていくもの。

 そして今は自分達よりも立場が上の者から持ち込まれた話。ギルド規模の差がどれだけの影響力になるのかは知らないが、少なくとも「良い話」を断りづらい状況だと見ていいだろう。

 ……一体ファルはどうやって切り抜けるつもりだ?



「詳しく聞かせて貰えないかしら?」

「ええ。勿論宜しいですわ」



 詳細を聞く前から断るのは心象が良くないと判断したのか、ファルはシエラさんに椅子に座るように促し、シエラさんも椅子のボロさに一瞬眉をひそめたものの、特に何かを言うでもなくファルの対面の椅子に座った。



「ご存知の通りロイヤルブラッドはこのボールス地方では飛び抜けて規模も業績も他の追随を寄せ付けないほどの大手ギルドですわ」



 ボールス地方。

 例の教本によると、この国の西方に位置する地域の総称で、街らしい街が少ない代わりに、農地や町や村が多いところらしい。まぁ端的に言うと田舎ってところか。俺達が今いる街もボールス地方に属している。



「ですがそれはこの地域に限った話。三人しかいないSランク冒険者が二人も所属している”アーヴルヘイム”や、所属冒険者が1000人を超える”フェンリルの牙”をはじめ、国中の大手ギルドに比べればわたくしのギルドは赤子も同然……」



 悔しそうにシエラさんが口を歪ませる。



「国内有数の大手ギルドの仲間入りを目指し日々努力を重ね、業績も上がり続けてはいるのですが、冒険者の数も、冒険者の需要も多い王都やその他の都市にあるギルドに追いつくには正直なところ今のペースでは難しいですわ。そこで――」



 そこで言葉を一旦区切ると。




「あなたのギルドにはロイヤルブラッドの下請けになって頂きますわ!」




 勝ち気溢れる表情で、ファルをビシッと指差したのだった。

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