第16話 冒険者認定試験その1

 優秀な成績。

 冒険者認定試験において優秀な成績とはどの程度なのか。

 筆記試験は100点中70点以上で合格と基準が定められていながら、これまでの受験者の平均得点は82点前後と非常に高い。つまりそれだけ簡単な試験だということだ。

 平均82点の試験で優秀な成績となると90点台後半は必要になってくるだろう。


 ではここで、俺が先ほど受けてきた筆記試験の結果を見てみよう。



 <冒険者認定試験(学科科目)>

  イトー:70点



 ギリギリだった。

 優秀な成績どころか超ギリギリだった。



「――何か言うことはあるかしら」



 ギルド管理局、試験棟と呼ばれる離れの建物。

 そこに貼りだされた筆記試験の結果を見て、ファルが穏やかながらも、とても威圧感のある声で俺に問いかけてきた。

 怖い。ファルの方へ顔を向けられないぐらい怖い。



「も、申し訳ありません……」



 自分の不甲斐なさを謝罪する。

 出来る限りのことはした。1分足りとも無駄に時間を費やすことはなかったと断言できる。

 けれどその結果がこれだ。仕事である以上結果を出さなければ意味が無い。努力はしたでは通じないのが社会。今の俺に出来るのは言い訳ではなく、ただ結果を出せなかったことに対する謝罪のみだった。



「……ま、いいでしょ。筆記が散々だった分は実技で挽回すれば問題ないわね。こっちの自信はあるんでしょう?」

「お、おう! 勿論だ!」



 実技試験は受験者同士で1対1の模擬戦をして、戦闘能力や技術を評価される試験。

 前世で殴り合いの喧嘩の経験もなければ、転生してからも戦闘経験なんて無いに等しいが、なんたって今の俺にはゴブリン3体を軽くあしらえるほどの力がある。この力があれば技術不足は十分にカバーできるだろう。

 自分の努力で得た能力ではなく、つまらない人生だったねポイントとやらの特典なのであまり誇りたくはないがこれも仕事の為だ。存分に活かして上司の期待に応えよう。

 そう意気込んでいると。




「おーほっほっほ! これはこれは”イーノレカ”の皆さんではありませんか」




 煌めく金髪とド派手な赤いマントの女性が高笑いをあげながらやってきた。

 シエラさんの声が聞こえてくるなり、ファルが小さく舌打ちしたのは聞かなかったことにする。



「ごきげんようお二方。早速な成績を見させて頂きましたわよ」



 皮肉たっぷりに「優秀」の単語を強調して笑顔で話すシエラさん。ファルが見るからに「貴方のせいで今私恥かかされてるのよ? わかる?」とばかりに不機嫌なオーラを増していくのを感じる。

 不出来な部下で申し訳ありません。でもそのシエラさんからは死角になっている角度から俺の腕を抓るのはちょっと痛くて嬉しいです。



「認定試験のメインは実技よ。誰でも高得点が取れて形骸化している筆記なんかじゃウチのイトーの優秀さは測れないもの」



 誰でも高得点。形骸化。

 無慈悲なワードが合格点ギリギリの俺の胸に突き刺さる。



「ふふっ。その口振りですと、実技試験なら優秀な成績を修められるように聞こえますけれど?」

「当たり前よ。ウチのイトーは優秀だもの。実技なら相手が気の毒になるぐらい圧倒できるわよ」



 こちらを見て「そうよね?」と同意と確認を求めてくる我が上司。

 さり気なくハードルを上げられているが、それぐらいの成果を求められているというのなら、部下の俺はただ結果を出すのみ。



「はい。お任せ下さい。相手が誰であろうと圧勝してみせます」



 幸い俺には力がある。

 相手には悪いがこれも上司の為ギルドの為。模擬戦の結果で相手の合否に影響が出るとしても全力で勝ちに――。





「――ソイツはちょっと聞き捨てならないッスね」





 俺達の会話に割って入る声。

 声のした方を見ると、少し離れた位置から若い男がこちらに向かってくるのが見えた。

 日焼けした肌、耳にはピアス、長めの茶髪はばっちりセットして固めているようなツンツンヘアー。若干猫背気味で身体を揺らしながらがに股で歩く姿。

 服装こそ異世界風なものの、一言で言い表すなら「チャラ男」みたいな男がこっちにやってきた。



「あら、ごきげんよう」

「どもッス」



 チャラ男君がシエラさんに小さく会釈する。どうやらシエラさんとチャラ男君は知り合いのようだ。



「筆記試験の結果見ましたわよ。満点とはさすがですわね」

「一応内定頂いてる身ッスからね。下手な結果は残せないッスよ」



 良く言えば軽快、悪く言えば軽薄な笑みを浮かべながら答えるチャラ男君。

 そんな二人のやり取りに入っていけない俺達にシエラさんが気付く。



「あなた達にも紹介しておきましょうか。無関係ではありませんし」



 ……俺達とこのチャラ男君に一体何の関係があるんだ?

 前世でも事ある毎に「ウェーイ」とか言いそうな奴とは関わってなかったぐらいなのに。



「彼はカマセイ・ヌウ。この試験が終わり次第わたくしのギルドに入会することになっている非常に優秀で有望な新人冒険者ですわ」

「どもッス」



 頭を下げているのか下げていないのかわからないぐらいの軽い挨拶。

 チャラい外見や言動をしているが、試験が終わり次第ギルドに入会、ということは試験に落ちることは万が一にもありえないってことだろうし、しかも内定先は一流企業とも言うべきロイヤルブラッド。見かけによらず相当な実力者なのかもしれない。



「ふーん。で、それが私達に何の関係があるのかしら?」



 興味のなさそうな、気のない相槌を打ちながら尋ねるファル。

 そんなファルの態度にシエラさんは気付いているのか気付いていないのか定かではないが、気にした様子を微塵も見せずに、腰に手を当て、右手で俺を指差すと。



「彼こそがあなたの模擬戦の相手なのですわっ!」



 と言い放ち、そのまま勝ち誇ったような態度で言葉を続けていく。



「ふふん、残念でしたわねイーノレカの皆さん。カマセイさんは冒険者学校の首席卒業生で、新人ながらCランク冒険者と互角に渡り合った実績がありますの。そちらの実力は存じませんがほんの少し腕に覚えがある程度では全くお話になりませんわ。けれどそんなに絶望しなくても構いませんわ。そちらが昨日のことを謝罪した上で、下請けになるというのであればカマセイさんには手加減するように指示して差し上げますわよ?」



 自信たっぷりとばかりに早口でそう話す。

 ……なるほど。話しかけてきたのは単に俺の筆記試験の結果を嘲笑いに来たのではなく、こっちが本命だったか。

 だがこれは昨日ファルが一度キッパリと断った話。シエラさんは実技試験を盾に俺達を下請けにさせるつもりなのだろうが、実技に自信がある俺にとっては何の脅しにもならない。

 わざわざファルの手を煩わせるまでもないな。ここは部下の俺が断りの返答を――。



「少し考える時間を頂戴」



 …………え?

 耳を疑った。だがファルの真剣な顔を見て、それが聞き間違いではないことを理解した。なら一体どうして……。



「いいですわよ。もっとも、考えたところで結論が変わるとは思いませんけれど」

「そ、そうだぞ。結論なんて最初から決まってるじゃないか」



 勿論俺の言う結論と、シエラさんの言う結論は正反対。昨日の出来事からして考えるまでもなく既に結論は出ているハズ。

 ――だからこそ、たった今何かを決心したかのような様子のファルを見て、俺は嫌な予感を覚えた。



「それもそうね…………わかったわ。ロイヤルブラッドの下請けに――」



「なりません」



 ファルの言葉を遮り、ファルが口にしようとしたであろう言葉とは真逆の言葉を口にした。

 当然、三者の視線が俺へと向く。ファルは驚いたように目を見開き、シエラさんは不機嫌そうな睨みを効かせ、カマセイ君は口元を歪ませ軽薄そうな笑みを浮かべていた。

 それから一瞬の沈黙の後。



「イトー。ちょっとこっちに来なさい。早く」



 突然ファルに手を引っ張られ、シエラ達から少し離れた位置まで連れられた。



「あなた馬鹿なのかしら。あなた馬鹿なのかしら」



 つま先で俺の脛を蹴ってくるファル。どうやらとてもお怒りらしい。

 ってことはやっぱり下請けの話を受けようとしていたのか。

 部下の能力不足で望まない決断を上司に強いらせたくない。



「大丈夫。有望な新人だかなんだかしらないが、勝つのは俺だ」

「貴方相手の強さを知って言っているの? Cランク冒険者とやり合える新人冒険者なんて滅多にいないのよ?」



 例の教本によると、現在活動している冒険者の殆どがDランクであり、その中でもCランクに昇格出来ないまま冒険者生命を終える者が多数を占めているらしい。

 つまりCランクとDランクの間には大きな隔たりがあり、新人ながら隔たりの向こう側であるCランクとやり合えるカマセイは相当の実力者である、とファルは言いたいのだろう。

 けれど心配はいらない。なぜなら。



「言っていなかったが、俺は三体のゴブリンに襲われながらも無傷で退けた経験があるんだ」



 転生してすぐにゴブリン達に襲われたときの出来事。

 ゴブリンの攻撃はほんの少しの痛みで済み、こちらからの攻撃はゴブリンの持っていた盾を一刀両断。

 ――俺は間違いなく強い。戦闘経験どころか喧嘩慣れもしていないので相手を傷付けてしまうこと、自分が怪我するかもしれないことに対して不安はあるが、これは仕事の為に必要な資格を取るための試験。割り切るしかない。

 カマセイ君には申し訳ないが、俺の圧倒的な力で――。




「…………ゴブリン程度ならその辺のDランク冒険者でも無傷で倒せるのだけれど」




 ………………。

 …………。



「えっ」



「もう一つ言うと、Cランクぐらいの実力があるとゴブリンに襲われること自体なくなるわ。相手が襲っても勝てないと本能で判断して避けるようになるのよ。あの本にも書いてあったと思うのだけれど」



 そ、そういえば例の教本にそんなことが書いてあったような気がする……。

 実力のある冒険者になるほど低級魔物との遭遇率が低くなるお陰で、低ランク冒険者にも低級魔物狩りの仕事があるとかなんとか。



「………………ということは?」

「少なくともゴブリンに襲われている貴方は、Cランクとやり合えるらしいあっちの有望株より弱い可能性が高いわね」



 ……………………。

 ………………。

 …………。


 なんだろう。さっきから冷や汗が止まらないぞ。あと凄く動悸が激しいぞ。



「私は最初から相手が悪いと踏んで、傷の浅いうちにプライドを捨てて金髪女の傘下に入ろうとしていたのだけれど……それは気付いていたわよね?」


「は、はい」


「それをイトーが私の意思を無視して勝手に話を断ったということは、絶対に勝てると思ったからなのよね?」


「そ、それは…………まぁ、その…………はい」



 ちょっと前までは。と心の中で付け足しておく。嘘は言っていない。



「なら私から言うことは一つだけね」

「な、なんでしょう?」






「私に恥、かかせるんじゃないわよ」





 嬉しいことに筆記に続き今回の仕事も、相当苦労することになりそうだった。

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