第7話 奴隷生活の理想と現実



 奴隷になって早一週間。

 馬車の中で言われた通り、奴隷生活は地獄だった。



『今日の仕事はこの畑を全部耕せばいいんですね! なら大急ぎで取り掛からないと今日中に終わりませんね頑張りましょう! ……えっこれ今日中にじゃなくて4日もかけてやるんですか? あはは冗談上手いですねー』


『もう昼だから休憩して昼食を摂れ……? いえいえ奴隷に休憩なんて必要ないですよ。それにこんな無様な進捗で休憩なんかしてたら今日中に終わらないじゃないですか。…………えっ、本当にこれを4日もかけてやるんですか……本当に……?』


『日付変わってないどころかまだ夕方前なのに上がりですか? 進捗が早かったから特別? じゃあ私は残って作業を続けますね――え? 駄目なんですか? 安全管理? あはは夜目を凝らしてやりますから安全で――あ、上司命令ですか……はい。じゃあ上がります』


『よし昨日はほとんど仕事が出来なかったから今日は頑張――え? お前は働きすぎだから休め? いやその体力なら有り余って……あ、命令ですか。はい、かしこまりました……』



 …………。

 ……。

 宿舎から仕事場までの馬車送迎付き。

 寮付き。食事2食付き。給料なし。働きぶり次第で休日有り。

 勤務時間は日の出過ぎた辺りから夕方もしくは日没前まで。

 体感で50分ほどの休憩時間有り。

 そしてなにより想像の遥か下を行く仕事量……。


 確かに奴隷生活は地獄だった。




                  ◇




「もっと仕事を増やしてくれませんかっ!?」



 地獄の環境に耐え切れなくなってしまった俺は、深夜に監視の目を盗んで宿舎を抜け出し、雇い主である強面の男性、ローガンさんのいる執務室へ直談判に来ていた。



「……仕事を増やせと詰め寄ってくる奴隷なんてお前が初めてだぞ」



 突然の来訪にも関わらずあまり驚いた様子を見せない強面の男性もといローガンさん。何か書き物をしていたようだが、その手を止めて呆れたようにため息を付いた。



「お前は仕事が早いから他の奴より多く振っているが、それでも不満だってのか?」

「はい。最低でも今のニ倍……いや三倍はいけます」



 四倍はさすがに少し気合を入れないと無理だが出来ないこともないだろう。



「…………正気かお前」

「正気です。本気です」



 身体能力が格段に上がっているせいもあるが、肉体的な事を抜いても奴隷の仕事は精神的に生ぬるい。これならあの会社の研修合宿でやった穴掘りやマラソンの方が何倍も厳しかったと断言できる。


 とにかく現状では物足りない。会社に最大限貢献できているとは言えない。今の俺ならもっと多くの仕事を捌けるはずだ。



「馬鹿言うな。それで病気や怪我なんてされちゃあ逆にコストが掛かるんだよ」

「そこは問題ありません。病気や怪我してもそのまま働きます。ですがさすがに作業効率が落ちるのでその分は残業させてください」



 その辺りは前の会社でも何度か経験がある。竹中さんなんて39度超えの高熱でも「休む必要はない。誰かに感染したとしてもソイツも気合いで出社すればいいだけだ」とか言って出社してたし。当時は悪い意味でこの人やべえ、なんて思っていたけど今になって思うと凄く格好良い。



「…………なんか頭が痛くなってきやがった……」

「大丈夫ですか? お休みになられた方が」

「その言葉そっくりお前に返すぞ……」



 気遣ったはずなのに何故か睨まれてしまった。強面なのでやっぱり怖い。



「ったく……しかしお前は何者なんだ? 四日見積もりの仕事を一日で片付けようとするわ、他の奴隷に割り振った仕事まで片っ端から終わらせていこうとするわ、今日もあれだけ働いたってのに疲れた顔一つも見せずに仕事をもっと寄越せときたもんだ……。はっきり言ってお前の行動と能力は異常としか言い様がないぞ」



 うーむ。

 確かに身体能力は前世よりも格段に上がっているみたいだけどそれ以外は至って普通の人間……の筈。

 もし俺が異常に見えるのならそれはきっとあの小さな天使から貰った能力が凄いのか、現代の日本社会が異常なだけだろう。



「まぁとにかくだ。これ以上お前に割り振れるような仕事はない」

「じゃあ他の人の仕事を自分に――」

「お前が手伝うせいでサボり癖が付き始めた奴も出てきたんだ。許可しない」

「じゃあ外出許可ください! 自分で仕事探してきます!」



 自分で仕事を取ってくるのであればローガンさんの手を煩わせずに、会社の利益をあげることが出来る。貢献できているという実感も得られるだろう。



「奴隷に自由を与える雇い主がどこにいやがる。普段の働きに免じて宿舎を抜けだしたことは不問にしておいてやるからさっさと戻って寝ろ。これは命令だ」



 ですが――と食い下がりたいけれど相手は言わば社長。非礼同然な突然の訪問に応じてくれたどころか規則違反にも目を瞑ってくれるだけでも特例レベルだ。

 そもそも社長に楯突くこと事態、社員にとってあるまじき行動。

 ここは大人しく引き下がり頭を冷やそう。俺は冷静じゃなかった。



「……失礼しました」



 俺は小さく一礼して、ローガンさんの部屋を後にしたのだった。

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