最終話 ひとりじゃない!
「頭ァ、どうします? あっちさんの大将、やっぱりヤラレちまったみたいですぜ」
とある街の一角で。
四角い住宅の屋根に寝そべりながら、猫の魔人が、困ったように肩をすくめた。眼下では、通学途中の魔法少女たちが数人、ゆるやかな坂道を登っていく。天気は悪くない。ひやりとした冷気が肌に染みる、1月の朝のことだった。
業平千鶴が倒れてから数日後。『洗脳』が解け、全ての事実が明らかになってから、魔法学校は再編を余儀なくされた。大勢の少女たちにショックを与えた事件は、しかし時間とともに徐々にだが、落ち着きを取り戻し始めていた。しばらく閉校していたが、今日から待ちに待った授業が再開するのだ。もっとも、待ちに待っているのは一部の変人だけで、大抵の生徒はこのまま学校が潰れてしまえば良いのに、と思っていた。勉強や宿題が苦手なのは、一般の生徒も、魔法少女も同じようなものである。
「フン」
猫魔人の隣で、牛頭の魔人がゆっくりと顎を撫でた。
「確かに業平千鶴が倒れ計画は頓挫しタように見えるが……しかシ私はまだ諦めていないぞ」
意味深げに語るその視線の先には、登校中の魔法少女……佐々木小夜子の背中があった。
「首から上が簡単にすげ替わるのが、この国の良いところじゃないか。ククク……それまで……」
赤い屋根の上で。牛頭は金髪少女の背中を睨みながら、低い声で嗤った。
「首を洗って待っていろ、佐々木小夜子……!」
小夜子は。
坂道をだらだらと登りながら、ぼんやりと空を見上げていた。その顔はまだ、絆創膏や包帯だらけだ。
莉里の無実を晴らし、業平千鶴の暴走を止めた彼女は、新学期からSクラスに特別編入されることになっている。とはいえ、急に秘めたる魔力に目覚めた訳でもなし、授業に出ても付いていけるはずもないので、これまでとやることはさして変わらなかった。つまり、仲間内で駄弁り、授業をサボり、周辺を散策する。これを退屈と呼ぶか、平和と呼ぶか、意見の別れるところであろうが。
「今回は、お手柄だったわね」
「お」
ふと顔を戻すと、坂道の先で千代田秋桜が待っていた。犬のお面がトレードマークの、少女警察である。ツン、と澄ました鼻の下、胸もとに小夜子と同じSクラスのバッジが光っている。今回の事件で、最もポイントを稼いだのがこの千代田秋桜だった。彼女もまた、小夜子と同じクラスになるのが決まっていた。これを運命と呼ぶのか、腐れ縁と呼ぶのか、2人は意見が違うようだが。
小夜子は何も言わなかった。黙って横を通り過ぎようとすると、秋桜が大股で並んできた。どうやら待ち伏せしていたらしい。白い雲の下を、鳥たちの群れがV字型になって横切っていく。
「ねえ、これでも私、貴女に感心してるのよ」
「ほーん」
「よくもまぁあの業平千鶴を倒せたな、って。『No. 1』魔法少女よ!? やるじゃない。見直したわ」
「まぁなぁ」
当の小夜子は、気の抜けた返事を繰り返すばかりだった。ここのところずっと、小夜子はぼんやりしている。あれほど緊迫した戦いの後だ、そのぶり返しが、今頃来ているのかもしれない。秋桜が呆れたようにため息をついた。
「まぁ良いわ……ねえ、一つ聞きたかったんだけど」
「んだよ」
「どうして『花札』に、何も書かなかったの?」
小夜子が千鶴を倒した経緯は、あっという間に少女たちの間に広まった。センセーショナルな事件には噂話が付き物だ。話に尾ひれがつき、今では小夜子がドラゴンを召喚し、地球を一度滅亡させた後、再構築したことになっている。
だが秋桜は、さすが少女警察と言うべきか、あの時何が起きたのか正確に把握していた。業平千鶴は一命を取り止め、魔法警察の監視下で、病院に保護されている。小夜子にこっそりそう教えてくれたのも、秋桜だった。
「魔法少女になりたかったんじゃなかったの?」
「なりたいよ」
秋桜が首をひねった。
「じゃあどうして……」
「何つーか……山に登るとするだろ? ヘリコプターで登っても、面白くねえんだよ。自分の足で登らねえと」
「……フゥン。それで」
「……んだよ?」
「いいえ。何でもない」
秋桜はそれ以上、何も聞かなかった。すると背後から、姉御、と大きな声がした。いつものメンバー、松竹梅や里見たちが、声を弾ませて2人の元に駆け寄って来た。
「姉御〜!」
「Sクラスおめでとうございます、姉御!」
大勢に取り囲まれ、小夜子が舌打ちする。
「めでたくねーよ。何がめでたいんだ。良いか? 此処はあくまで通過点だ。学校のテストで良い点取るために此処にいるんじゃねえんだ。私たちはだなァ、これから魔法少女になって……」
「ブツクサ言ってないで喜びなさいよ、素直じゃないんだから!」
「んだとぉ?」
途端に坂道が騒がしくなった。冷たい空気が、一気に華やいで笑顔が弾ける。
「だけどこれで……」
歓声の中、松野がぼそりと呟いた。
「姉御とも離れ離れかあ。ちょっと、寂しくなるっすね」
「何言ってんだよ」
ひとりしんみりとしている松野の頭を、小夜子がコツンと小突く。
「お前らこそ、さっさと私を追い抜け。こちとら魔力0なんだぞ? お前らがその気になりゃ、私なんて目じゃないだろうが」
「姉御……」
「姉御!」
感極まる3人組を横目に、里見がふと立ち止まった。
「でも……結局魔法少女に大切なものって、何なのかしらね?」
小夜子が振り返った。
「さぁ……な」
「やっぱその……『姉御』じゃないすか? 『魔法少女は姉御が全て』」
「違うわ! まぁ、良いんじゃねえの無理に一つに決めなくても。色んな奴がいるから、楽しいんだろ。『才能』が大事って奴もいりゃ、『お金』が大事って奴もいて……色々大事なものがみんな違ってて、結局そんなもんじゃねえの?」
「なるほど……」
「それに……〇〇が全て、じゃない方が気楽じゃないか?」
「え?」
小夜子は全員を見回して、ニヤリと笑った。
「だってそうだろ……。家族が全てとか、学校が全てとか、なんかちょっと思い詰め過ぎててさぁ。狭い世界に生きてんなーって感じ。学校だけが全てじゃないって。他にも世界色々あるよなー、くらいでちょうど良いんじゃねえか?」
「じゃあ私、やっぱり『姉御』にします!」
「それはやめろ! 話聞いてたんか!」
やがて坂道を登り終え、彼女たちは学校に到着した。それぞれ志を抱えた学生たちが、意気揚々と校舎に乗り込んでいく。
「あ! 見て!」
道行く生徒たちがふと歓声を上げる。見上げると、青く晴れ渡った空に、一筋の淡い光が尾を引いていた。魔法少女・スイートリリィだった。
「リリィ〜!」
「リリィ! がんばって〜!」
黄色い声援を受け、箒に乗ったリリィが、はにかみながらこちらに手を振る。
「……っし! 私たちも行くか!」
その様子を見て、小夜子もようやくエンジンを入れ直した。これから新学期が始まろうとしている。魔法少女になれた訳でもない。魔人との戦いが終わった訳でもない。小夜子たちの戦いは、まだ始まったばかりだった。
《完》
魔法少女じゃない! てこ/ひかり @light317
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