第10話 無理じゃない!

「こら、そこ!」


 教室の後ろの方で、こそこそと席に着こうとしていた三人組に、鋭い声が飛んだ。『魔法数秘学』の湯上谷先生だ。メガネの奥の鷹の目のような視線に射竦められて、遅刻して来た少女たちが縮み上がった。


「こっそり入ってこようとしても、バレバレですよ! 私の授業では、遅刻した生徒は減点です!」

「げぇっ」

「何だよ、じゃあ来なきゃ良かったぜ」

「何だとは何ですか!」


 今や教室中の生徒が算盤の手を止め、一斉に三人の方を振り向いていた。

「全く。その言葉遣い、同じ魔法少女として恥ずかしいわ。松野さん、さらに10点減点。それから罰として、明日までに天狗丘の洞窟で修羅百合を100g取って来ること!」

「はぁ!?」


 言い渡された罰則に、三人が慌てて飛び上がった。

「マジ!?」

「ムリムリムリムリ! 天狗丘って、センセ、私らがFランクだって知っててそれ言ってんの!?」

「ケッ。ヌァにが少女だよ、アンタどっからどう見てもババ……」

「三人とも廊下に!!」

「ひぃぃっ!?」


 教室に雷が落ち、三人は慌てて教室を飛び出した。

 少女たちの背中に、教室中から好奇の視線と嘲笑が降り注ぐ。


「静かに!」

 小柄な『魔法数秘学』の先生は、厳格な表情で生徒全員をにらんだ。


「良いですか? 皆さん、魔法少女は『数字が全て』なのよ」


 先生の一言に、教室がシン……と静まり返る。

「でしょう? 視聴率、グッズの売り上げ、いいねの数……皆さんが思っている以上にシビアな世界でしてよ。数字の取れない魔法少女に存在価値はありません! 


 それなのに、まぁ遅刻だなんて……早起きしてTVの前で待ち構えている子供たちに『寝坊したので15分待ちです』とでも言うつもり? 敵は待ってくれませんことよ。皆さんは、はならないようにね」

「「「分かりました、湯上谷先生」」」


 教室の生徒たちが一斉に口を揃え、それからまた算盤を弾き始めた。担当の先生から、より良い点数をもらうために。ポイントを競い合うこの世田谷魔法学校では、数字は貴重なモノに違いなかった。


 昼下がり。三人が罰として廊下に浮いていると。

 そこに、金髪の少女が、焼きそばパン片手にふらっと通りかかった。

「お前ら、何やってんだ?」

「うわぁっ!?」


 佐々木小夜子である。


 突然話しかけられ、箒に乗って宙を漂っていた三人は、思わずバケツをひっくり返しそうになった。水の入ったバケツも、三人の魔力でふわふわと浮いている。集中を切らすと、零してしまいそうになるのだった。


「あ……姉御ッ!?」


 罰を受けているのは、入学式で、小夜子に襲いかかった三人組だった。見事返り討ちに遭い、Fクラスの序列はその日のうちに入れ替わった。つまり、小夜子を首領トップとして、下に

松野、

竹乃、

梅ノ、

の三人である。

 広大な魔法少女学校といえど、最低ランクであるFクラスの生徒は、小夜子を含めこの四人しかいなかった。あれ以来、三人組は爆弾魔……もとい小夜子を姉御と呼んで慕い始めた。


「何やってるんすか、姉御!?」

「授業でなくて良いの?」

「あ?」


 小夜子が気怠そうに焼きそばパンを飲み込んだ。この女、そもそも授業に出る気がない。まぁ、元々魔力などないのだから、いくら魔法の授業を受けたところで意味はないのだが。


「じゃ、何しに入学したんすか?」

「うっせ。真面目に授業に出たら10ポイント……って奴だろ? アホらしい。んな、先公に媚び売って点数稼ぎするくらいなら、外で魔人でも狩ってた方がよっぽど経験値貯まるだろうが」

「だけど……そんな簡単に言わないでくださいよォ。私らにはムリっすよぉ〜!」

「そうよ……今日だって、無理難題押し付けられて……」

 三人の中で一番小柄な、おかっぱ頭の梅ノが哀しそうに目を伏せた。


「無理難題?」

「あなた達、どうしたの?」

 すると、騒ぎを聞きつけ、向かいからまた誰かが顔を覗かせた。少女警察・千代田秋桜だ。小夜子がギクリと体を強張らせる。


「またテメーか!? なんだそりゃ……」


 見ると、秋桜は背中に巨大な爪を背負っていた。禍々しい爪の先端に、まだ真新しい血がこびり付いている。廊下に鉄のえた匂いが広がり、四人がどよめいた。秋桜は少し誇らしげにほほ笑んだ。


赫龍レッド・ドラゴンよ。さっき代々木で討伐して来たの。中々手強かったけど、クラスの仲間と協力して、何とか倒せたわ。これは戦利品。この爪を総務課に納品すれば、1人1万ポイントは手に入るわ」

「1万!?」

 小夜子は口をあんぐりと開けた。

「すげえ……一年生でドラゴンを倒せる魔法少女がいるなんて……!」

「ドラゴンなんて、プロの魔法少女でも手こずる相手なのに」

「うわぁ〜……命がけだよぉ。さすがAクラス」


 じゃ、あなた達も頑張ってね。

 そう言い残し、秋桜は颯爽と去って行った。小夜子は憮然と吐き捨てた。


「んだよアイツ! 自分が強いって自慢しに来たのか!」

「まぁまぁ……ドラゴン狩りなんて、自慢したくなる気持ちも分かるっすよ。少なくとも、Aクラス以上じゃないと。平凡な魔法少女じゃとても歯が立たない大物……」

「じゃ何か?」


 小夜子は目を光らせた。

 ポイントを競い合う魔法学校。然してその実態は。


 ランクの高い魔法少女はバンバン高難度の依頼をこなし、一日で数万ポイント稼ぐ。

一方、小夜子たちのような魔力の低い生徒は、とてもじゃないがそんな強敵には勝てない。彼女たちは日々授業や軽い依頼で、数ポイントづつ重ねるしかない。


「……だったらいつまで経っても、このままじゃねえかよ! 埒があかねえ、これじゃいつまでも彼奴らには追いつけねえぞ!?」

 桁が違いすぎる。焦る小夜子から目を逸らして、三人はがっくりうな垂れた。


「でも……」

「そんなこと言ったって、私らにはムリっすよ……」

「そうだよ……だって私たち、落ちこぼれだし……」


 魔力の高い生徒じゃなければ、高難度の依頼はクリアーできない。考えれば当たり前のことであった。残酷な話だが、低ランクには低ランクの理由があるのだ。


 しかし、それでは本当に、何のために入学したのか分からない。小夜子はこの学校に、魔法少女になりに来たのだ。


「さっき、無理難題がどうとか言ってたな?」

 小夜子は三人の中で一番背の高い、ウルフパーマの松野の首根っこを捕まえた。


「そりゃ一体、何ポイントになるんだ?」

「しゅ、修羅百合っすか?」


 修羅百合とは、希少価値の高い魔法植物である。六本木にある天狗ヒルズ、魔力を持つ者にしか見えない魔法の洞窟の中に生えていて、主に魔法薬の材料として使用される。非常に貴重な花で、入手できれば恐らくドラゴンの素材とも引けを取らないだろう。ただ、その花を摘むには、洞窟の中で待ち構える愛宕山大天狗と対峙しなくてはならない……。


 ……といった具合のことを、松野は伝えた。


「でもでも、そんなの絶対ムリなんすよ! あのババア、私らがムリだって分かってて、わざと押し付けてるんす!」

「ドラゴンがLevel100なら、大天狗はLevel80くらいあるわ」

「大体Aクラスの推奨魔人討伐Levelが、60〜70なんですよ? そのLevelの敵を倒そうねっていう目安なんですけど。Fクラスなんて、推奨Level1〜8なのに……だから私たちにはそんな奴どうやっても」

「うるせええええッ!」


 小夜子が吠えた。三人組が次々に箒から落下し、廊下が零れたバケツで水浸しになった。


「どうでも良いんだよ、Levelとか、数字とか! 知ったこっちゃねえよ!」

「え……!?」

「とにかく私らも、ドラゴンを倒す!」

「ええっ!?」

「ついでにその何とか天狗もだッ! お前ら着いてこいッッ」

「えええぇっ!?」


 こうしてまだ服も乾かないうちに、四人は学校を飛び出した。夕暮れの、紅が西の空に眩しく輝いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る