第9話 敵じゃない!

「『……国立魔法人材開発研究所・通称”世田谷魔法学校”には、全国から選りすぐりの魔力を持った生徒たちが』……あ! 見て!」


 パンフレットを読み耽っていた慎吾が、ふと顔を上げ、前方を指さして目を輝かせた。視線の先には、グリフォン……頭が鷲で体がライオンという、魔界の獣……が、芝生の上で羽を休めている。その他校庭の至る所で、サラマンダーやユニコーン、その他可愛らしい妖精の姿が見えた。きっとどこかの由緒正しい魔法少女の、使い魔なのだろう。


 天高く龍が舞い、悠久の地をケンタウロスが駆け抜ける。会場にはたくさんの魔法少女たち、それからその使い魔が集まっていて、さながらお化けの大運動会といった様相だった。小夜子は隣に立つ冴えないフランケンシュタインをじとっと睨みつけた。


「なんかお前だけ、敵側じゃない?」

「まぁまぁ。人は見た目じゃないよ……もちろん、化け物もね」

「つーかなんで休みの日まで着ぐるみきてんだよ」

「こっちの方が雰囲気出るだろう? いやあ、それにしてもすごいねえこの学校。ホテルのスイートルームみたいな寮に、歌劇場、動物園に水族館、屋上にはプールまである……」


 あまりにも浮世離れした光景を見渡して、慎吾が目をパチクリさせた。もっとも、気後れしているのは小夜子も同じである。


 ”新規魔法少女オーディション”の触れ込みでやってきた、都内某所。

 会場に選ばれたのは、巨大テーマパークさながらの”学校”だった。未来の魔法少女を育成するための、”魔法学校”。巨大な凱旋門を潜ると、高層ビルさながらの、小学校から大学院までを一緒くたにしたドンキホーテみたいな建物が聳え立っている。とはいえもちろん、普通の勉強をする訳ではない。ここに”入学”した生徒は、立派な魔法少女になるため日々過酷な訓練を行うのだった。もっとも、温泉や遊園地で、一体どんな過酷な訓練が行われるかは謎だったが。


「いいなあ。僕も一週間くらい、ここで魔法少女しようかなあ」

「オイおっさん。バイト感覚かお前」

『門戸は誰にでも開かれています!』


 広大な校庭の中央では、先ほどから”世田谷”の校長先生がしきりに声を張り上げている。


『入学は誰でもウェルカム! 年会費もタダ! しかし卒業するのはとても難しい! それが”世田谷魔法学校”なのです』

 校長が魔法の杖を振り上げると、空中に巨大なホログラムが現れた。目まぐるしく踊る文字と数字は、この学校の生徒の”ランキング”を表示している。


『毎年卒業できるのは、ランキング上位5名のみ! ランキングによって、あなたの魔法少女としての点数が可視化される。学年も性別も関係ありません。生徒は日々の行動を厳しくチェックされ、指導員からポイントを加点減点されて行きます。グリフィン◯ールは10点、みたいな感じです』

「パクリじゃねーか!」

『点数がつけられる項目は様々! 

 魔力はもちろんのこと、戦闘力、適応力、人気、知名度、影響力、慈愛精神、優しさ、将来性、道徳心、勇気、知恵、コンプライアンス、”人を傷つけない魔法少女”……』

「要するに全員ぶっ飛ばしゃ良いんだよな?」

「話聞いてた?」

 その年のトップ5が卒業し、晴れて魔法少女になれる。

 分かりやすくて小夜子にはありがたかった。


 何より家柄や血筋、能力など関係ないのが良い。要するに全員ぶん殴って、魔法少女という名の猿山の頂上に立てば良いのだ。

「話聞いてた?」

『街に繰り出して魔人を狩るのも自由! 友達を作って学内で遊びに耽るのも自由! 生徒間同士の決闘もどうぞご自由に。結果次第でランキングも変動するでしょう。ただ一つ言っておきます。卒業するまで、生死は保証致しかねます』

 校長の最後の一言に、集まった少女たちは少しざわついた。


『それでは皆さん、立派な魔法少女目指して、良い一年をお過ごしください!』

 ぱん、と大きな音がして、上空で七色の花火が弾けた。花火が魔法で、「入学おめでとう」の文字に変わる。


 毎年この学校には、数千から数万の入学希望者が殺到するのだという。それでも卒業生は、未だ3桁にも達していない。卒業生が5名全員五体満足で揃うのも、稀れなのだそうだ。国家公認魔法少女になるには、この蠱毒の中で、真の実力を示さなければならないのだった。


 此処で正式に魔法少女になれば……莉里様と肩を並べて戦える。拳を握りしめ、小夜子は決意を新たにした。


「それじゃあ……」

 隣のフランケンシュタインが、すっと立ちあがり小夜子の頭を撫でた。


「名残惜しいけど、僕は此処までだ。何か会ったら連絡してね。魔法少女が辛くなったら、いつでも帰ってきて良いんだよ」

「慎吾……」

「いつでも帰っておいで。ホラー界に」

「ホラー界ってなんだよ。そんな世界住んだこともねえわ」

「いつでもお帰り下さい、小夜子様」

「やめろ! 人をコックリさん扱いするな!」

「あなた……」


 ぎゃあぎゃあ言っていると、ふと見知った顔が小夜子に近づいてきた。


「リトル・ナイトメア……でしょう?」

「あ……お前は!」

「わん!」

 小夜子は慌てて狐のお面を被ろうとしたが、遅かった。現れたのは、いつぞやの司法少女。少女警察・パトロールコスモスだった。今日は腕に子犬を抱いている。


「お前……なんでこんなところに? まさかお前も魔法少女に……!?」

「冗談。私はとある事件を追って、潜入捜査中なの」

「事件?」

「でも、良い機会だわ」

 犬のお面を被った少女が、腰に手を当てて小夜子を睨みつけた。解き放たれた子犬が、小夜子の足元に纏わり付いて元気よく尻尾を振る。


「本当ならあなたみたいな小物後回しなんだけど。あなたともいずれ、決着をつけて上げる」

「んだとテメェ!」

「ところであなた、何クラス?」

「は?」


 突然訳の分からないことを尋ねられ、小夜子は面食らった。少女警察はポケットから生徒証を取り出して見せた。1年A組・千代田秋桜。カードがキラキラと金色に光り輝いている。


「事前に適正試験があったでしょう? それでクラスを振り分けられるの。私はAよ。ランキング30位以内。本当は上位10名のみで構成されるSクラスっていうのがあるらしいけど。まあまあね……」


 そう言いながら、秋桜はAクラスの校舎を指差した。赤レンガでできた重厚な校舎。タワーマンション型の学生寮。五つ星レストラン。個人スタジオ。ゲーミングルーム。室内プール、温泉サウナ付き。


「じゃあ、ごきげんよう。同じクラスになったら、仲良くしてね……」


 そう言いながら、秋桜は優雅にその身を翻した。どうやらクラスごとに居住区が決まっているらしい。入学式が終わり、ぞろぞろと生徒たちが自分の居住区へと向かっていく。小夜子は事前に適正試験など受けていなかった。チラシをみて、衝動的にやってきたのだ。近くの指導員に確認すると、

「お前はFだ」

「えふっ!?」

 Fだった。ABCDE、F。

ランキング圏外。渡された生徒証は黒ずんでいた。


 Fの校舎は、鶏小屋だった。世田谷の外れの外れ、敷地のギリギリ外にあり、教室ではトサカを真っ赤にした雄鶏が、首をひょこひょこさせて歩き回っていた。窓ガラスは全部割れ、その上から金網で封鎖されている。机や椅子がひっくり返って、バリケードみたいに隅に積み重なっていた。共同便所。共同風呂。寮は四人部屋を、十二人で使う。


 小夜子は粉々に砕けた蛍光灯を見上げ、クレーターのような穴の空いた黒板に目を写した。黒板には汚い文字で

『夜露死苦!!』 

 と書かれていた。

「何時代だ」

「よ〜オ!」


 小夜子が過ぎ去りし時の流れに思いを馳せていると、後ろから野太い声が飛んできた。


「てめーが新入りかあ!? ギャハハ! 入学早々Fラン落ちなんて、聞いたことねえよ!」

 金属バットやメリケンサックで武装した”魔法少女”たちが、下卑た笑みを浮かべ小夜子を見下ろしていた。

「よっぽど落ちこぼれなんだろうなあ! ギャハハ!」

「まあ夜露死苦頼むぜ! あたしらがこの学校での立ち振る舞い方、色々教えたげるからよお。ヒーヒヒヒ!」

「おう新入り! とりあえずパン買ってこいよ、焼きそばパン!」

 随分丁重な御歓迎だ。小夜子はニヤリと嗤い、とりあえずポケットから手榴弾を取り出して、鶏小屋を爆破した。


 楽しい学園生活の、始まり始まりである。

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