『こいこい』
『それでは続いてのニュースです。
政府は、増え続ける魔人対策の一環として、全国から魔法少女を募る国家プロジェクトを発表しました。
年齢、経験を問わず、”魔法少女になってみたい”と言う少年少女を後押しする形です。時野官房長官は”魔人の被害は年々増加しており、対策チームの結成が急務である。今まで経済的・性別的・家柄・能力・血統……など様々な理由で魔法少女を諦めなくてはならなかった人々を、積極的に支援して行きたい”とコメントしました。では次はプロ野球……』
「大丈夫ですか? お嬢様」
「ん……」
疲れ目をこする莉里を、小夜子が心配そうに覗き込んだ。大丈夫よ、と健気に笑ってみせるが、やっぱりいつもの元気はない。机の上に並べられた宿題は、さっきからちっとも進んでいなかった。
それも致し方ないのかもしれない。
手付かずの洋菓子と冷めた紅茶を取り替えながら、小夜子は目を伏せた。何せ最近じゃ全国各地で魔人が湧いて出て、とてもじゃないがスイートリリィ一人では全てを対応しきれていない。かと言って見過ごすわけにも行かず、ここのところ莉里は、昼夜問わず魔法少女になりっぱなしだった。
リリィだけでなく、歴戦の魔法少女、警察やヒーローも毎日飛び回っている。が、圧倒的に数が少ないのが現状である。今では外に出ればサイレンは鳴りっぱなし、緊急避難警報は聞かない日の方が珍しいと言う有様だった。
「無理しないでくださいね……?」
「大丈夫よ……任せて!」
莉里は正体を明かさない。それは秘密なのだ。素性を明かせば、家族や周りにも迷惑がかかってしまうと思っているのだろう。だけど、だけど小夜子にはそれがもどかしくもあった。小さなその背中を見送り、扉を閉め、小夜子は小さくため息を漏らした。
何かできることはないだろうか……小夜子が難しい顔をしていると、ふと居間からTVの声が漏れ聞こえて来た。
『しかしいくら新規で魔法少女を雇ってもねえ』
「魔法少女……?」
小夜子は立ち止まった。廊下の先に目を凝らす。店内に客はいない。少しばかり扉の空いた居間の方に、小夜子の耳は自然と引き寄せられた。
『魔力を持ってるとはいえ、まだ子供ですよ? 子供を戦場に駆り立ててる訳ですから、一体どれほど危険なことか……』
『政府は”魔力を持っていない人々も育成する”と』
『ああ、それは無理だ』
画面の中で、偉い専門家の先生が鼻で笑った。
『銃や爆弾の効かない相手に、一般人が、どうやって戦えって言うんですか。良いですか? 魔女っていうのはそもそも家系、血統の世界ですよ。人間、努力で空が飛べるようになりますか? 結局は血筋なんです。持って生まれた才能が全ての世界です』
『でも、ある日突然秘めたる力に目覚めるっていうのは……』
『ないない! フィクションじゃないんだから!』
スタジオがドッと笑いに包まれる。
『能力のない人間に、できることなんてないですよ! 勝てそうもない敵と戦うのは愚かです。良いじゃないですか。勝てる相手とだけ戦っていれば良いじゃないですか。悪いこた言わない。選ばれなかった凡人は、尻尾を巻いて逃げ回ることですね』
『なるほど、先生の仰っていることはごもっともで。視聴者の皆様はくれぐれも魔人と戦おうなどとバカな真似はよしてください。それでは次のニュース……』
「すみません」
不意に廊下の先から声がして、小夜子は我に返った。慌ててカウンターに戻ると、いつの間にか店内に客がいた。
背の高い男だった。頭の天辺が天井に届きそうなほどである。夏だというのに真っ黒なジャケットを羽織り、黒い帽子を深く被っているので表情は見えない。小夜子は一瞬、魔人かと思った。だが首のチョーカーは反応しない。先日もそれで客と一悶着あったばかりなので、彼女は必死に作り笑いを浮かべた。
「い、いらっしゃいませ〜……」
「イチゴのショートケーキを3つと、ザッハトルテ2つ、ブッシュドノエル4つ、それからオランジェットにシャルロット……」
すると、客がいきなり呪文みたいなことをブツブツ呟き始めた。どうやら注文をしているようだ。良く分からなかったので、小夜子は適当に、それっぽいものを紙袋にぶち込んでいった。
「あ、ありがとうございました〜……」
カウンターの上に忘れ物があるのに気がついたのは、客が帰った後だった。
それは一枚のチラシだった。
「ん〜……?」
『新規魔法少女オーディション──あなたも魔法少女になれる!』
そう書かれた紙を、小夜子は尖った瞳でジッと睨んだ。
『なれません。無理です。無理無理無理無理無理。夢を見ないでください。能力のない人間が現場に出てこないでください。迷惑です。足手まといです。役立たずです。華々しい戦いは才能のある選ばれし超人に任せて、我々は日々様々な問題に見ないふりをして、できるだけ楽しいことだけ考えて生きていきましょうよ……さぁさぁさぁ。続いてはネコチャンの動画ですよ〜可愛いですね〜』
TVではさっきと同じ話題を、同じような論調で、出てくる人物を変えて延々と繰り返している。
「明日……か」
彼女はオーディションの会場と日付を確認すると、その紙をくしゃっと丸めゴミ箱に放り投げた。
「上等じゃねーか……!」
やがて小夜子は拳を握りしめ、静かに闘志を燃やした。その様子を、先ほどの客が物陰から、不敵な笑みで覗き込んでいることも知らずに──……。
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