第11話 見た目じゃない!
四人はまず代々木に向かった。
だが、空は晴れ渡り、あいにくドラゴンは飛んでいなかった。
「そりゃそうでしょうよぉ」
松野が肩をすくめた。
「そんなドラゴン襲来しまくってたら、何回東京破壊されても足りませんよ。仲魔が討伐されたんで、きっと今頃、魔界かどっかに引っ込んでるんじゃないっすかねえ」
「しゃあねえ。ドラゴンはまた今度だ」
小夜子はあからさまに舌打ちし、次いで六本木へと走った。
「待って、姉御〜……!」
小夜子の背中を追いかけて、三人組の真ん中、ポニーテールの竹乃が弱々しい声を上げる。
「ほ、本当に大天狗と戦う気ですか? いくら何でも無茶ですよ!」
「そうそう。本当ならトッププロが四人がかりとか、そのLevelの相手なのよ」
「まともに攻撃呪文も覚えてないのに、どうやって戦えって言うんすか?」
「そういやお前ら、どんな魔法が使えるんだ?」
小夜子は三人に尋ねた。長年低ランクで燻っているといえ、三人とも腐っても魔法少女見習いだ。
「私らの得意技は……」
松野と竹乃と梅ノがそれぞれ顔を見合わせた。
「私はどんな状況でも、草を生やせます」
「空気を読まず、むしろ冷や水を浴びせます」
「火に油を注ぎ、炎上させるのが得意だわ」
「なるほど……」
小夜子は腕を組んだ。いきなり草水炎の3タイプが揃うとは。
「いけるぞ、これは」
「ええっ!?」
「マジっすか!?」
「で、でもどうやって? こんな弱い魔法じゃ、傷一つ付けられないわよ?」
不安そうな顔の三人に、小夜子はニヤリと嗤って見せた。
「任せとけ。天狗の鼻を、へし折ってやろうじゃねえか」
湯上谷明美は、本日の講義が一通り終わると、専用の職員個室にこもって点数の振り分けを始めた。あの子は元気が良かったからプラス10点、あの子は私に協力的だからプラス50点、あの子は目つきが悪かったからマイナス30点……。
『魔法数秘学』の担任になって四半世紀。
湯上谷はこの学校の教師になる数十年前、現役の魔法少女だった。実力は申し分なかったが、あいにく視聴率が振るわず、『魔法少女マスマティックス・ガール』の活躍は途中で打ち切りになってしまった。視聴率。グッズ販売貢献度。口コミ数。人気投票ランキング……。思い描いていた夢の舞台は、思っていた以上に
数字が好きだ。人は裏切るが、数字は決して裏切らない。
そう、人は平気で人を裏切る。人気がなくなるや否や、そそくさと離れていった計算高い大人たち、恋人、それにファン……。リサイクルショップに売られていく自分のグッズを眺めながら、彼女は悔しさを噛み締めていた。どんなに魔力があろうが、数字が取れなきゃ意味がないじゃない!
確かなのは数字だけだ。それ以来、彼女はガールからグランマになってからも、ずっと数字を追い求め続けて来たのだった。
魔法少女に必要なもの、それは数字なのだ。
湯上谷はそう信じていた。だからこそ、数字の取れない者……たとえば今朝のような平気で遅刻してくる不届き者は、この学校に必要ない。ならず者は、きっとこの清廉なる魔法少女界を腐らせてしまうだろう。先人として教師として、きちんと自浄努力して行かなければ。
「ふふん……」
お気に入りの生徒に高得点を、それから気に食わない生徒に減点や罰を与えながら、湯上谷はひとりほくそ笑んだ。あの三人組が大天狗に勝てないことなど、鼻から分かっている。今まで、Bクラス以下で、修羅百合の採取に成功した生徒は皆無だった。ましてやあの三人組は最低最悪のFクラス……言わば魔法少女の面汚しである。これを機に諦めてくれると良いのだが。あの子たちを退学に追い込むのに、後マイナス何点必要かしら……。
などと思っていると、ふと職員個室の扉が叩かれた。放課後に訪れてくる生徒は珍しい。
「はぁい」
湯上谷は魔法算盤から目を離し、重たい腰を上げた。もしかして、あの三人組だろうか? それにしては少し早すぎる気もするが……。
「よぉ」
扉を開けると、待っていたのは例の三人組と、それから見知らぬ金髪の少女だった。尖った目つき、突き出た顎。見てくれでもう、ならず者だと分かる。佐々木小夜子。魔法少女の対極に位置するような風貌だ。湯上谷は思わず眉をひそめた。
「何ですか? あなた?」
「何ですかとは大層なご挨拶だな」
金髪の不良少女がくっくっと嗤った。
「おいバアさん、ポイントもらいに来たぜ」
「んな……!?」
横柄な態度に、湯上谷は頭にカッと血が昇るのを感じた。
「な、ななな……!」
「修羅百合を取って来たら、100gにつき1万ポイントくれるんだろう?」
「修羅百合?」
実際にはそんな約束していないが。小夜子はニヤリと嗤うと、湯上谷の目の前にドカッと大きなビニール袋を置いた。
「此処に1キロあるッ」
「何ですって!?」
「ひひ……」
1キロ!? 湯上谷は驚愕した。袋に詰められているのは、確かに修羅百合だった。だがこの花は市販されておらず、魔法の洞窟の奥深くにしか咲かないはず。花弁を1g取ってくるのだって至難の技だ。
「あなたたち、ど、どうやって……!?」
洞窟の奥には悪名高き愛宕山大天狗がいる。超一流でも苦戦する大天狗を、どうやって倒したというのか。
「魔法に決まってんだろ、なあ!?」
「そうっすよ!」
松野がウルフパーマを掻き上げ、嬉しそうに白い歯を見せた。
「まずは洞窟全体に草を生やして……」
「洞窟に草ですって?」
「それからその草に火を放ったんです。もう、大炎上!」
「私、炎上させるのは得意なの」
「どんだけLevelが高くてもよぉ〜、流石に住んでるところ燃やされたら、大事なもん抱えて飛び出してくるしかないよなぁあ!? ましてや狭い洞窟の中、あっという間に酸欠になるぜ! ひひ!」
「慌てて洞窟から出て来た大天狗に、修羅百合と交換条件を申し出たんです。火を止めて欲しかったら……ってね。大丈夫、洞窟は冷や水で綺麗さっぱり消火しときましたから!」
「彼奴の鼻、ちょっと焦げてたよなぁ!? ひーひひひ!」
小夜子が腹を抱えて嗤った。
湯上谷はゾッとした。それではまるで、犯罪者のやることではないか。
「さて……」
ひとしきり嗤った後、小夜子は呆然と立ち尽くしていた湯上谷を、下から覗き込んだ。
「約束のブツをもらおうか」
「な……!?」
「1万の10倍で、10万ポイントだッ! きっちり払ってもらうぜぇッ!!」
「み、認めないわ!」
湯上谷は気圧されながらも、鷹の目のような視線で金髪少女を睨み返した。
「私は認めません! そんなの、全然魔法少女じゃないでしょう!? 魔法少女らしくないッ! 住居に火をつけて脅すだなんて……あなたたちの行くべき場所は、刑務所よ!」
「おいおい、バアさん」
小夜子が悪どい顔をして舌舐めずりした。
「あんた、自分で言ったんだよなあ? 修羅百合を100g取ってこいって」
「それは……だけど」
「こっちは約束通りブツ持って来てんだぜ? 100g=1万ポイント、な? 簡単な数字だろ? あんた、数も数えられないのか?」
「で、でも……!」
「それとも」
あんた、まさか自分の信じていた数字まで、自分で裏切るつもりなのか?
「う、うう……!」
湯上谷は膝から崩れ落ちた。裏切る? いいえ、数字は決して裏切らない。裏切っているのは私の方……!? 確かに私は修羅百合を取ってくるようにとは言ったけど……100gが1万ポイントですって!? そんな約束……!?
「ここまで来て数を誤魔化すたぁ、いいぃ度胸じゃねえか!」
小夜子が啖呵を切った。
「だったらテメーは認めんだよなあ!? ”数字なんて別に大したことない、いつでも改ざんできるくっだらねえモンだ”って!!」
「わ、分かったわ……」
湯上谷は体を震わせた。彼女は混乱する頭で、どうにか声を絞り出した。
「じゅ、10万ポイント……は、払います」
「ヒャーハハハハ!!」
およそ魔法少女らしくない嗤い声を上げ、小夜子がビニール袋を天高く放り投げた。
部屋中に修羅百合が舞う。白い花弁を全身で浴びながら、小夜子はくるりと勝利のターンを決めた。1人2万5000ポイント。ドラゴン2体狩ってもまだ足りない数字だ。職員個室を後にした四人組は、今や上位ごぼう抜きのトップランカーに躍り出ていた。
「姉御!」
「姉御!」
「行くぞ、お前ら! このまま天辺まで殴り込むッ!」
「うぉおおおおッ!!」
意気揚々と家路に着く小夜子たち。だが、彼女たちはまだ気がついていない。この騒動によって引き寄せてしまった、自分たちへと忍び寄る魔の手に……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます