第6話 魔人じゃない!

「あーあ。最近物騒だよなぁ」

「凶悪事件とか魔人のニュース、絶えないもんね」

「ったく。警察は何やってんだよ」

「仕方ないよ……だって魔人って、銃も効かないって聞くし」


「知ってる。爆弾で爆発させても生きてたんだろ? 動画で見た。マジバケモンだよな」

「魔人って言えばさ、ほら、最近いるじゃん。魔人を退治してる子供」

「あー、あの? この頃流行りの……」

「確か、スイートリリィだっけ?」


「ピンク色の髪の毛の……何お前、ああ言う子がタイプなの?」

「ち、違うよ! いや、僕はただ、その……!」

「魔法少女ねえ……今度のは、どうかなあ?」

「僕ぁ正直期待してないね。今までの魔法少女が勝てなかったから、町中が、こんな魔人ばっかりなわけだろ?」


「ケッ。大したことねえよ、魔法少女なんか」

「そうだよ。世界、全然平和じゃないじゃん。守れてないじゃん」

「どうせワンクールで飽きられて終わりだろ。来年にはまた新しいのが出てきて、みんな忘れてるよ」

「だよね。誰もスイートリリィが勝てるなんて思ってない。世の中から悪がいなくなった試しがないもの。来年の今頃も町は敵で溢れてて、新シリーズが始まるんだろうなあって、もう分かっちゃうもん」


「ヒーローの方がカッケェよな」

「そうそう。ヒーローなら、悪人に容赦しないよ。魔人なんて必殺技で木っ端微塵だよ。正義の剣でズババババーンだよ。魔法少女にそれ出来るの? ”お菓子の国で一緒に反省”?」

「は。甘い、甘いんだよ。お菓子だけに。分かってねえ、戦うってのは、傷つくってことだ。傷つけるってことなんだよ。その覚悟がいンだよ。いいから黙って、魔人はヒーローや警察に任せてだなァ、夢見るお子様はキッチンに引っ込んでな。傷つく覚悟のない奴にゃ、誰も守れやしねえのよ」

「違うよ、みんな……きっと魔法少女は、僕らのために……」



「あ魔人かと思ったア!」

「う……ウワァァァ!?」

「やめ……やめてええ! 僕たちは一般人だよお!」


 放課後の中学校にて。

 夕方だと言うのにまだ明るく、表の校庭では、部活動の生徒たちの威勢のいい声が飛び交っている。その向かい側、体育館の壁がそびえる薄暗い裏庭で、甲高い悲鳴が上がった。


「何だよ……クソ! 誰だよお前! 俺たちが何したって言うんだ!?」

「そうだよ! 僕らはただ、スイートリリィの陰口を言ってただけなのに!」


 狐のお面を被った少女が、右に左に、鋭くアッパーカットやフックを繰り返している。殴られているのは、数名の男子生徒だった。突然の襲撃に、誰もが面食らっていた。

 

「魔法少女なんか大したことないって……個人の感想だろ!」

「魔人かと思ったァ!!」

「ぎゃああ!?」

 また悲鳴。


 狐面の少女……小夜子は容赦なく、相手の腹を顎を傷つけている。体育館裏でタバコでも吸おうと思っていたところ、偶然この男子生徒たちに遭遇したのだった。強引に呼び出しを食らい、散々生徒指導の先公にお説教を食らった後だったので、小夜子は酷くイラついていた。


「助けてぇ! 誰かぁ!」

「こんなところ、誰も助けに来やしねえよオ! ヒーローは表舞台で大忙しさぁ! ひひひ!」

「やめなさい!」


 すると、背後から鋭い声が聞こえてきた。振り返ると、同い年くらいの少女が仁王立ちしている。

「何だァ……テメェ?」

 小夜子が低い唸り声をあげた。


 この学校の生徒だろうか? 

 小柄な少女であった。何故か犬のお面を被っていて、警察官のような格好をしている。


「そこまでよ! リトル・ナイトメア!」

 少女が黒髪を風に靡かせ、毅然とした態度で言い返す。小夜子は眉をひそめた。


「どうして名前を……」

「残念だったわね! とっくに調べはついてるわ! 無届の魔法少女・リトルナイトメア! 十二月十二日生まれ、射手座のB型! 好きなものは洋菓子! 最近遊園地で、大暴れしたそうじゃない」

「魔法少女?」

 さっきまで殴られっぱなしだった男子生徒が、唖然とした。


「魔法少女のくせに、一般人を攻撃してたのか!」

「なんて奴だ!」

「個人情報をペラペラと……テメーこそ名を名乗れ!」

「私は司法少女! 少女警察・パトロールコスモス!」


 少女は犬のお面を被ったまま、片手は腰に、片手は敬礼をしてポーズを取った。樹木の隙間から、眩い太陽が少女の背後で燦然と輝く。


「たとえどんな理由でも暴力は許さない! 正義と秩序の名の下に、貴女を逮捕します!」

「司法少女だぁ……?」


 コスモスが手作りの逮捕令状と手錠を構え、迫ってくる。小夜子は小首をコキッ、と鳴らした。


「未成年に警察業務24時させるたあ……違法少女の間違いだろ!」

「観念しなさい!」

「ハッハァ!」


 小夜子は舌を突き出しカラカラと嗤った。現れた謎の少女に一発カマしてやろうと拳を握りしめる。しかし……。


「はぁッ!!」

「な……!?」


 次の瞬間、

 視界がぐるんッ!! と回転し、背中から地面に叩きつけられた。小夜子の目が驚きで見開かれた。


「グはッ!?」


 投げられたのは、小夜子の方だった。一本背負い。狐のお面が斜めになって、取れかかる。間近に迫った土の匂いが草の匂いが、ツンと鼻を刺激した。小柄な少女が、小夜子を見下ろしてほほ笑んだ。


「あら。魔法少女っていうのも、大したことないのね?」

「……クソが!」

「さあ! 今のうちに逃げて!」


 こめかみに青筋を浮かべ、小夜子がガバッと立ち上がった。少年たちが慌てて逃げ出すのを尻目に、小夜子は近くにあった木材を手に取った。だが犬の仮面の少女……コスモスは、怯む様子もない。

 木材を正眼に構え、小夜子が怒気を交えて唸った。


「……怪我するぞ」

「もしかして、気遣ってくれてるのかしら? 案外優しいのね」

「こうなったら容赦できねえって言ってんだ!!」


 小夜子が啖呵を切り、木材をがむしゃらに振り回して突っ込んで行く。その勢いには鬼気迫るものがあった。コスモスは冷静に警棒を伸ばし、下段に構えた。


 確かに小夜子は威勢がよかったが、長物を武器にするには少し我流が過ぎた。

 幼い頃から警察官である父に憧れ、柔道や剣道をみっちり習っていたコスモスには、小夜子の動きは止まっているかのようだった。警棒や棍棒を武器にするなら、振り回すより杖のように扱うと良い。相手目がけて鋭く突く。腕を捻じ曲げたり、足払いをして戦う。訓練すれば、腕力や握力がなくても強力な打突技が繰り出せる。


「やあぁッ!!」


 勝負は一瞬だった。

 重たい木材を強引に振り回して、隙だらけの小夜子の懐に、コスモスが素早く飛び込んだ。小夜子の振り下ろした木材は当たらない。警棒術で重要なのは「打突技」以上にこの「よけ技」だ。様々な身のこなしや体さばきで、相手の攻撃をまず避ける。


「あうッ!?」


 小手……手首を思い切り痛打された小夜子は、思わず木材を取り落とした。背後に回ったコスモスに、あっという間に腕を捩じ上げられる。木材が地面に落ちて鈍い音を立てる頃には、小夜子は地面に突っ伏していた。起き上がろうと身を捩るが、警棒でしっかりと腕を固定され、ビクともしない。

「うぅ……!?」

 負けた……! 

 自分より小柄な少女に、文字通り赤子のように捻られてしまった。小夜子はショックを隠せなかった。


「十八時三十四分、正々堂々、犯人確保!」

「クソォ……!」

「反省しなさい。ただし、お菓子の国じゃなく、鉄格子の中でね……」


 コスモスが不敵に笑い、小夜子に手錠をかけようとした、その時だった。

「大変だぁ!」


 校舎の表側で、生徒たちの鋭い悲鳴が上がった。

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