第5話 幻想じゃない!
遊園地はパニックになっていた。
それにしても、白昼堂々、こんな人が大勢集まる場所に現れるとは……小夜子は唇を噛んだ。魔人たちは、かなりこっちの世界に入り込んできているようだった。実際被害は増える一方で、あの慎吾も、数年前恋人を魔人に殺されている。人間に擬態した魔人は、なかなか捕まえることが難しく、警察でも手をこまねいているのが現実だ。
「スイートリリィは……ど・こ・だぁ〜……!?」
肝心の魔人は、着ぐるみショー会場にいた。2メートルはあろうかと言う巨体で、身体中ボルトやツギハギだらけの、本物のフランケンシュタインだった。まるでさっきのショーの焼き直しだ。だがここには、本物の魔法少女はいない。リリィが……莉里様は学校に行っている時間だ。今からではとても間に合わない。
小夜子は狐のお面をつけた。自分が
「そんなに見たきゃ、午後の部を待てよ!」
「んン〜? 誰だお前……?」
「魔法少女リトル・ナイトメアだッ!」
先ほど決まったばかりのリングネームを、堂々と叫ぶ。本物のフランケンシュタインがゆっくりと首を傾げた。
「魔法、少女〜……?」
それも致し方あるまい。
紺のセーラー服に、狐のお面をつけただけ。見た目は完全に、遊園地を楽しんでいる学生Aである。
「魔法少女……!」
「こっからはホラーの時間だぜ、オッサン」
ずんずんと巨体に詰め寄られたが、小夜子は引かなかった。
近くに並んでみると、その大きさの違いがよく分かる。まるで子供と大人、小夜子はフランケンシュタインのへそ辺りまでしか背丈がなく、怪物の方は、力士かプロレスラーのような威圧感だった。
「よくも……おいらの仲魔を〜……ッ!」
フランケンはその拳を、思いっきり小夜子の顔面に叩き込んだ。
「ぐ……!」
だが、
「ぐああああああッ!?」
叫んだのは、フランケンシュタインの方だった。
小夜子の頭部くらいはありそうな巨大な拳から、コールタールのように真っ黒な血が溢れ出している。
小夜子がお面の下で嗤った。慎吾の用意した狐のお面は、特別製で、特殊合金で出来ていた。軽く、それでいて鉄のように硬い。
拳の骨は、案外脆い。
プロボクサーでさえ、グローブなしで強打すれば骨折してしまうだろう。
「リトル・パイプ・チェアーッ!!」
フランケンの後頭部に、小夜子はパイプ椅子を振り下ろした。大男はたまらず地面に突っ伏す。そのまま背中に馬乗りになり、必殺技・「リトル・パイプ・チェアー」が炸裂した。魔人の頭が何度も何度もコンクリートに叩き付けられ、パイプ椅子とのサンドイッチになった。
何度も何度も何度も何度も。
怪物男の鼻っ柱が地面に押し付けられる。
「押すこと」──格闘技と喧嘩の違いの一つが此処にある。
一般に格闘技では、パンチでもキックでも、押してしまうとダメージが入りにくいので「良くない」、「下手」だとされる。しかし喧嘩で重要なのはこの「押すこと」だ。
そもそも喧嘩には正々堂々とか、反則と言うものが存在しない。スポーツではないのだ。場所も路上であったり、建物の中だったり。普段生活している空間がそのままリングになる。
するとどうなるか。
周りには机もある、椅子もある、外ならコンクリートもあればガードレールもある。
極端な話、鍛え抜かれた華麗な技よりも、机のカドに頭を打つけた方が効く。コンクリートに相手を叩きつけた方が効く。
何度も何度も。
bound! bound! sandwich!
軽快なリズムで、地面にドバドバと流血が広がっていく。小夜子の高笑いが響き渡った。
「ひゃーっはっはっはっはっはあっ!!」
「うグぅ……!?」
「どうした? ギブか? ギブアップか!?」
「なんて絵面だ! 小夜……リトル・ナイトメア!」
駆けつけたフランケンシュタインの、着ぐるみの方が小夜子に叫んだ。
「逃げよう! ここは人目が多すぎる! もうすぐ警察も来る!」
「チッ」
小夜子はあからさまに舌打ちして、返り血で黒く染まったお面を上げた。周囲は騒然となっていた。子供たちが泣いている。全く、飛んだ午後の部になってしまった。
「次は夜の部で会おうぜ。どっちかが死ぬまで、勝負だ」
「早く!」
慎吾に呼ばれ、小夜子はそそくさと人混みの中に飛び込んだ。ここまで痛めつければ、擬態も出来まい。後は警察が、処理してくれるだろう。
「なるほど、なるほど」
小夜子と慎吾が走り去った後。
人混みの中で、黒服を着た謎の人物が、独り言ちていた。嗄れたその手には、血走った眼球が浮かんでいる。赤黒い魔眼が、手の中でギョロリと蠢いた。その瞳の中に、小夜子の顔が写っている。
「スイートリリィの偵察に来たつもりだったが……リトル・ナイトメア、か」
黒服は目を細めると、掌の中でブチャッ! と魔眼を握り潰し、そのまま煙のようにその場から姿を消した。
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