第4話 妖精じゃない!

『そこまでよ! フランケンシュタインさん!』

『お前は──スイート・リリィ!!』

『マジカル・マフィン・シャワーッ!!』

『う……うわああああッ!? 俺の、俺の目がマフィンにぃぃいッ!?』


 リリィの魔法で、魔人の両目がマフィンになってしまった。地味にエゲツない攻撃である。舞台上で、フランケンシュタインの着ぐるみが苦しみ始めた。スイートリリィに似せて作られた着ぐるみが、片手を腰に、片手を天に掲げポーズを決める。袖にいたお姉さんが観客席に向かって呼びかけた。


『みんな〜! お願い、もっともっとリリィに声援を送って! 一緒に魔人をやっつけよう!』

「リリィがんばれー!!」

「がんばってリリィ!!」

「負けるなリリィ〜!! そこだ〜! パンチ! パンチ! ローキック!! フィギュア・フォー・ネックロック!!」

 子供たちの大歓声が上がる。その一番前の席に、小夜子はいた。小さなお子さんや親御さんたちに混じって、目を血走らせて声を枯らしている。


『お菓子の国に行って、反省しなさ〜い!』

『ありがとう! みんなのおかげで、悪い魔人を倒せたよ〜。これからもスイートリリィをよろしくね!』


 こうして午前の部は大成功に終わった。月曜日。遊園地の片隅で行われている、『魔法少女スイート・リリィ ファンタジーショー』。小夜子が午後の部に備え、近くのカフェで軽食を取っていると、先ほどのフランケンシュタインが彼女に近づいてきた。両目がマフィンになったままである。


『ここにいたのかい』

「それ、脱げよ」

『そうはいかない。子供たちの夢を壊す訳にはいかないからね』


 そう言ってフランケンは、小夜子の隣に座り、ドーナツとコーヒーを注文した。


「お菓子の国に行って、すっかり反省したみたいじゃねえか」

 小夜子がニヤニヤ笑った。フランケンは肩をすくめると、口元の覗き穴から小夜子を見つめた。

『チョーカーの調子はどうだい?』

「あ?」


 小夜子の首元には、黒いベルトのような、チョーカーが巻かれていた。魔人がそばにいると、チョーカーが小刻みに振動する。実はこれ、このフランケンからの贈り物だった。

「ああ、悪かねえよ」

 小夜子の返事に、フランケンが満足そうにドーナツを頬張った。


 フランケンの『中の人』は、佐々木慎吾。小夜子の父親の弟の息子で、要するに従兄弟いとこだった。一家離散し身寄りがなくなった小夜子は、慎吾の家に預けられることになった。いわば小夜子の保護者である。

 大学生である慎吾は授業そっちのけでバイトに明け暮れ、本人曰く、”ノーベル賞を全部門独占するレベル”の発明に夢中になっている。この『魔人感知チョーカー』もその一つだった。


「頼んでたブツは?」

『ブツて。はい、これ』

 フランケンの着ぐるみは紙包みを手渡した。中に入っていたのは、白い狐のお面だった。


 小夜子が注文したものだ。


 ってることがってることだけに、簡単に素顔を見られる訳には行かない。彼女の協力者と言うのが、この慎吾である。


「しっかしよぉ」

 小夜子がずるずるとラテを啜った。


「かたや”ラパン”で……」

 ラパンというのは、いつもスイートリリィのそばにいる、ウサギのような菓子パンのような、白いふわふわした妖精だった。なんでもお菓子の国からやってきて、類い稀なる魔力を持ったリリィをサポートしているらしい。顔の中にはあんこが詰まっていて、非常時には食べられると言う話だが、権利関係の問題であまりTVではそのシーンは放送されていない。


「……かたや”フランケンシュタイン”だもんなあ」

 小夜子がマジマジと化け物慎吾の方を見た。着ぐるみが肩をすくめる。

『贅沢言うなよ。佐々木家にはそもそも魔力なんて無いんだからさ。それで、相談って?』

「実は、こないだミイラ男を料理したんだけどよォ」


 小夜子は先日の出来事を話した。


『名前が欲しい?』

 フランケンの口の中で、目がパチクリした。

「うん。スイートリリィ、とまでは言わないけど。”リングネーム”みたいなもんだよ。魔法少女としての活動名……まさか本名を名乗る訳にはいかないだろ?」

『そんなことで悩んでたのか……かわいいなあ』

「うるせぇ!」

 たちまち小夜子の顔が真っ赤になって、フランケンの口に熱々のコーヒーを流し込んだ。叫び声がカフェに谺する。


『ぎゃああああッ!?』

「真面目に考えろッ バラバラにされてーのか!?」

『分かった、分かったからやめて! 午後の部もあるんだから!』

 フランケンが後ずさった。小夜子はると言ったらる。幼い頃からの付き合いで、慎吾にはそれが良く分かっていた。


『そ、そうだなあ……小夜子ちゃんだから、”リトル・ナイトメア”とかどうだい?』

「りとる、ないとめあ?」

『良いじゃん! ”リトル・マーメイド”みたいで! 魔法少女っぽい!』

「そ、そうか。”リトル・ナイトメア”……まぁ、悪くねえかもな」


 口から出まかせだったが、小夜子は満足げに頷いた。直訳すると、”小悪夢”だが。闇夜の中、凶器を振り回し魔人を追いかける小夜子は、正に悪夢と言って良かった。


 その時だった。


「いやああああっ!?」


 突然遊園地に、悲鳴が沸き起こった。楽しげな音楽が止まり、慌ただしげな声が園内全体に響き渡る。


『大変です! 遊園地内に魔人が現れました! 皆さん、落ち着いて避難を……』

「魔人!?」

 小夜子とフランケンが顔を突き合わせる。数秒後、金髪少女は狐面を手に、カフェを飛び出していた。


『行っけぇ小夜子ちゃん……いや、リトル・ナイトメア! ファンタジーとホラーの違いを思い知らせてやれ!』

「後で殺す!」


 人の流れに逆らって、魔人が現れた場所を目指す。

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