第3話 変身できない!
「しっかしよぉ〜……」
居酒屋が集まるその裏手側。光の届かない路地裏で、ボソボソと囁き声がする。
「まさかボスが捕まっちまうとはなぁ」
「何、気にするこたぁ無えよ」
酔っ払っているのか、呂律の回らない声が応えた。
「どうせ捕まっちまっても、”お菓子の国”に行って反省するだけで良いんだからよォ〜!」
「そうそう。こっちゃ魔界で地獄見て来てんだぜ?」
もう一つの声が闇の中で響いた。
「お菓子作りだってよ! ほっぺたにクリームでもつけりゃ、盗みも殺しも許されるんか? ギャハハ!」
「気楽なもんよ……こっちでやりたい放題やって、ヤバくなったらさっさと魔法少女にパクられりゃあ良いんだからなァ」
「悪いことしてもお咎めなしだなんて、悪人天国だねぇ〜この国は! 全く、魔法少女サマサマだぜ」
「いっそ、今度みんなで一緒に魔法少女に捕まって見るか。”反省してま〜す。僕らにもお菓子作りさせてくださ〜い!”ってなァ!」
どっ、と嗤い声が沸き起こる。
やがて上機嫌な声の集団が、のそりと月明かりの下に姿を現した。
その異形の姿!
緑色の肌。尖った嘴。赤く光る瞳。
橙色の
「変身!」
と叫んだ。
するとどうしたことだろうか。
彼らの体は、何処からともなく現れた包帯に包まれ、みるみるうちに形を変えて行った。
ある者はスーツ姿のサラリーマンに。またある者は制服姿の高校生に。幼稚園児に。警察官に。OLに。動画配信者に。彼らは人間に擬態し、社会に溶け込んでいたのだった。
「だけど……たかが小娘一人にやられてたんじゃ、流石に魔人の名折れじゃないか?」
警察官の制服を着た魔人が、ため息をついた。
「嗚呼。魔王様はカンカンだろうな。人間を震え上がらせてこその魔族だってのに。これじゃナメられっぱなしだ」
「早いとこその”スイート・リリィ”ってのを見つけ出さねえと、後々ウルセぇよ」
「だな……」
動画配信者が、瞳の奥を獰猛に赤く輝かせた、その時だった。
「よぉ」
不意に前方から、彼らに声をかける者がいた。ボサボサの金髪。刺々しい目つき。佐々木小夜子が、仁王立ちで、路地の出口で待ち構えていた。
「何だ?」
「誰だァ〜……テメェ?」
「魔法少女だ」
「魔法少女?」
魔人たちがざわついた。警察官姿の魔人が仲魔に目配せして、ゆっくりとした足取りで小夜子に近づいた。
「お嬢さん? 少し質問させてくれるかな? 家出かい? ダメじゃないか君みたいな可愛い女の子が、こんな夜中に出歩いてちゃ……」
「しらばっくれんな。テメーら魔人だろうが」
「魔人ってあの、今TVを騒がせてる奴? 僕らが?? まさかぁ」
警察魔人がにこやかに笑って、手錠をチラつかせた。
「ダメダメ、ダメだよぉ警察官を挑発しちゃあ。公務執行妨害で逮捕するよ? 君、名前は?」
制服姿の少女が目を逸らし、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「名前は……言えねえ」
「なんだって?」
「秘密だ。魔法少女だから」
「君、本気なのか」
警察魔人が呆れたように肩をすくめた。
「あのねえ、君、ちょっとTVの見過ぎなんじゃないの。魔法少女なんて、そんなポンポンいるわけないだろ。だいたい君が魔法少女なら……制服姿のままってのは可笑しいんじゃない? 魔法少女って、変身するもんだろ?」
「……変身は、まだできねえ」
「おいおい!」
嘲るような嗤いが、後ろで見ていた魔人たちの間で弾けた。
「参ったぜ! こいつ、変身も出来ねえのか」
「ちょっと……笑っちゃかわいそうよぉ」
「そう言うお前だって、顔ニヤケてるじゃんかよ」
「変身も出来ないって、魔力がないのかい? ダメじゃないかそんな、たかが一般人が危ない橋を渡って……もし、僕らが本当に、魔人だったら……」
小夜子に魔力がないと分かって、安心したのだろうか。言いながら、警察官はみるみるうちに『変身』を解いて行った。
「僕らが本当ニ、魔人だっタラァ……!!」
小夜子の見ている前で、男の体が、餅のようにぷくぷくと膨れ上がっていく。ビリビリと服が破け、その下から薄汚れた包帯が露わになる。あっという間に男は自動販売機ほどの大きさになった。
ミイラ男がワニのように大口を開け、小夜子を見下ろして叫んだ。
「僕ラが本当ニ魔人だっタラ! 君みたいな子カラ、食べラれチャうんだカラねェええエーッ!!」
ミイラ男は涎を撒き散らし、小夜子を飲み込まんと迫ってきた。小夜子はニヤリと嗤い、バッグの中に隠し持っていた肉切り包丁を振り切った。
「ガぁッ!?」
下から刃を叩き込む。顎が砕け散る音と、ミイラ男の悲鳴が交錯した。
小夜子に魔力はないが、無力ではなかった。能力はなかったが、協力者もいたし、何より彼女は実に暴力的であった。
「オラァッ!!」
小夜子は、夜叉のように髪を振り乱し、鉄刃を相手の頭にめり込ませて行った。肉が、骨が、巨大な鉄の塊に粉砕されていく。哀れミイラ男の頭はぱっくりと左右に割れ、その天辺から噴水のように中身が飛び散った。
「ぎゃああッ!!」
「て、テメェッ!? なんのつもりだ!?」
鮮血が夜空に飛沫いた。仲魔の魔人たちが騒めく。制服を赤く染めながら、小夜子はジッパーを開け、バッグから新しい肉切り包丁を取り出した。それから頬にこびり付いたミイラ男の脳髄を拭い、乱暴にバッグの中に仕舞う。
「ひ……!?」
OL魔人がふと、中を見て、悲鳴をあげた。
それは、生首だった。
魔人の生首。バッグの中には、ここに来るまでに出会った魔人の手首やら尻尾やら、小夜子の戦利品が転がっていた。小夜子は、次々に『変身』していく魔人たちを睨み、ペロリと舌なめずりした。
「お菓子作りだ!!」
「クソガキがァァッ!!」
「反省しやがれぇッ!! テメエらが喰われる側になってなぁァアアッ!!!」
月明かりの下。人気のない路地裏で。
魔人たちの怒号と、小夜子の嬌声が響き渡る。
現場に警察が駆けつけた時には、すでに料理は終わった後だった。
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