第8話 運動
昨日から昏上逢は運動を行っていた。
これは、旧壱新多の命令であり、運動をする事で、ステータス能力の向上を目指している。
昨日は短距離走用のメニューを行われた。
五十メートルダッシュ五本、百メートル走三本。
これを行った後で、旧壱新多は彼女のステータスを確認して頷く。
「調子が良いね」
そして、今回も短距離用のメニューを行う。
ランニング服に変わる昏上逢は、柔軟を行っている。
「(先日は敏捷に2ポイント付加されたからな…運動メニューでは調子が良いと最大3ポイントのステータス向上が期待出来る)」
長時間の労働でたったの3ポイント。
それが最大値であり、最低1ポイントしか入らない事もある。
だがそれで良い。
毎日続ければ、最低でも30ポイントは付加出来る。
モンスターとの戦闘が出来ない以上は、些細な事でも良いからステータス向上を目指す他無かった。
「じゃあ、昨日と同じ様に運動を…」
旧壱新多はそう言った所で、ポケットを確認する。
自らのスマートフォンが振動していた。
それは電話だった。
旧壱新多は画面に表示される名前を確認する。
「…」
電話に出る事無く、旧壱新多は昏上逢の元へと近づく。
「三時間程空けるから、トレーニングを頑張ってね…あ、イベントが来たら連絡して?スマホ持ってる?」
「え?…あ、はい」
スマホを取り出す昏上逢と連絡先を交換すると、旧壱新多はスマホをしまう。
「あの…何か用事ですか?」
昏上逢が聞いて来る。
旧壱新多はどう答えるか悩んだ。
ポケットから煙草を取り出してそれを銜える。
そして言葉を選ぶ。
「俺、伝えて無かったと思うけど、シーカーなんだ。個人的な集まりがあってね。顔を出せと言われたよ。何とか、三時間で抜けれる様にするから、ごめんね?」
彼女の自分の情報を与える。
口元に煙草を銜えながら、手を振ってその場を後にする。
真実と虚実を混ぜた話は、なんとなく昏上逢に納得感を与えた。
「(一週間ほど留守にするって言ったのに、三日目で連絡か…まったく、我が儘な姫様だ)」
旧壱新多はそう思いながら再び携帯電話を使って連絡を入れようとする。
通行人の四十代程の女性が、買い物のバックを腕にこさえながら、睨みつけて来る。
「…?」
そして、自分の口元に煙草を銜えている事を思い出す。
火を点けてはいないが、歩き煙草に該当するだろう。
口から煙草を離して、軽く会釈をすると、旧壱新多はその煙草を自らのポケットにしまう。
「さて、と」
再び携帯電話を使い、連絡を入れる事にする。
電話の相手が、通話状態となる。
『連絡が遅い、何してんのよ!』
女性の声が響き出した。
旧壱新多は歩き出す。
向かう先は喫茶店だった。
彼女の方から指定された為だった。
喫茶店に入る。
テーブル席の角に、一際目立つ少女が見える。
オレンジジュースをストローで飲んでいる彼女。
まだ此方には気が付いていない様子だ。
「いらっしゃいませ」
店員さんが話し掛けて来る。
旧壱新多は他人行儀の笑顔を浮かばせる。
「すいません…人を待たせていて」
「はい、ご一緒で」
店員が頷いた。
旧壱新多は続けて言う。
「遅れて来たので怒ってて…彼女にパフェを用意してもらって良いですか?」
「あぁ…はい、大丈夫ですよ。何にします?」
「チョコレートで…ありがとうございます」
頭を下げて、旧壱新多は席に向かう。
二メートル付近まで近づくと、彼女は此方に気が付いた。
「…あ、遅いッ」
外を眺めていた少女が此方に気が付いた。
旧壱新多は手を挙げて彼女に挨拶をする。
「悪いね、
そう言って席に座り込む。
黒髪にピンクのラインが入った少女。
衣服は量産型が着込みそうな衣服。
メイクも地雷系に近い。
旧壱新多が契約した魔法少女の一人だった。
「三日も連絡を寄越さないで、何してたの?」
不機嫌そうな表情を見せる聖五月花に、旧壱新多は口を濁す。
「ちょっとね…と言うか、一週間は会えないって事前に伝えただろ?」
「はあ?会わないと連絡しないは意味が違うんだけど」
オレンジジュースを飲みながら、聖五月花は言う。
店員が持って来る水と、旧壱新多に注文を伺う。
「珈琲で、ミルクは無しで…」
喫茶店のテーブルに置かれた砂糖入れの中身を確認する。
角砂糖は少なかった。
「それと、角砂糖もお願いします」
了承した店員の背中を見ながら、旧壱新多は水で唇を潤す。
「話、聞いてる?」
「あぁ…聞いてるよ」
旧壱新多は彼女を見詰めながらポケットから煙草を取り出した。
それを口に銜えて、火を点けずに彼女と会話をする。
「心配してくれたんだな…悪かったよ」
何時も通りの、甘い台詞を囁く。
それを聞いた聖五月花は白々しい目線を向ける。
「ここ、禁煙だけど?」
そう指摘されて、旧壱新多は惚けた。
「あぁ、そうだっけ?…ははッ」
口元から煙草を離してポケットに入れた。
「…心配したに決まってるでしょ?」
不機嫌そうに、聖五月花が呟いた。
甘い台詞に、彼女は酔っているらしい。
「ごめんな」
旧壱新多は目を細めて軽く詫びる。
「許す筈無いでしょ…おしおきモノよ」
「じゃあ…今日、ここの支払いは俺がするよ」
勝手にそう決めつける聖五月花。
メニュー表を開いて、何を頼むか決める。
「じゃあ、パフェにするわ、このチョコレートの奴」
そう言って店員さんを呼ぼうとした時。
事前に注文しておいたチョコレートパフェがやって来る。
「そう言うと思ったから、事前に頼んでおいた、本当にごめんな?」
目の前に置かれたパフェと旧壱新多を、交互に見比べる。
不満そうだが、スプーンを手に取って彼女は小さく呟いた。
「…私の好きなもの、覚えてたんだ」
少し嬉しそうに、口元を緩ませた。
「(まあ、それくらいはね)」
心の内で、旧壱新多は呟くのだった。
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