第7話 医者
屋上へと向かう旧壱新多。
唯一の喫煙スペースで煙草を口に銜える。
だが、火を点ける事なく、彼はベンチに座り空を眺めた。
「(二日目…次はどんなイベントが起こるかな…)」
そんな事を考える旧壱新多。
彼のスキルは一日一回、対象者に対するイベントが発生する様になっている。
「(ダンジョン内部だったら、ある程度のイベントは予測出来るけど…外部だとどんなイベントが来るかは未知数だ…なるべく嬉しいイベントが来ると良いけど)」
そんな事を考えながら、本日の訓練はどうしようかとメニューを決めあぐねる。
そんな時だった。屋上の扉を開いて入って来るシルバーバレットの姿があった。
「旧壱さんッ!あの、助けて下さい!!」
息を切らしながら登って来るシルバーバレット。
旧壱新多は銜える煙草を灰皿に入れて立ち上がる。
「何かあったの?」
そう聞くが、彼の内心では既にイベントが発生していると確信していた。
「あの、変なお医者さんが!!」
屋上へと顔を出す、顔面を包帯で巻いた白衣を血で染め上げる医者がやって来る。
「ふーふふ…何処に行くと言うのかね?」
紳士口調で喋る医者。
その両手にはメスが握られていた。
「(あー…『
旧壱新多は立ち上がり、改造医師を見る。
彼は口元に手を添えて表情を隠した。
「(参ったな…)」
彼の掌の奥には困惑の表情が浮かんでいた。
今回のイベントで登場してくる『改造医師』は、ジョーカー的立ち位置をしている。
上手く使えば最強にもなるが、使い方を間違えれば最弱にもなる。
「(『改造医師』は『スキル付加』『ステータス強化』『経験値上昇』のバフ系の効果を与える反面、『スキル剥奪』『ステータス低下』『レベル低下』のデバフ、『ステータス変動』も俺にとってはデバフだな…二分の一を引ければ強いが…それ以外だと最悪だ)」
運が絡んでいる状況。
旧壱新多は運と言う要素を嫌う。
「(しかし…一度起きたイベントは無かった事には出来ない…仕方が無い、どれを引いても良い様に、計画の変更、プランの複数用意をしておくか…)」
幸いなのは、ある程度の効果が予測出来ると言う点だった。
予測できる以上は、其処から巻き返す事も出来る。
覚悟を決めて、旧壱新多はシルバーバレットに言う。
「大丈夫、見た目はアレだけど。イベントだ。悪いけど、相手をしてあげてくれ」
「え?…はい、旧壱さんが、そう言うのなら」
彼の言葉に従順な彼女は、自らの体を『改造医師』に預ける。
「(吉と出るか凶と出るか…)」
旧壱新多は結果を待ち詫びる。
「それでは始めようか、今世紀最大の医療技術とやらを!」
「とやらってなんですか?私別に、怪我をしているワケでは…」
改造医師が指を鳴らす。
大空が見える空は暗転。
一瞬で闇が周囲を覆い、ぱちりと照明が灯る。
すると、シルバーバレットは縛られていた。
手術台の上に、ベルトで無理矢理固定される。
そして改造医師の背中から機械が出現。
機械は、精密細微な部分に対応しているのか、ピンセットやドリルなどが装着された、蜘蛛の足の様な機械であった。
「むッ、これは酷いでは無いか!こんな大怪我をしている人間を相手にするのは初めてだ!!ふははッ!!腕が鳴ると言うもの!!」
ギュィィイインと、手術には関係なさそうなドリルやレーザーが動きだし、大きな音を立てながら、改造医師がシルバーバレットの手術を開始する。
「(…?!)」
驚いたのは旧壱新多だ。
手術が開始されると共に、彼女の魔法少女状態が解かれてしまった。
魔法少女状態だと元の肉体は睡眠状態となり、魔力によって負傷した部分を治す機能を持つ。
シルバーバレット…昏上逢の体は瀕死だった。魔法少女状態を解いてしまえば、最悪死ぬ可能性もある。
「(不味いな…まさか魔法少女形態が解除されるなんて…何故だ?魔法少女状態でも、通常の生身の状態でも、どちらでも手術は行っていた。なのに、彼女だけ魔法少女の状態を解いて手術するなんて…)」
自分の経験では分からない事態に、冷や汗が滴る。
このまま、昏上逢の手術を見守っている。
時間が過ぎて、機械音が次第に小さくなる。
包帯を巻いた医者は、額を拭う仕草をしながら一息吐いた。
「危なかった…私独自のアニマル手術法を使わなければ死んでいた…しかし、流石私…また一人、患者を救ってしまった…」
手術台に縛られていた昏上逢のベルトが外される。
人間体である昏上逢は、ゆっくりと体を起き上がらせると、両手を確認して、腹部も確認する。
「…治ってる」
昏上逢の瀕死の肉体は、手術によって傷一つ残らない無傷となっていた。
「(まさか…)」
手術は成功した。それに加えて、彼女の肉体も元に戻っている。
改造医師は、負傷している人間の肉体を治す機能も持っているのかと、旧壱新多は想定した。
「(ステータスは…)」
『シルバーバレット』 LV.07
『職業』
/銃使いの魔法少女
『スキル』
/『
ランク:E
分類:予知系
説明:結末までの秒数を認識出来る
/『
ランク:D
分類:操作系
説明:銃器から射出した弾丸の軌道を操作する。
『魔装杖』
/『バレルブレイズ・ロッククシューター』
銃火器の魔装杖。
ライフルの様に長いロングバレルが特徴的。
「(これは凄い…全ステータスが10も上がっている…)」
破格のステータス上昇に、旧壱新多は想像以上の誤算だと思った。
「(そうか…改造医師は肉体の負傷具合に応じてステータスと肉体を回復させるのか…この情報だけでも、かなり大きいな)」
不敵に笑う旧壱新多。
しかし、改造医師が行った手術はそれだけではなかったが。
今は知る由も無かった。
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