第5話 信頼
シルバーバレットは、固く口を結んだ。
今にでも瀕死な旧壱新多を見て、彼女は自分が情けないと思った。
自分が生きていられるのは、旧壱新多のお蔭だ。
彼がシルバーバレットと契約しなければ、彼女は車両に潰されて死んでいた。
命の恩人は、自らの生命エネルギーを消耗してでも彼女を助けようとしている。
生命エネルギーは一日を活動する上で必要な燃料。
それが空になれば、旧壱新多は死んでしまう。
救ってくれた人間を、このまま見殺しにする最悪な女になるつもりか。
彼女は自らを叱咤した。
このダンジョンを抜ける方法は一つだけある。
それは、ダンジョンボスを倒して、穴を広げる事。
ダンジョンボスを倒すと、エネルギーが放出し、次元に穴を空けて現実世界と繋げるのだ。
それを利用すれば、このダンジョンから出る事も可能だろう。
「…待ってて下さい」
シルバーバレットは覚悟を決めた。
どうせ、彼が死ねば、彼女も死んでしまう。
ならば、彼を救う為にダンジョンボスを倒す。
「私が、倒してきますから」
命を懸ける決心をした彼女は、鋼の扉に手を掛けて開く。
ボスの間へと移動する彼女は、勇敢にもこの迷宮の主と対峙する。
「…」
床に転がる煙草を拾う。
それを口に銜えて、軽く舌先で転がすと、ポケットからライターを取り出して火を点す。
大きく有害なガスを吸い込むと、気持ち良さそうに紫煙を吐き出した。
「…はぁ」
指を振るい、ステータス画面を開く。
旧壱新多は、口元を歪ませながらステータス画面を確認していた。
そのステータス画面は、シルバーバレットではない。
旧壱新多のステータス画面だった。
「…ははッ」
彼は笑う。
自分のステータス画面は、なんとも特化していた。
『
『職業』契約者
『スキル』
/『
分類:契約系
説明:対象と契約を交わし魔法少女にする。
彼は、膨大な魔力を所持している。
この魔力の量は、複数の魔法少女と契約し、一か月は魔法少女の肉体を維持出来る程の魔力の量だった。
当然、旧壱新多がひと一人、重傷を負った少女の治癒を合わせたとしても微々たる消耗に過ぎない。
彼の瀕死は、演技だった。
「(優しい子で良かったよ…俺の演技に騙されず、自主的にダンジョンボスを退治しに行ったって事は、…俺に恩義を感じている、これは利用出来る事だ)」
指に煙草を挟みながら、歪んだ笑みを浮かび続ける旧壱新多。
「(彼女はきっと勝つ…これはもう一か八かの賭けじゃない…戦う事を躊躇しない限りは、死力を尽くしてでもダンジョンボスを倒すだろう)」
煙草を銜えながら真上を見上げる。
「(信じてるよ…キミが、ボスを倒してくれる事を)」
十分後。
旧壱新多はシルバーバレットのステータス画面を確認して、レベルアップした事を知る。
それはつまり、ダンジョンボスを倒したと言う事だった。
ボスの間へと、旧壱新多が広間へと入っていく。
瀕死の演技をしているので、足を引き摺り、腹部を抑えながら、広間に入る。
彼女は、銃器を振り下ろして、ダンジョンボスを叩き潰していた。
既に、ダンジョンボスは死亡している。あれは、ミノタウロスだろうか。
全身が穴だらけになりながらも、それでも念入りに頭部を潰していた。
「…旧壱さん、駄目、ですよ。動いたら」
シルバーバレットは、旧壱新多に気が付く。
ボスの返り血を浴びた彼女は、黒い液体に塗れていた。
旧壱新多が彼女の方に小走りで走り出す。
そして、体力が無いと思わせる為に、足をもつれて倒れそうになる。
魔装杖を捨てて、シルバーバレットは、旧壱新多を抱き留める。
「大丈夫、ですか」
彼の肩を抱くシルバーバレット。
旧壱新多は目を開きながら、彼女の肩を強く掴んで、舐め回す様に見る。
「怪我は…痛い所はッ?」
真剣な表情を見る旧壱新多。
シルバーバレットは自分の心配をする彼に少しだけ驚いている。
「だ、大丈夫、です…私よりも、旧壱さんの方が」
「勝手な行動をするなッ」
怒りを宿した声を漏らす。
シルバーバレットは、怒られていると知り、身を竦めた。
「俺の命を犠牲にすれば良かったんだよ…キミが傷つく事なんて無かったんだッ…なのに、俺なんかの為に、一人で向かうなんて…危ないだろッ!!」
「で、ですが」
反論しようとするシルバーバレット。
けれど、彼女の口を塞ぐ様に、旧壱新多は彼女を強く抱き締めた。
「え、あっ?」
「無事で良かった…俺が救った命が、生きていて良かった…あぁ、クソ…けど、心配させないでくれ…頼むよ…本当に…」
心の底から安堵の声を漏らす。
彼女は、自らの返り血で旧壱新多の衣服が汚れるのを申し訳なく思いながら。
「(この人は…こんなにも、私の事を、心配してくれるんだ…)」
恐らくは初めての感情だろう。
誰よりも自分を優先して考えてくれる人間が、この世界に居る事実。
その抱擁が、自らの心も抱き締めている様な気がして、涙が出そうになる。
「ごめんなさい…旧壱さん…勝手な、行動をしてしまって…」
許して欲しいと、彼女は思った。
「…許すも何も、俺は、キミに命を救われたんだ…ありがとう」
感謝の言葉を伝えて、少しだけ、抱き締める力が強くなる。
シルバーバレットも、手を回して、旧壱新多を抱き締めた。
「(本当に…ありがとう)」
旧壱新多は内心でも感謝の言葉を思い浮かべる。
「(優しい言葉は…この状況だと良く効くだろう?…このまま、俺に依存しててくれ。そうしたら…甘い夢を見せてあげるよ)」
薄く、旧壱新多は口元を引いた。
笑みを作る彼は、シルバーバレットの頭を撫でた。
嫌がらず、彼の行動を受け入れるシルバーバレット。
「(俺が作った人工甘味料で良ければね)」
シルバーバレットは、旧壱新多に妄信するだろう。
そう確信して、旧壱新多は微笑んだ。
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