第4話 好機

広間は、青色の水で満ちた浅瀬だった。

水の中で魚が泳いでいて、その魚は光を放っている。


「『進海魚』のイベントか、かなり美味しいな」


旧壱新多は革靴を脱いで浅瀬に入り出す。


「あの、旧壱さん?」


シルバーバレットは困惑していた。

ダンジョンで生成される代物は未知数だ。

広間に張られた水が、毒である可能性もある。


「大丈夫、これ、俺のスキルによる影響だから」


旧壱新多はそう言いながらじゃぶじゃぶと水を掻き分けながら魚を捕まえる。

魚は、旧壱新多が水の中に入っても逃げる様子はなく、それどころか、捕まるのを待っている様子だった。


「さあ、捕まえるのを手伝ってくれ、捕まえた魚は中心の穴に入れるんだ」


言いながら、旧壱新多は魚を手掴みで捕まえていく。

シルバーバレットも、靴を脱ごうとしたが、脱ぎ方が分からないので、そのまま水に浸かる。


「捕まえて、どうするんですか?」


「この魚は『進海魚アップデートフッシュ』と言って、種類はステータスの項目に応じて色が違う、捕まえて中央の壺に入れると、一匹でステータスポイントが1上がるんだ。敏捷性を鍛えてるから、なるべく青色の鱗をした魚を捕まえてくれ」


両手に青色と赤色の魚を掴む旧壱新多は、広間の中央に空いた壺に魚を入れていく。

シルバーバレットも、とりあえずは旧壱新多の言葉を信じて魚を捕まえだす。

一匹、二匹と捕まえていき、しばらく手掴みで魚を捕えていたが、次第に魚も危機感を覚えて、逃げ出していく。

二十匹程捕まえた時には、魚は逃げ出していった。


「うーん…危険を察したか…、もう現れる事は無さそうだな…」


残念そうな表情を浮かべながら、旧壱新多は指を横に振ってシルバーバレットのステータス画面を確認する。


『シルバーバレット』 LV.03

攻撃アタック/E(05)→D(10)

防御ブロック/E(05)→E(06)

敏捷クイック/E(08)→D(17)

器量スペック/E(05)

魔力マジック/E(05)→D(11)


ステータスを確認した旧壱新多は微かに笑みを噛み締める。


「上々な上がり方だ…もしかしたら総合ステSを狙えるかも知れないな…」


そんな事を言いながら、旧壱新多は靴を持って、反対方面に移動する。


「…なんだか、分かりませんが、私、強くなったんですか?」


シルバーバレットは眉を顰めて怪訝そうな表情をしている。


「しかし…都合良く、進化を促す魚がいるなんて…」


「滅多に、と言うか、普通の人には現れないよ」


浅瀬から出る旧壱新多は、自らの足の水気を払う。


「『魔女の契約書ウィッチメイカー』の効果で、一日に一回、イベントが発生する様になっているんだ…これがそのイベントだよ」


「これが…ですか?…他にもあるんですか?」


シルバーバレットが不思議そうに聞いて来る。

旧壱新多は彼女の質問に首肯して答えた。


「あるよ、スキルカードがもらえたり、魔装杖の強化イベント…逆にステータスが下がったりする事もあるから、便利とも言えないけどね、けど。このイベントは当たりの部類だよ」


少し水気の残る足で靴下を履いて、無理矢理革靴を履く。

そして立ち上がる旧壱新多は洞窟の奥を見据える。


「さあ、進もうか」


出口を目指して歩き出す旧壱新多たちだったが。


暫く歩いて、重苦しい鋼色の扉が目の前に聳える。

明らかに、それはダンジョンボスに続く扉だった。


「あの…旧壱さん」


表情を暗くしながら、シルバーバレットは心配そうな表情を浮かべて旧壱新多を見る。

彼を口元を手で抑えて考え事をしていた。


「あの…」


「…今のステータスで戦えるか…?このダンジョンに生息するモンスターを見るに…レベルはあまり高くはない…ダンジョンボスのレベルも精々10か15くらいか…彼女のステータスならギリギリ戦闘として成り得るか…」


段々とシルバーバレットは蒼褪めていく。

ダンジョンボスと言う存在は、他のモンスターとは非にならないと聞いている。

もしかすれば、旧壱新多は突き進む可能性があった。

彼は、大人だから、いざとなれば覚悟は出来るだろう。

だけど、シルバーバレットにはまだ覚悟が足りていない。


「あのッ…私、わた、し…」


声を荒げて、しかし、最後まで言わない。

旧壱新多は彼女の方を見て、笑った。


「あぁ…大丈夫、流石にダンジョンボスと、戦わせるワケには行かないよ…一か八かの賭けに興じる程、命を軽んじるつもりも無いし…」


煙草を銜えたまま、彼は笑って頭を撫でる。

大きくて少し皮膚の厚い掌が、彼女の頭を振り乱す。


「多分、ボスの前だから、モンスターも居ない、此処で救助を待とう」


「…はいっ」


旧壱新多は腰を降ろした。

シルバーバレットも、同じように腰を降ろして一息吐く。


「救助って、何時来るんでしょうか?」


「どうだろうね…迷宮の規模によって時間は変わるものだから…大規模級のダンジョンじゃない事でも祈っておこうか…」


そう言いながら、二人は黙る。

数時間と時間が経過する。

それでも、未だ、救助の気配はなかった。


「はぁ…はぁ…」


荒い息を漏らす旧壱新多の声に、眠り掛けていたシルバーバレットは目を開く。


「あの…大丈夫ですか?」


旧壱新多は顔を上げて、時計を見た。

彼の腕時計は、デジタル時計だが、耐久性に優れた代物だ。

滅多に壊れる事は無いので、ダンジョンに迷った時に便利になる。


「…少し、魔力回復が出来れば良かったんだけどね…はは」


「どういう事ですか?」


彼女は聞く。

旧壱新多は苦笑いの表情を浮かべる。


「脱出するまで言わないつもりだったけど…俺の『魔女の契約書』は、俺自身にもデメリットがあってね…魔法少女になっている間は、俺の魔力が消耗されるんだ」


その事実を受けて、シルバーバレットは目を開く。


「それって…じゃあ、私が解除すれば…」


「それは駄目だ…その体は俺の魔力で作られた仮のもの。もしも変身を解除したら…重傷状態に戻る」


そう言われて、彼女はハっとした。

だから、体が無いと思える程に軽かったのだ。


「まあ…変身中は、元の体の方は俺の魔力によって回復してるから…数日はそのままでいたら、傷も回復して、命の危機から脱するよ…それまで、俺の魔力が持ったらと思ったんだけど…」


座っていた旧壱新多は横たわる。

シルバーバレットは、旧壱新多に近づいた。


「はは…救助か、脱出口を見つけるか、賭けてたけど…失敗だったみたいだ…まあ、安心してよ、魔力が切れても…俺の寿命で賄うから」


「寿命って、生命エネルギーですか?駄目ですよ、そんな事したら、衰弱死します」


慌てながら旧壱新多に言う。

苦笑いを浮かべ続けながら、煙草を銜える。


「いいさ…女の子一人、命を繋いで死んだほうが、格好がつくからね」


口に銜えた煙草は、そのまま、口の力では食む事すら難しく、地面に落とす。


「…最期に煙草、一本くらい吸えたら良かったんだけど…」


締まらない笑みを浮かべて、旧壱新多は儚く笑った。











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