二十七、ヤマト到着①―決戦前、嵐の予兆!さらにヤマトで再会した“ある者”とは!!―

「おおッ、ミナカタよッ!」


 オオクニヌシはスサノオに伴われて屋敷の中に入ってきたミナカタを見つけると、急いで駆け寄ってくる。


「よくぞ無事でいたものだッ!」

「う、…うん…」


 オオクニヌシはミナカタの両肩をつかみながら喜びを爆発させる。

 それに対してミナカタは仏頂面のまま応じる。


「僕もいるよッ!」


 スクナビコナはミナカタの腰の帯と服に挟まったままの状態で、両手を上げて大声で叫ぶ。


「おおッ、まさかお前までいるとはなあッ!」

「ハハッ、まあ色々あって」


 オオクニヌシとスクナビコナは笑顔で再会を喜び合う。


「それにしてもなんでお前がここに?…まあいいか、その辺の事情はこのあとみんなで話せばいい」

「うん!」

「みんなお前たちを心配してたんだぞ。さあ、こっちだ、みんなに顔を見せてやれ」

「わかった!」


 こうしてオオクニヌシはスサノオたちをイワレビコたちのもとへと案内するのだった。



「おおっ、ご無事でしたか!」


 イワレビコは近づいてくるミナカタの姿を見つけると心底安心した様子で声をかける。


「ご心配をおかけして申し訳ない」


 ミナカタはイワレビコの前まで来ると、頭を下げて神妙に謝罪する。


「いやいや、謝るようなことでは…。あなたはやむを得ない事情でこうなったのでしょう?」

「ええ、無論です」

「でしたら頭を上げてください」


 イワレビコの温かい言葉を聞いたミナカタは頭を上げる。


「今後も至らない私を支えていただきたい」

「…ええ、それはもう…」


 イワレビコの言葉を聞いたミナカタは若干戸惑った様子で答える。

 その両目はうっすらと涙に潤んでいる。


「あなたのことも心配しておりました」


 イワレビコはミナカタの少し後ろにいたウズメにも声をかける。


「私もずいぶんとご心配を…」


 ウズメもイワレビコの前に進み出て頭を下げる。


「…さあ、積もる話も色々あるでしょうが、とりあえず今の状況を整理したいものだ」


 スサノオは適当な時機を見計らって両者の間に割って入る。


「ええ、そうしましょう」


 スサノオの提案にイワレビコたちもうなずくのだった。



「…ふーむ…」


 スサノオはミナカタの話を聞き終えたあと、まず大きくうなり、その後に深く考え込んでいるような表情をする。

 スサノオはミナカタがした自分の身の上に起こった話を、腕を組みながら終始興味深そうに聞いていた。


「…貴様らはヒルコに捕まってよく無事でいられたものよのう…」


 今はイワレビコ以下主だった者たちが屋敷の中に集まり、床に座ったまま話し合っている最中である。

 まずはスサノオが土蜘蛛を退治するまでの一連の流れを整理して説明した。

 なお土蜘蛛を倒したあと、集落の中からは全ての住人がこつ然と消えてしまっていた。

 どうやら退治した巨大な土蜘蛛はこの村の全ての者が合体した化け物だったらしい。

 ならば土蜘蛛があれほど巨大で強い力を持っていたのも納得できるというものである。


 そのあとミナカタが鬼たちにさらわれたことや、そのあとスクナビコナを置いてヒルコたちが逃げ出したことなどを話した。


「…まあ、それも確かに気になることではあるのだが…」

「何かほかに気づかれたことでもあるのですか?」


 イワレビコがスサノオに尋ねる。


「うむ、…まさかこのようなところにまでヒルコが現れようとはな…」

「それが何か?」

「あのような化け物に襲われたことといい、これは我らが相当にヤマトに近づいている証拠と見ていいのではないか?」

「なるほど、我らがヤマトに近づいているがゆえにヒルコやヒルコの息のかかった者どもが現れた。理にかなっていると思います」


 オオクニヌシはスサノオの言葉に納得の表情を見せながら言う。


「正確な位置関係はわからぬとはいえ、もはやヤマトは目と鼻の先とみていいだろう」

「ではこれまで通りヤタガラスの後をついていけば…」

「うむ、おそらくここ数日の間にはヤマトにたどり着けるのではないか」


 スサノオの言葉を聞き、その場にいた者たちは異口同音に歓声を上げる。


「ただ今日はもうすでに夕刻になってしまっている。今晩はここにとどまり、明日の夜明けと共に出発ということでいいのではないか?」

「はい、でしたらそのようにしましょう!」


 スサノオの提案にイワレビコは笑顔で同意するのだった。



「…ここがヤマト…」


 イワレビコは感慨深そうな面持ちで眼下に広がる風景を見る。

 その右肩にはヤタガラスが止まっている。


 土蜘蛛を倒した村を出立してから数日間、イワレビコたちは脇目も振らずにヤタガラスの導きに従って、ただひたすらうっそうとした森の木々の中を突き進んだ。

 そこには土蜘蛛に足止めを食ったことによる遅れを取り戻したいという思いがあった。

 またスサノオが言ったように、もうすぐヤマトにたどり着けるなら少しでも早く近づきたいという思いもあった。

 そしてとうとうあれほど続いた広大な森を抜けるときがやって来た。

 ついに思いは現実のものとなったのである。


「…ふむ、うわさには聞いていたがなかなかの土地だな…」


 スサノオも早朝の日の光に輝く、ヤマト盆地の平野の土地のすばらしさを絶賛する。

 昨晩は森を抜けた直後にすでに薄暗くなっていたため、すぐに野営した。

 そうして今朝は夜明けと共に皆が起床した。

 ゆえにヤマトの風景を眺めるのは全員これが初めてのことである。


「…ついでにこの天候も我々を歓迎しているということでしょうか?」


 スサノオのかたわらにいるオオクニヌシが指摘したように、本日は雲ひとつない空が天空に広がっている。

 周囲にいる者たちも皆、目の前に広がる光景のあまりの美しさに感激して異口同音に歓声を上げている。


「ようやくここまで来られましたか」

「おお、あなたはッ!」


 目の前に現れた者の姿を見てイワレビコは驚く。


「ヤマトのこと、調べはついているのか?」


 スサノオは目の前の者、サルタヒコに尋ねる。


「はい、できる限りのことは調べました。ただ…」

「僕ならここにいるよっ!」


 サルタヒコは突然のことに驚いて、声が発せられた方向を向く。


「おおっ、無事だったのか!」


 サルタヒコの言葉に、ミナカタの帯の間に挟まっているスクナビコナは笑顔で両方の拳を上げて答える。


「しかしなぜイワレビコ殿たちと行動を共にしているのだ?」

「…ええと、…それはその…」


 サルタヒコの質問にスクナビコナはモジモジしながらうつむいて下を向いてしまう。


「ああ、それはコイツがドジってヒルコのヤツに…」

「ちょっと、ミナカタだって…!」

「しょうがねえじゃねえか、本当のことなんだからな!」

「ハッハッハッ、いやいや…」


 突然始まったミナカタとスクナビコナの口げんかをサルタヒコは笑いながら止める。


「とにかく大丈夫そうだな。それならいいんだ。詳しい話はおいおい聞かせてもらうよ」


 サルタヒコは穏やかな調子で二人を諭すように言う。


「見ての通りスクナは無事だ。あとこちらとしては貴様に聞きたいことが色々とあるのだがな」


 しばらくサルタヒコたちのやり取りを見ていたスサノオがおもむろに割って入る。


「はい、それでしたらこれから…」


 サルタヒコはヤマトについて自分が知りえたことをイワレビコたちの前で話し始めるのだった。



「…うーむ、やはりニギハヤヒはヒルコに捕らわれていたか」

「はい、間違いないようです」


 スサノオは腕組みをしながらうなる。

 すでにニギハヤヒがヤマトで一番大きな宮殿に捕らわれているらしいことはミナカタやスクナビコナらから聞いていた。

 そしてサルタヒコもまた同じ情報をもたらした。

 サルタヒコはスクナビコナが捕らわれて以降も、以前からスクナビコナが得ていた情報なども参考にして、単独でヤマトの内情を調査していたのだ。

 サルタヒコは赤ら顔で鼻が長いという独特の風貌をしていたので鬼に化けることで怪しまれずに調査することができたらしい。

 このことを初めて聞かされたときにはその場にいた一同驚愕した。

 またサルタヒコによればニギハヤヒは以前イワレビコたちと戦う直前に演説をして以降、人前に姿を現したことが一度もないという。

 そのため、今ではヤマトの一般の民衆の間でもニギハヤヒが宮殿に閉じこもったまま全く出てこないことを怪しんで、様々な噂が飛び交っているという。


 他にもサルタヒコはヤマトの内情についても色々話した。

 今のヤマトは主にヒルコをはじめとする鬼たち、トミビコをはじめとするもとからヤマトに住んでいた人間たち、ニギハヤヒをはじめとする高天原からやって来た者たち、がいること。

 これらの勢力はそれぞれに派閥のようなものを形成しており、お互いに仲が良くないこと。

 ヤマトの中には現在計数千名程度の者が暮らしており、その中で戦える者だけでも千名以上いること。


「千以上か…」

「多いですね…」


 ミナカタとイワレビコがそれぞれ感想を漏らす。


「我らは多く見積もってもせいぜい数百といったところ…」


 さらにオオクニヌシが腕組みしながら漏らす。


「…数の上では明らかに我らが不利、か…」


 スサノオは相変わらず腕を組んだままつぶやく。


「…ただ相手は必ずしも一枚岩ではない。このあたりに付け入る隙がありそうだな…」


 スサノオはそう言ったまま物思いにふける様子を見せる。

 他の者たちも同様にしばらくうつむいて考え込むようなしぐさをする。


「…おお、そう言えば…」


 突然サルタヒコが何かを思い出したようで口を開く。


「なんでしょう?」

「オモイカネ殿から伝言を預かってきました」

「オモイカネから?」


 サルタヒコの言葉を聞いてその場にいた者たちは皆一様にざわつく。

 サルタヒコはヤマトのことを調査したあと、オモイカネと以前イワレビコたちが舟で上陸した海岸辺りで落ち合ったという。

 サルタヒコによればまだスクナビコナがヤマトにいるときに“きじ”を通してオモイカネからそこに来るよう“伝令”が来た。

 そしてヤマトの調査を終えたあとそこに向かったのだという。


「非常に重要な話を聞いてきました」


 そう言うと、サルタヒコはオモイカネからの言づてをイワレビコたちに伝えるのだった。

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