二十六、土蜘蛛との戦い⑦―ウズメの突然の行動!そしてミナカタたちの帰還!!―

「…ウ、ウズメさん…?」


 しばらくしてようやくミナカタは意味のある言葉を喋ることができる。

 その顔は真っ赤に紅潮している。


「…怖かったの…」


 やっとミナカタの身体から離れたあと、ウズメはミナカタの目をじっと見ながら言う。


「…こ、…怖い?」


 ミナカタはウズメの言いたいことが分からず聞き返す。

 それに対してウズメは無言でうなずき、続ける。


「…昨夜あなたが屋敷から外に出て行ってしばらくあと、私はスサノオ様に申し出てあなたを探すために後を追って屋敷を出たの。しばらくの間村の周りを歩いていたら突然森の奥からものすごい光が…」

「…ものすごい光、…あっ、そう言えば…」


 ウズメの言葉を聞いてミナカタは自分がヒルコたちに捕まったときのことを思い出す。


「…あのときも確か勾玉が光っていた。当時は本当に焦っていたから気にする余裕もなかったけど…」


 ミナカタの言葉にウズメは再びうなずく。


「…そうよ。おかげで私はあなたのことに気づき、追いかけることができた。そしてそのままあなたが解放されたところまでついて行ったわ。すぐにでもあなたを助け出すつもりだった。でもね…」


 ウズメは相変わらずミナカタの目を真っすぐに見ながら話し続ける。

 その目の下あたりにはうっすらと光るものが。


「…でも?」


 ミナカタはウズメが見せる思いつめたような様子に戸惑いつつも、つぶやくように言う。


「…どうしても勇気が出なかったのよッ!だから近くの木の陰に隠れてじっとしてたのよッ!怖くて…」


「えっ…」


 ウズメの告白の内容に意表を突かれたミナカタは絶句する。


「…結局あのときはそのあとあなたの勾玉がもう一度光ったからそれをきっかけにあなたを助けに行くことができた。けどね…」


 ウズメはなおもミナカタのほうを見ながら続ける。

 その両目からは止めどなく涙があふれ出ている。


「…あんなに怖いと思ったことは生まれて初めてだったッ!最初の戦いで鬼と戦ったときもあんなに怖いとは思わなかったわッ!でもアイツの、ヒルコのまとう“恐怖”の空気はけた違いッ!あんなヤツと間近で向き合えば怖がるのは、混乱するのは当たり前ッ!」


 ウズメはミナカタに訴えるように話し続ける。


「…ウズメさん…」


 ミナカタもウズメの目を真っすぐに見返す。

 ウズメは本当に心から自分のことを思ってくれている。

 その目から、そしてほほを伝って止めどなく流れる涙から、ミナカタはそのことを強く感じる。


「…私思ってるの。怖いのはあなたや私だけじゃないわ。きっとイワレビコ様やスサノオ様だって…」

「エッ、スサノオ様が?」


 ミナカタはウズメの言葉に困惑する。

 スサノオがヒルコや鬼におびえる様子など全く想像できない。

 少なくともミナカタはそんなスサノオを一度も見たことはない。


「…フフッ、確かにスサノオ様はたとえヒルコを前にしてもおびえたりはしないかもね」


 ミナカタの表情を見て考えていることが分かったのか、ウズメはかすかにほほ笑む。

 だがすぐに真剣な面持ちに戻り、けどね…、と言って話を続ける。


「…イワレビコ様もスサノオ様も鬼たちを恐れる気持ちは持っているはずよ。ただそれを表に出さないだけ。少なくとも私はそう思ってるわ」

「…そうかな?」


 ミナカタは怪訝そうな表情を浮かべながら言う。

 確かにウズメの言うとおりかもしれないが、にわかには信じがたい。


「本当に大事なのは怖いって気持ちをなくすことじゃない。その気持ちと正面から向き合うことなのよ」

「…怖いって気持ちと向き合う…」


 ウズメはミナカタの言葉にうなずきながらさらに続ける。


「そう、そしてその恐怖心に立ち向かうのよ」


 そこまで言うと、ウズメは、もっとも私もまだ完全にはやれてるわけじゃないけどね、とこぼし笑顔をミナカタに向ける。

 それはミナカタの気持ちを不思議と和ませるような笑顔である。


「…でも…」


 ミナカタはうつむきながら蚊の鳴くような声でつぶやく。

 ウズメはそんなミナカタの顔を下からのぞき込むように見ながら、でも何、と言う。


「…正直いまだに自信が持てないんだ。自分は本当にみんなの役に立っているのかな、って…」


 ミナカタは相変わらず下を向きながらぼそぼそと話す。

 そんなミナカタの様子を見たウズメは、フフッ、と笑い声をこぼす。

 その声を聞いたミナカタは、エッ、と小さな驚きの声を上げて、思わず顔を上げてウズメのほうを見る。


「あなたに一つ質問いいかしら?」


 ウズメはいたずらっぽい笑顔を浮かべながらミナカタに尋ねる。


「エッ?…あ、…ああ、良いよ…」


 ウズメの意図が読めないミナカタは一瞬戸惑ったような顔をしたあと、了承する。


「なんで私はあなたを助けることができたんだと思う?」

「…エッ、…そ、それはもちろんウズメさんがここにいたからで…」


 相変わらずウズメは笑顔で、一方のミナカタは戸惑いながら互いにやり取りする。


「だったらなぜ私はここにいるのかしら?」

「…それは俺とスクナが…」

「ほらあ、そういうことじゃない!」


 突然ウズメは大きな声で叫ぶ。

 そのことでミナカタもここまでウズメが質問を自分に重ねてきた理由に気づく。


「…フフフッ、これで分かったでしょう?」


 ウズメは再びいたずらっぽい笑みを浮かべながらミナカタに言う。

 そんなウズメの様子にいまだにどぎまぎしたままのミナカタは無言でうなずく。


「私はあなたの助けがあったからこそ今ここにいる。確かに昨夜私はあなたを助けたけど、その私を以前にあなたは助けている。あなたは一方的に助けられてばかりいるわけじゃないわ」


 ウズメは再度真剣な表情に戻り、顔を近づけてミナカタの目をまっすぐに見る。

 そんなウズメにミナカタのほうも再び胸をドキドキさせながらうなずく。


「今は混乱もしているだろうし、分からないこともいっぱいあると思う。けどね―」


 ウズメはミナカタの目をそらすことなくジッと見続けながら語りかける。

 その目に吸い込まれるような感覚を覚えつつも、ミナカタもジッと話に耳を傾ける。


「―いずれあなたは必ずあなたなりの答えを見つけ出すわ。そのためにもまずはあなた自身を信じてあげて。あなたは自分が思っているよりもずっと強いわ。そして知恵も勇気もある。そのことにあなたはまだ気づいていないだけよ」


 ウズメの言うことにミナカタはただひたすら無言でうなずき続ける。

 ウズメの言葉には不思議な説得力があり、ミナカタは自然に受け入れてしまうのである。


「よしっ、話はこれで終わりッ!」


 ウズメは突然満面の笑みを浮かべて話を打ち切る。

 そしてミナカタから離れてすぐに背を向けてしまう。


「…えっ、…えっ…」


 そのいきなりの態度の変化にミナカタはあっけに取られる。


「さあ、早く帰る道を見つけましょう!みんな絶対に心配してるわよ」


 ウズメは一度後ろを振り返ってミナカタたちに告げると、前を向いてそのまま歩いて行こうとする。


「ハハッ、なんかよく分からないけどミナカタは元気なったみたいだね!よしっ、僕も行くぞーッ!」


 スクナビコナがミナカタにそう声をかけると、すぐにウズメの後を追いかけていく。


「…ハハハッ…」


 ミナカタは一人その場に立ち尽くしたまま苦笑する。

 ついさっきまでの混乱した気持ちが今は嘘のように落ち着いている。

 ウズメと話をしているうちにいつの間にか気持ちが穏やかになってしまったようだ。

 思えばウズメにはスサノオにも話しづらいようなことをも告白してしまった。

 これほど他の者たちの前で取り乱したことも弱みを見せたことも初めてのことである。

 でもおかげで自分でも驚くほど今は冷静になることができている。

 これもきっとウズメが自分の気持ちを正面から受け止めてくれたおかげだろう。


「…よし、俺も行くとするか…」


 そうつぶやくと、ミナカタもウズメたちの後を追う。

 こうして三人は連れ立ってイワレビコたちの元に帰る道を探し始めるのだった。



「ただいまー!」


 村の中でスサノオの姿を見つけたスクナビコナは大声で叫ぶ。


「なんとッ!」


 その声に気づいたスサノオは急いでスクナビコナたちのもとへと駆け寄ってくる。


「まさか貴様とこんな形で再会しようとはなあ」


 ミナカタの腰ひもと服の間に挟まっているスクナビコナの姿を確認したスサノオは驚きを隠せない。


「実は―」


 ミナカタのすぐ隣にいたウズメが全ての経緯をスサノオに説明する。


 三人は森の中で帰り道を探し始めたあと、まずは眠っていた地点の周辺を調べてみることにした。


 すると幸運なことに辺りに草が不自然に倒れていたり、木の皮が傷ついていたりしているのが見つかった。

 おそらく鬼たちがミナカタを拉致したときに途中で残した“痕跡”であろうと三人は推測した。

 そこでそういった痕跡を一つ一つ丁寧に探していった結果、なんとか村までたどり着けたとのことであった。


「…フム、それはずいぶんと苦労したようだな」


 スサノオは腕を組んでうなずきながらつぶやく。


「…ちょっと空を見てみよ」


 そう言うと、スサノオは太陽を見上げる。


「うわっ、もうあんなに…」


 ミナカタは太陽を見て驚く。

 太陽はかなり高い位置にまで昇っており、それはもう昼ごろであることを示している。


「僕たち必死で帰る道を探してたし、森の中じゃあ太陽がはっきり見えないからなあ…」


 スクナビコナもここに来るまでにあまりに長い時間がたってしまったことに驚嘆する。


「まあ、そういうことだ」


 スサノオはややぶっきらぼうな調子で答える。


「昨夜はこっちも色々あってな。しかも“あれ”を退治したあとは一日中貴様らを探しておったのだ。おかげでこのスサノオ、昨晩は一睡もしておらん」

「…そ、…それは、…ごめん…」


 スサノオの言葉を聞いたミナカタはばつが悪そうに謝る。


「フン、まあいい。とにかく貴様らが無事だったのは喜ぶべきことだ」

「うん」

「このスサノオもついさっきまで村の周辺で貴様らを探していて、今からイワレビコ殿たちのもとに帰るところだ。ちょうどいいからいっしょに帰ろう。話はそれからだ」

「わかった」


 こうしてスサノオたちは連れ立って村の屋敷へと向かっていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る