七柱記―それは神々と鬼たちとの戦い。書物では決して語られることのなかった日本の神話の裏面史である―【カクヨムコン8版】
二十三、土蜘蛛との戦い④―恐ろしく堅い“装甲”を持つ土蜘蛛!はたして倒す方法はあるのか!!―
二十三、土蜘蛛との戦い④―恐ろしく堅い“装甲”を持つ土蜘蛛!はたして倒す方法はあるのか!!―
「何ッ!」
スサノオはその想定外に結果に驚愕する。
スサノオの刀はおろか、タヂカラオの槍までもがガチン、という鈍い音を立てて土蜘蛛の固い皮膚に跳ね返されてしまったのである。
「何という硬さだッ!」
そのあまりの“硬度”にスサノオはいら立ちを込めて吐き捨てるように言う。
部屋の隅に追いつめられても天井に逃げ出さなかったのは諦めたのではなく、自分の体の頑丈さに自信があったからか。
(…いずれにせよ…)
こちらの武器が通用しないとなれば作戦を変更せざるを得ない。
はたしていい手があるのか?
スサノオが土蜘蛛を倒す手段について思いをめぐらしていたそのときである。
「グオオオオオーッ!」
「なッ!」
突然土蜘蛛が叫び声を上げながら、部屋の中央に向かって走り始める。
スサノオは慌ててイワレビコたちのいる位置を確認する。
(……?)
スサノオは困惑する。
土蜘蛛の向かった方向はイワレビコたちのいる場所とは全く異なっている。
イワレビコを狙うわけではないとすれば、土蜘蛛の狙いは一体何なのか?
「…まさか!」
土蜘蛛の“暴走”の意味を考えていたスサノオにある“結論”が頭をよぎる。
(コイツ、無差別に人間を“虐殺”するつもりではないかッ!)
この考えが頭に思いついたとき、スサノオは顔面が
今すぐ土蜘蛛を止めなくては。
しかしどうやって?
そのときである。
スサノオの視線の先をビュン、という鋭い音と共に槍が一瞬で駆け抜ける。
何ッ、とスサノオが思った刹那、槍は土蜘蛛の“暴走”を妨げるように、土蜘蛛の目の前の床に鋭く突き刺さる。
土蜘蛛は思わず立ち止まる。
そしてスサノオ共々、槍の持ち主と思われる者のほうを見る。
そこにはすでに槍を手放しているタヂカラオの姿が。
その直後、タヂカラオは素手の状態で土蜘蛛のほうへと突進していく。
「グオオオオオーッ!」
うなり声を上げる土蜘蛛とタヂカラオはがっちり組み合う。
(これはッ!)
スサノオは思わずタヂカラオの行動に目を大きく見開く。
槍が土蜘蛛に通用しない以上、周りの者を救うためには武器を手放してもかまわないという状況判断。
そして自分の数倍以上の大きさを誇る土蜘蛛に素手で立ち向かう勇気と、実際にそれを可能にするだけの力。
(こやつ、このスサノオの想像以上に頼りになるヤツなのかもしれん)
スサノオはタヂカラオの起こした“うれしい誤算”を喜ぶ。
「ここは貴様に任せるッ!しばらくの間我慢してくれッ!」
スサノオは相変わらず土蜘蛛と“格闘”しているタヂカラオの背中越しに呼びかける。
そしてイワレビコのそばにいるオオクニヌシのほうを見やる。
「父上ッ!」
「このスサノオに考えがあるッ!しばしそこで待てッ!」
スサノオはオオクニヌシに向かってそう大声で叫ぶ。
そしてタヂカラオが武器を取り出したあと、そのまま床に置いたままにしてあった“道具袋”のそばに駆け寄る。
(確かこの中に入っているはずだッ!)
スサノオは急いで“ある物”を取り出そうとする。
「…あったッ!」
スサノオは袋の中から一つの網を取り出す。
「“あやつ”からもらった“これ”が役に立つときが来たというわけか」
それは以前イタケルと会ったときのことである。
(ちょっと待ったあ!)
「なんだッ!」
突然スサノオの頭の中でイタケルの声がする。
やむなくスサノオは立ち止まる。
今はイタケルがイワレビコたちに別れを告げた直後である。
イワレビコたちは“光”を追いかけて、皆その場から去ってしまった。
ゆえにその場にはスサノオのみがとどまっている。
(大事なことを忘れていた)
再びスサノオの頭の中でイタケルの声が響く。
その直後に木の上から飛び降りたイタケルがふわりとスサノオの前に着地する。
「こいつを渡さなきゃ」
そう言いながらイタケルはスサノオの前に“あるもの”を差し出す。
「…なんだ、これは?」
スサノオはイタケルからもらったものを広げてじっくり見てみる。
それは狩りで獲物を捕まえるときにでも使えそうな網のようなものである。
「…網か?」
「ご察しの通り。そいつは網だ」
網をしげしげと眺めるスサノオにイタケルは続ける。
「でもただの網じゃない。
「さりげなく貴様の自慢話か。しかしそれが一体なんの役に立つというんだ?」
いぶかるスサノオに対してイタケルはさらに説明を続ける。
「実はこの森の奥には“土蜘蛛”という化け物がいてね。そいつを捕まえるのにこいつが役に立つはずだ」
「ほう、そんなヤツがいるのか?」
スサノオはイタケルの話ににわかに興味を示しだす。
「そう。ただそいつはえらくすばしっこいヤツでね。ひとまずこういうもので捕まえておかないことには倒すことは不可能だろうね」
「そうなのか?いくら素早くても刀や槍、弓矢などで倒せるのではないのか?」
イタケルはスサノオの言葉に、そこなんだ、と答えて話を続ける。
「土蜘蛛はすばしっこいのに加えて皮膚が異様に硬い。並みの武器じゃあ歯が立たないね。たぶん今土蜘蛛に出会ったら誰の武器も通用しない」
「それほどまでなのか?」
スサノオはイタケルの言葉を聞いて思わず顔をしかめる。
その直後にイタケルが、いやひょっとして、とつぶやいて、考え込むようなしぐさをする。
「…なんだ、言ってみろ?」
「…うん、あのきれいな目をした彼が持っていた刀ならあるいは…」
「イワレビコ殿の刀か…」
イワレビコの刀といえばこの森に入る前にオモイカネより手渡されたフツノミタマのことである。
もともとはミカヅチの愛刀であり、先のウミサチとの戦いにおいてもその威力を見せつけた。
おそらく今イワレビコたちの軍全体の中でも最強の武器だろう。
「…フン、まあとりあえずこれは受け取っておくぞ」
「…ふう、…あのさあ、せっかくこっちが善意でいい物を上げたのに礼の一言もないの?」
イタケルはスサノオの言葉に呆れ気味に肩をすくめながら言う。
「…そうか、ありがとうなッ、ありがとうッ!」
スサノオは若干イラついた調子でイタケルに礼を言う。
「フッ、お礼が適当な気もするけどまあいいや。きっと父上以外の全ての者も僕の善意に心の底から感謝するときが来ると思うけどね」
「フン、そうなるといいがな」
その直後、じゃあ、という一言を残してイタケルは再び森の中へと消えていくのだった。
「…フン、多少腹立たしいことも思い出してしまったが…」
スサノオはイタケルの顔を思い浮かべながら、わずかに顔をしかめる。
「確かにあやつには感謝せねばならんかもしれん」
そうつぶやくとスサノオは網を持ったまま、急いでイワレビコたちのもとへと走る。
「父上、それはッ!」
スサノオがイワレビコたちのもとにたどり着くと、オオクニヌシが網について尋ねてくる。
「あとで説明するッ!それよりも―」
そう言いながら、スサノオはタヂカラオたちの様子を確認する。
タヂカラオは相変わらず土蜘蛛と素手で組み合っている。
(…今のところ大丈夫か…)
スサノオはタヂカラオの姿を見てひとまず安堵する。
(…だが…)
何しろ武器を持っていないタヂカラオには土蜘蛛に止めを刺す手段がない。
そして土蜘蛛はタヂカラオの数倍以上の体長を誇る。
あまりに長時間“格闘”を続ければタヂカラオの身に“何か”が起こらないという保障は全くない。
いずれにせよタヂカラオの“健闘”に頼るのはあまりにも危険すぎる。
「―イワレビコ殿は?」
「残念ながらずっとこの状態で…」
「貴様にもどうにもならんのか?」
「はい、私もこんな症状など見たことがありませんよ」
オオクニヌシは沈んだ表情で首を横に振る。
「やはり…」
土蜘蛛を倒すことこそがこの状況を打開する唯一の道か?
そうすることでイワレビコたちが回復することに賭けるしかない。
スサノオは決意を新たにする。
「ところでイワレビコ殿の刀が今どこにあるのかわかるかッ?」
「刀?」
怪訝な表情をするオオクニヌシにスサノオが続ける。
「イワレビコ殿がオモイカネから受け取って以来、肌身離さず身につけていた刀がどこにあるのかと聞いているのだ」
「肌身離さずということでしたらやはり…」
オオクニヌシはそう言いながら、イワレビコが酒宴中に座っていた席のあたりに視線を移す。
スサノオはそうか、とつぶやきつつ、素早くその席あたりに移動する。
「おおッ!」
席に移ってすぐ、一振りの刀が床に置かれているのを見つけたスサノオは歓声を上げる。
「わかりやすい場所にあって助かった!」
そう言いながら、刀を拾ったスサノオは急いでイワレビコたちのもとへ戻るのだった。
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