二十二、土蜘蛛との戦い③―驚愕!まさかの村人たちの正体!!そのときスサノオたちは!!!―

「貴様ッ、何者だッ!」


 スサノオは鋭い声で首長のほうに向けて叫ぶ。


「フッハッハッハッハッ!」

「お前は人ではないなッ!」


 相変わらずスサノオたちのほうを見ながら大声で笑う男に、今度はオオクニヌシが怒鳴る。


「我らに何をしたッ!」


 さらにスサノオが首長に一喝する。

 だがスサノオたちのこれらの詰問にも、男は応じる素振りすら見せず笑い続ける。


「我らを愚弄ぐろうするのも大概にせよッ!」


 怒り心頭に達したスサノオはオオクニヌシと共に首長に詰め寄ろうとする。

 そのときである。


「…フッフッフッ、いやいやこれはこれは申し訳ない」


 突然男は笑い声を止め、謝罪の言葉を述べる。

 そのためスサノオたちも一瞬足を止める。


「…まさかいまだに意識を保っている者が三人もいるとはなあ。これは完全に予定外だ」


 そう言いながら首長はスサノオたちのほうを向いてニヤリと笑う。

 そこに悪びれている様子は一切ない。


「お前たちを深い眠りに落とす非常に強い酒を用意したのだがな。イワレビコたちには通用したのだが効かないとは。…お前たちのつけている“それ”のおかげか?」


 そう言って、男はタヂカラオのほうを指差す。

 それにつられてスサノオたちもタヂカラオのほうに目を向ける。

 するとタヂカラオの胸元の勾玉が光り輝いているのがスサノオたちにも確認できる。


「…やはりこれが我らを守ってくれたというのか?」


 スサノオは自分の胸元で淡い光を放っている勾玉を見ながらつぶやく。


「…ヒルコ様の命によりお前たちを亡き者にしてやろうとしたのだがなあ」

「何ッ!ヒルコだと?」


 首長の言葉に思わずスサノオの表情が歪む。


(…まさかこんなところにまですでにヒルコの息のかかったものがいようとはッ!)


 スサノオは予想以上のヒルコの影響力の浸透の速さに強い危機感を覚える。


「…まあいい、いずれにせよ…」


 男はそうつぶやきながら、スサノオたちのほうを見やって不敵に口元を歪める。


「お前たちはまとめてここで朽ち果てるのだッ!」


 首長がそう言うや否や、周りにいた集落の住人たちが一斉に声の主の元に集まる。


「何ッ!」


 そのあと目の前に広がった光景にスサノオたちは驚愕する。

 なんと大勢の男たちが一つに固まるとそれが一体の巨大な土蜘蛛に変化してしまうのである。


「これがこいつらの正体かッ!」

「何という化け物ッ!」

「グオオオオオッー!」


 土蜘蛛は驚いているスサノオたちに対して間髪入れずに突進してくる。


「グワッ!」

「ウオッ!」


 土蜘蛛はスサノオとオオクニヌシの間を分断するような位置に向かって突進する。

 突進をよけたスサノオとオオクニヌシはそれぞれ左右に分かれて倒れるような形になる。


「父上ーッ!」


 オオクニヌシは必死にスサノオに向かって叫ぶ。


「ハッ!」


 その声でスサノオは土蜘蛛が自分のほうに向かって来ようとしていることに気づく。

 だがスサノオがそれに気づくよりも土蜘蛛の動きのほうが一瞬速い。


「クッ!」


 スサノオはなすすべなく土蜘蛛の攻撃をまともに受ける。

 ―と思われたそのときである。


「なッ!」


 突然スサノオの胸元の勾玉がまばゆい輝きを放つ。

 するとスサノオを襲おうとしていた土蜘蛛はなぜか振り下ろそうとしていた前足をスサノオの眼前で止める。

 その直後スサノオは大声で叫ぶ。


「イワレビコ殿だーッ!イワレビコ殿を守れーッ」


 その声を聞いたオオクニヌシとタヂカラオは即座にイワレビコの元へ急行する。

 遅れて土蜘蛛もイワレビコの元に走ろうとする。


(…なんという足の速さだッ!)


 土蜘蛛はスサノオを驚かせるほどの“走力”を見せつける。


 (いかん、このままでは先にッ!)


 土蜘蛛は二人よりもかなり後ろいたにもかかわらず、その差を一気につめる。

 そのときである。

 それまでイワレビコのほうに向かおうとしていたタヂカラオが突然向きを変えて、土蜘蛛に向かって突進する。


「ウオオオオオッー!」


 そして土蜘蛛に向かって体当たりする。


「オオッ!」


 スサノオは思わず歓声を上げる。

 土蜘蛛はタヂカラオの行動に意表を突かれたのか、腹を天井に向けてひっくり返っている。


「着きましたぞッ!」


 そう叫びながら、オオクニヌシは急いで倒れているイワレビコの上体を抱き上げる。


「大丈夫ですかッ、しっかりされよッ!」


 オオクニヌシはぐったりしているイワレビコに必死に呼びかける。


「…あ…」


 イワレビコは薄目を開け、かすかに口を動かす。


「オオッ、意識があるのかッ!」


 オオクニヌシはイワレビコの反応に喜ぶ。

 しかしそれもつかの間―


「…う、…あ…」


 イワレビコは意識が朦朧もうろうとしているようで、わずかな言葉しか発しようとしない。


「…クッ、これが精一杯か…」


 オオクニヌシは思わず顔をしかめる。

 何しろこの状況であるため、じっくりとイワレビコの容態を確認することはできない。

 だがそれでもイワレビコの“病状”が相当重いことはオオクニヌシにもすぐにわかる。

 これでは土蜘蛛と戦うことはおろか、この場から逃げ出すことすら難しいだろう。

 そのときである。


「ナムチ、後ろだッ!」


 スサノオがオオクニヌシに大声で警告する。


「…えっ?」


 その声に気づいたオオクニヌシが急いで後ろを振り向くと―


「アアッ!」


 土蜘蛛はすでに前足を大きく上に振り上げている。

 そしてその足がオオクニヌシの頭上に振り下ろされると思われた刹那―


「…グアアアアアッー!」


 突然土蜘蛛が悲鳴を上げたかと思うと、振り上げていた足も下ろす。

 そして早くオオクニヌシから離れたいとでも言いたげに急いで後ずさる。


(やはりッ!)


 その様子を見てスサノオは確信する。

 明らかに土蜘蛛は勾玉を嫌がっている。

 自分が土蜘蛛に襲われそうになったとき。

 タヂカラオが土蜘蛛に体当たりしたとき。

 オオクニヌシが土蜘蛛に攻撃されそうになったとき。

 全ての場面で各々の胸元の勾玉が光り輝いていた。

 もっともオオクニヌシが襲われたときは、はじめオオクニヌシは土蜘蛛に背中を向けていた。

 ゆえに土蜘蛛は勾玉自体を嫌がっているというよりは勾玉から発せられる光を嫌がっている可能性が高い。


「…勝機が見えてきたッ!」


 スサノオは勇気を奮い起こす。

 そしてタヂカラオのほうを向いて叫ぶ。


「今のうちに得物をッ!」


 スサノオの指示の意味を理解したタヂカラオは直ちに持ち物が入っている袋のそばに駆け寄る。

 そしてスサノオとオオクニヌシには各人の刀を取り出して渡し、自らは袋のそばに置いていた槍を手にする。

 タヂカラオは七柱の神々の中でもっとも力が強い。

 よって地上に降りるときには全員分の持ち物を一括して管理しており、今回も皆の物が入った袋を普段から持ち歩いている。


「よしッ、今度はこちらから行くぞッ!」


 全員が得物を持ったことを確認したスサノオはそう言いながら土蜘蛛のほうを見やる。


「…これはッ!」


 スサノオは土蜘蛛の様子の“異変”に気づく。

 土蜘蛛は建物の柱の間を身軽にぴょんぴょん飛び跳ねたり、天井をすごい速さで走り回ったりしている。


(…そういうことか)


 それを見てスサノオは深く納得する。

 土蜘蛛がわざわざこの屋敷の中を戦闘場所に選んだのはこの環境が自らの戦いに有利に働くとみてのことであろう。

 これで戦闘の“地の利”では土蜘蛛が有利。

 勾玉があるためスサノオたちがやられる可能性が低いという意味ではこちらが有利。


(ならば条件は互角ということであろうッ!)


 状況を素早く整理したスサノオは自分たちの方針を決める。


「ナムチ、貴様はそこに残れッ!」

「ハッ!」


 オオクニヌシは即座にスサノオの指示の意味を理解する。

 勾玉を持つオオクニヌシがイワレビコのそばにいれば土蜘蛛がイワレビコを襲うことは不可能に近いという判断。

 確実にイワレビコの身の安全を確保する作戦である。


「よしッ、行くぞッ!」


 そう言いつつ、スサノオはタヂカラオと共に土蜘蛛に対峙する。

 スサノオは部屋の南側から、タヂカラオは東側からじりじりと土蜘蛛との距離を詰める。

 そして少しずつ土蜘蛛を部屋の隅へと追いつめていく。

 このときイワレビコの安全が確保されていなければ、土蜘蛛が天井を伝ってスサノオたちの包囲を破り、イワレビコが襲われる恐れがある。

 しかしイワレビコのそばにオオクニヌシがいる以上、その危険性はない。


 また、部屋の中にはイワレビコ以外にも土蜘蛛の“酒”の力でいまだに気を失っている者たちが数十名ほどいる。

 だが土蜘蛛はそれらの兵士たちの命には全く興味が無いようで襲う素振りすら見せない。

 おそらくイワレビコの命を奪うことこそが土蜘蛛の最優先事項なのだろう。

 いずれにせよ確実にイワレビコの身の安全を確保しつつ戦えばこちらの勝利は固い。

 スサノオはそう確信している。


「…フン、追いつめたぞ」


 ついにスサノオたちは土蜘蛛を屋敷の隅へと完全に追いつめる。

 土蜘蛛は隅でじっとしたまま微動だにしない。


「来る気がないならこっちから行くぞッ!」


 スサノオはそう叫ぶやいなや、タヂカラオと共にそれぞれの武器を手に飛びかかるのだった。

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