十四、高天原への帰還③―スサノオの決意!もはや避けることはできないヒルコと鬼たちとの戦いへの予兆!!―

「やはりここにいましたか」


 ぼんやりと景色を眺めるスサノオの背後から聞き覚えのある声が話しかけてくる。


「…ふん、貴様か…」


 スサノオは後ろを振り向くと、よく見知った男、オオクニヌシを一べつする。


「ははっ、考えごとですかな」


 そう言うと、オオクニヌシはスサノオのすぐ隣に腰を下ろす。


 実はスサノオは内心そろそろオオクニヌシと話がしたい気分だとぼんやりと考えていた。

 そんなときにちょうどよくオオクニヌシがやって来たのである。


 男同士であることに多少の気色悪さを感じるが、案外自分とこの男は気持ちが通じ合っているのかもしれない、とスサノオは思う。


「その通りだ。地上では面倒なことになったしな」

「ヒルコと鬼のことですかな」

「そうだ。こうしている間にも地上ではヒルコによって人が鬼に変えられているのやもしれぬのだぞ。そしていずれはあの者たちが人間を脅かす最大の脅威になるとこのスサノオは見ている」

「ヒルコと鬼たちはそれほどの力を秘めていると父上はお考えなのですか?」

「うむ。ヒルコが鬼どもの数を増やし、人間たちの前に立ちはだかる時が必ず来る。必ずな。それなのにあいつらときたら…」


 スサノオは忌々しそうに吐き捨てる。


「あいつら、…ああ、タカギとオモイカネのことですかな」

「そうだ!あやつらときたらこちらの話を軽く受け流しおって。あやつらにも、そして姉上にも地上でヒルコと鬼どものおかげでどれほどのことが起こったのかを実際に見せてやりたい気分だ!」

「結局あの者たちは父上や私たちのことなど信用していないのでしょうな。その証拠に我々はいまだに高天原の外には自由に出られない。我々がここに連れてこられたときに地上に降りられたニニギ殿はすでにこの世には存在しておりませぬ。それほどのときがたったにもかかわらず状況は何も変わってはおりませぬ」

「ふん、おそらくあやつらは我々が〝これ〟を持っていなかったら今すぐにでもこちらをここから追い出したい気分なのだろう」


 そう言うと、スサノオは首からかけている淡く光る勾玉を見つめる。


「ふふっ、思えば我々がここにいるのはこいつのおかげですからな。しかしこのナムチにはこの勾玉が我々をどうしたいのかいまだにわかりませぬ。我々を助けたいのか、それとももてあそびたいのか…」


 オオクニヌシも自らの勾玉を見つめる。


「ふん、このスサノオには自分以外のものに自らの運命を委ねる気などない。今までずっと自らの行動は己自身で決めてきたし、今後もそうするつもりだ。それはこの状況においてもなんら変わることはない」

「ははっ、父上、あなたらしい考え方だ。ただ今の我々が自らの力で決められるものはあまりにも少ない」

「せいぜいあがくさ、できる限りな。それと現実を見ようとしない者たちが目を覚ますのを待つ。いくら時間がかかろうともだ」


 スサノオは静かに強い決意を述べるのだった。



「…うーむ、…これは大変なことになった」


 話を聞き終え、三の翁はうなる。


「はい、ヒルコ、鬼たち、今後高天原と人間たちの脅威となる者たちが今回姿を現した」


 二の翁も三の翁の言葉に同調する。


「ところでお二方、私はヒルコと鬼に関してある逸話を知っているのですが…」

「おお、そのような話を知っておられるのか?」

「それはぜひとも聞かせていただきたいものだ」


 一の翁が知っているという話を他の二人の翁も聞くことを望む。


「それでは話させていただきます」


 そう言うと、一の翁は話し始める。



 むかしむかし、中津国にある、とある海辺の漁村での話です。


 その漁村では漁が村全体の生活を支える最も重要な柱となっていました。


 しかし漁というのはどうしても自然条件に左右されるものです。

 ある時突然、それまで漁を行っていた近海で、魚が一切取れなくなってしまったのです。

 それは二、三日の話ではなく、数週間にも及びました。

 そんな日々が続くことで村の中は絶望的な空気に支配されていきました。


 このままではこの村はどうなってしまうのか?

 我々はもはや飢え死にするほかないのか?


 村の中ではそんな声が普段からささやかれるようになっていたある晩、村の長は不思議な夢を見ました。

 夢の中である人物が現れ、その人物は自らを“ヒルコ”と名乗りました。

 ヒルコはこの村の漁師たちが普段漁をしている海域の海底に潜り、その石を村の者皆で祭るように、と言うのです。

 そうすれば村の者たち全員を必ず助ける、と最後にヒルコは言い残しました。


 翌朝、村の長は村の者たち全員に自分が昨夜見た夢の話をしました。

 そして村の漁師たちは全員でわらにもすがる思いで、それまで漁をしていた海に潜り始めました。


 その数日後、ある漁師が本当に海底で光る石を見つけたのです!

 その漁師は石を舟の上に引き上げて、村に持ち帰りました。

 そうしてヒルコに言われたように村全体でその石を祭りました。


 すると石を祭った翌日には“奇跡”が起こりました。

 村に一そうの舟がやって来たのです。舟の上には大量の魚、そしてヒルコが乗っていました。

 ヒルコは舟の上の魚を気前よく村の者たちに配りました。

 そしてこれからは海で魚が取れるようになるからどんどん取るように、と言いました。


 その時から、これまで全く取れなかった魚も面白いように取れるようになり、数日大漁の日々が続きました。

 村の者たちが皆ヒルコに感謝したのは言うまでもありません。

 村ではヒルコは“ヒルコ様”と呼ばれ、あがめ奉られる存在になりました。


 ただ村人達には以前と一つ変わったことがありました。

 それは村人たちがヒルコに配られた魚を受け取り、食べた三日後に起こりました。

 彼らの頭には二本の角が生え、口の中には二本の牙が生えました。


 そう村人たちは全員鬼になってしまったのです。

 結局漁村は“ヒルコの村”になってしまったのでした。



「…うーむ、これは…」

「もしこんなことが中津国のいたるところで起こっていたんだとしたら、こんな恐ろしいことはない」

「ええ、これでは長いときがたてば地上に鬼が満ちあふれる可能性すらある」

「これはスサノオ殿がヒルコに脅威を感じたのは当然のことだ」


 二の翁と三の翁が戦りつし、口々に話の結末の恐ろしさを語る。


「今後中津国が、高天原が、そしてヤマサチ殿の子孫がどうなっていくのか、それをこれから話していくことにしましょう」


 一の翁は遠く海を眺めながら言う。

 朝の海の水面は日の光を反射して、美しく輝くのだった。

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