第二章:神武東征―本格化するヒルコとの戦い!その行方は?―

一、ヒルコとニギハヤヒ①―これこそが全ての始まりだった!―

 ぐんぐん昇ってきた太陽がついにその姿を完全に現し、地上を明るく照らす。

 この住吉の地に住むあらゆる生き物たちもにわかに活動を始める。

 鳥も虫も盛んに鳴き、その存在を誇示する。

 そんな本格的な一日の始まりに、相変わらず三人の翁が腰を下ろして東の海を眺めている。


「ついに今日という日が始まりましたな」


「ええ、太陽が昇りあらゆるもの達が活動し始めた」


 二の翁、三の翁が口々に言う。


「ええ、今のこの時のように状況は大きく動き始めるのです…」


「…それは、これからあなたが話をする事柄についてのことですかな?」


 二の翁が口を開いた一の翁に疑問をぶつける。


「はい、時代は下り、ヤマサチ様の孫たちの代のころ、“これ”が起こりました。この出来事は高天原や中津国の方々にとって決して忘れることのできないことだったというだけではない。この世界全体の情勢を大きく動かしていくことにもなったのです」


「これ?それはおそらく我々も、あるいは今の世で中津国に住まう人間たちの中にもある程度は知っている者もいる出来事ですかな?」


「はい」


 三の翁の質問に一の翁はうなずく。


「それは“あの者”が高天原で起こした“事件”から全てが始まりました―」


「やはり“あの者”が…」


「はい、今回は“あの者”、ヒルコについてまずは語らねばなりますまい…」


 一の翁は“これ”について本格的に話し始めるのだった。



(……)


 ヒルコはただ一人物思いにふける。


 今ヒルコはワタツミの宮の最深部にある一室、もはや“ヒルコの間”と言うべき一室にいる。

 今はもはやかつて自分がウミサチをそそのかして“反乱”を起こしてからずいぶん長いときがたった。

 もはやウミサチもヤマサチも寿命が尽きてこの世にはいない。

 そしてそれだけの時を経てヒルコもずいぶんと力を蓄えた。

 もともとこの海神ワタツミの宮には広大な海の生命力を源とした強力な呪力が集まっている。

 その呪力を長いときをかけて自らのものとすれば、ヒルコの力が極めて強大なものとなるのは必然である。

 そのため今では地上に出て空中を自在に飛び回ることができるほどの呪力を手に入れたのだ!


 そして少し前にその力を使ってヒルコは空を飛んで“ある場所”を目指して飛んでみた。

 ある場所とは無論“高天原”のことである。

 そしてついには高天原にたどり着くことに成功したのである!

 それはヒルコにとっては笑いが止まらないほどの大きな“成果”であった。


 そうしてしばらくの間何度かワタツミの宮と高天原の間を行き来してみた。高天原の内情を調べてみるために、である。

 するとある一人の男が高天原に不満を抱えていることがわかった。

 その男は甘ったれた性格の未熟な若者である。

 利用するにはまたとない男と言えた。


 この男をそそのかしてこちらに引き込み、地上で反高天原の勢力を旗揚げする。

 これを今回の“前進勝利”計画の第一段階とする。


 思えばかつてウミサチと共に反乱を起こしたときは計画も杜撰ずさんなら、ヒルコ自身も大した呪力を持っていなかった。


 だが今回は違う。

 ヒルコは前回とは段違いの呪力を手に入れ、反乱計画は時間をかけて練りに練った。


(今回こそは高天原の者どもに一泡吹かせてやる!)


 ヒルコは全身が熱くたぎってくるのを感じる。

 そして部屋を勢いよく飛び出し、高天原に向かって飛び立っていくのだった。


「持ってきたぞ!」


「よし、では早くこの上に!」


 たいまつを持った男は急いで岩の上に座っている老人の元に駆け寄る。

 その後ろには男女それぞれ五人ずつ、計十人が続く。

 その手には鏡が二つ、剣が一つ、玉が四つ、領巾ひれが三つ、それぞれ持たれている。


「十種神宝、約束通りお持ちしましたぞ!」


「よし!」


 男に続いて十人の者たちが次々に船の形をした岩の上に乗り込む。その者たちの手に持たれた十種類の物を老人は一つ一つ確認する。


「うむ、間違いない、では行くぞ!」


「ははっ、とうとう高天原の外に出られるんだ!」


 この老人と男の言葉と同時に岩が地面から徐々に離れ始め、ついにはアマテラスの宮殿の屋根よりも高く浮く。

 そして総勢十二名の者たちを乗せた岩は東の方へとすさまじい速さで飛び去っていくのだった。



「なんということだ!」


 広間にタカギの怒号が響く。


「こんなことは前代未聞だ!」


 そのすぐ後にオモイカネも怒鳴る。

 この場にいる他の者たちはそれを黙って聞く。


 確かに今回の一件は高天原にとって驚くべきことであり、前代未聞のことであった。

 何しろ一晩のうちにニギハヤヒという一人の男が高天原の十種類の神宝を勝手に持ち出し、いずこかに行方をくらましたのだ。


 そんなこの男と共に十名の者も高天原からいなくなった。

 また高天原の北東にある巨大な岩も忽然こつぜんと姿を消した。


 このあまりにも唐突に起こった事態に驚いたアマテラスたちは、急遽きゅうきょ高天原の主だった者たちをアマテラスの宮殿に集めた。今後の対応策を協議するためである。

 宮殿の大広間に集まったのはアマテラス以下、タカギ、オモイカネ、ミカヅチ、タヂカラオ、ウズメ、スサノオ、オオクニヌシ、スクナビコナ、ミナカタ、サルタヒコ、オシホミミの十二柱の神々。


 彼らが今後の対応策を巡って激論を交わす。

 まず最初に決められたのは、今高天原で動くことができる全ての鳥を使って、ニギハヤヒの居所を突き止めることである。


 その後も神々の間での会議は続く。


 そんな中、ミナカタはニギハヤヒのことに思いをはせていた。

 ミナカタにとってはニギハヤヒこそ高天原にやってきてから最も親しく交わった男だった。

 そんな高天原に来てから今までのニギハヤヒとの思い出をミナカタは思い返してみるのだった。



「よう、お前昨日地上から高天原に着いたんだってな!」


 ミナカタは不意に背後から何者かに話しかけられ振り向く。


 今は高天原に着いてから二日目の朝である。


 すでに早朝にはミナカタたちは朝食を取り終えてしまったが、早速やることがなくなってしまった。

 そこで昼食分の食材を早めに自分たちの住居に運んでおくために、ミナカタは近くの倉庫に行くことにした。


 その倉庫の入り口から中に入ろうとしたときに唐突に話しかけられた、というわけである。

 ミナカタが声のしたほうを見ると、そこには自分と同じくらいの年ごろの外見をした男が立っている。


「なんだ、まだ朝飯を食べてないのか?もう夜が明けてからずいぶんたつぜ」


「いや、もう朝食はとったけど、これは昼食に備えてこれから持って行こうと思ってるんだ」


「はっ、そんなの後でいいじゃねえかよ。まだまだ昼までは時間があるだろ。それよりも俺と話をしようぜ。お前には聞きたいことがいっぱいあるんだ」


 ミナカタは初対面の男のあまりにもなれなれしい態度に困惑する。

 しかしそんなミナカタの困惑には一切かまうことなく、男はさらに話し続ける。


「ああっ、そういやまだ自己紹介してなかったよな。俺はニギハヤヒって言うんだ、よろしくな。そっちは?」


「…ええっと、…ミナカタだけど…」


「ふうん、ミナカタっていうのか…、まあ立ち話もなんだからちょっとこっちで話をしようぜ」


「…ちょ、…ちょっと…」


 ニギハヤヒはミナカタに近づき強引にその腕を取ると、いずこかに連れて行こうとするのだった。

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