十三、高天原への帰還②―高天原に集いし神々たち、その“性能”はいかに?―
「…ふーっ…」
スサノオは大きく息を吐く。
ここは高天原の外縁部。スサノオのお気に入りの場所である。
遠くに見える山並み、森、海。ここに来るときスサノオはもっとも落ち着いた気分になることができる。
高天原に帰ったあとは、すぐに全員でアマテラスの宮殿に今回のことを報告しに行った。
ヤマサチと共にワタツミの宮に行ったこと。ウミサチと鬼たちとの戦いと、その過程で集落に大きな被害が出たこと。ヒルコの出現とその口から語られた、食べると人間を鬼に変えてしまう魚のこと。
スサノオは地上で体験したことの全てをアマテラスたちに報告したのである。
そしてヒルコと鬼たちの存在が今後ニニギの子孫たちや人間の脅威になりうること、ヒルコがかつてアメノミナカヌシが予言した悪神の可能性があること、もあわせて報告した。
ただそれらの報告に対する彼女らの反応は“薄い”と言っていいものであった。
ことにタカギとオモイカネはわずらわしそうにスサノオの報告を聞いたものだった。
アマテラスたちは今まで高天原からあまり出たことはなく、今回のことを直接体験したわけではない。ゆえにヒルコや鬼の脅威は実感として伝わらないらしかった。
もっとも彼女らがヒルコたちに対して危機感を抱いたとしても、具体的にどのような対策を立てるのかは現実的に難しかったのも確かだったが。
そして報告が終わったあと、七柱の神々はそれぞれの家へと帰っていった。
スサノオもいったんはオオクニヌシたちと共に竪穴式住居に戻ったあと、ここに来たのである。
スサノオはさわやかな風が心地よく吹くこの場所で物思いにふける。
実際に考えたいことはいくらでもある。
まずは内輪のこと、今回地上に共に行った自分以外の者たちのことについて考えてみる。
今回は彼らとは多くの時間行動を共にし、戦闘も行った。
ことにミカヅチ、タヂカラオ、サルタヒコ、については高天原にいる間は接触することもあまり多くなかった。ゆえに今回のような機会は非常に貴重である。
もっともスサノオは彼らが戦っている場面は直接見ていないので、そこはオオクニヌシから伝え聞いたことを参考に考えるが。
まずはミカヅチである。
雷を意味する名を持つこの男を語るとき、まず最初に触れなければならないのは、やはりその際立った戦闘力である。
それはかつて高天原が出雲にただ一人の“戦闘員”として派遣したのも納得できるほどのものだ。
聞くところによれば、この男はかつて多くの八百万の神の父イザナキが火の神カグツチをその剣で斬ったときに分かれた炎の一部から生まれたという。
また噂によればこの男の全身は鉄でできており、下手な武器ではこの男の身体に傷をつけることもできない、とのことだが真偽のほどは不明である。
そもそも今回の戦いでは鬼はミカヅチに武器を当てることさえできなかったのだから、そのことを確かめることはできなかった。
それにしても今回のミカヅチの戦いぶりは凄まじいの一言である。
正確に数を数えたわけではないが、間違いなく最も多くの鬼を討ち取ったはずだ。
その戦い方は両手に刀を持つ二刀流で、その卓越した技術で次々と敵をなぎ倒していく。
ひょっとしたらこの男にはあらゆる鬼の中でもっとも強い者でさえ勝てないのではないか、とさえ思えるほどである。
そんなこのミカヅチの欠点を指摘するとしたら、それは実際に戦う力ではなく、その性格の方であろう。
誇り高く、己の技量に絶対の自信を持つこの男は他人の命令に服することは好まず、その手の指示よりは自らの判断を優先する。
また自分にも厳しいが周囲にも自分と同様の水準を要求し、それができない者には怒りを爆発させる。
今回の戦いでも鬼を討ち取り損ねたミナカタに激しく怒りをぶつけたという。
この手の行動を今後も頻繁にやるようなことがあれば、周囲とあつれきを生む可能性も否定できない。
とはいえ、そんな欠点を考慮に入れても、この男が今後ヒルコや鬼との戦いが起これば、最前線で戦うことになるのは疑う余地がない。
この男こそ高天原の“切り札”である。
次はタヂカラオ。
極めて強い力を持つ男。
その強い力を生かして、今回は戦っているとき以外は、七人分の荷物が入った袋を一人で持ったりもしていた。
単純な力の強さだけだったら、ミカヅチよりも上だろう。
鬼との戦いでもその力を生かして多くの鬼を討ち取った。
討ち取った数としてはミカヅチの次ぐらいだろう。
ミカヅチに及ばないのはそれだけこの男が際立っているだけの話で、恥ずかしいことでもなんでもない。
戦闘に参加する者としては十分であり、今後もミカヅチ共々最前線で戦ってもらうことになるだろう。
また、高天原にいる時はミカヅチの剣の修行の相手をよく努めているようだ。
それと、この男にはかつてアメノミナカヌシによって将来の運命についてある神託が下されたことがあるという。
それは、タヂカラオはその生涯において『眠るとき以外に背中を地面につけることはない』というものだった。
つまりタヂカラオは“決して倒れることがない男”であるというわけである。
この神託が正しいならば、この男はそれこそ“永遠”と言っていいほど、ヒルコや鬼と戦うことも不可能ではないということになる。
いずれにせよ、タヂカラオはヒルコと鬼が地上からいなくなるそのときまで、戦い続けてもらうことになるのは間違いないだろう。
そして、サルタヒコ。
常世の国からやってきたというこの男は、今ではウズメと結婚し、子供も設け、すっかり高天原になじんでいる。その風変わりな長い鼻と赤ら顔は高天原でもよく目立っている。
今までこのスサノオとは接点が意外に少なく、どんな男なのかは今一つわからなかった。だが今回地上で行動を共にしてみて言えることは、非常に誠実な男であるということだ。
ことに命令されたわけでもないにもかかわらず、自ら進んでおぼれているウミサチの命を救ったのは極めて大きな行動だった。
戦闘以外での貢献度は一番大きかったといっても過言ではない。
無論鬼との戦闘での貢献度も高かった。
討ち取った鬼の数もミカヅチの次くらい、おそらくタヂカラオとほぼ同数だろう。
その戦い方はミカヅチやタヂカラオとは一風変わった独特のものである。
非常に素早く動いて相手をかく乱し、矛で相手の急所を突く、というものである。
とはいえ何と言ってもこの男の最大の武器は風を自由に操れることである。
その力を生かして空中を舞うことも、より素早く動くことも可能である。
それと目と耳が極めてよく、周囲の状況を早く、的確に把握することが可能である。
今後の戦いでも不可欠な存在になることは間違いない。
そして、オオクニヌシ、スクナビコナ、ミナカタ。出雲から共に高天原に連れてこられた者たちである。
この者たちとは普段から共に生活しているため、互いに見知った存在ではある。それでもいっしょに戦うのは今回が初めてであり、そういった状況で何ができるのかを把握することは非常に重要なことであった。
まずはオオクニヌシ。
この男とは本当に長い付き合いであり、今までも実に多くの言葉を交わしたものだ。今では大抵のことは遠慮なく話せるまでになった。
何しろオオクニヌシと初めて出会ったのは、まだこのスサノオが根の国でスセリヒメと共に暮らしていたころまでさかのぼることができるのだ。
オオクニヌシは当初庇護を求めて自分の元にやってきた。だが結局この男はこのスサノオが課した無理難題をことごとく乗り越え、しまいには我が娘スセリヒメをさらって結ばれおった。
このことをきっかけにオオクニヌシはこのスサノオの義理の息子になったわけだ。そして結果的には自分とこの男の関係は深まったわけだが。
その後オオクニヌシは出雲の主となり、少なくとも高天原の者たちがやってくるまではここを見事に栄えさせていたわけだ。
出雲の主としての役割は十分に果たしていたと言えるだろう。
そのあと、出雲に高天原の者たちがやってきたときに、出雲の主としての地位を追われ、自分共々高天原に来させられたわけだ。
オオクニヌシは、若いときはなかなか根性のある男ではあった。ただ正直出雲の主になってからはいくらか堕落した部分もあるような気がする。
まずこの男は若い時に比べてずいぶん太った。
オオクニヌシは美食家であり、中津国中の珍味は食べつくしたと以前ぬかしておった。
しかもかなりの大食漢である。
これで太らない方がおかしいというものだろう。
しかもこの男はかなりの女好きだったらしい。
スセリヒメ以外に中津国の各地に何人も女がいたらしく、ミナカタの母であるヌナカワヒメもその一人だ。
権力、美食、女。
男として手に入れたいものは大体手に入れたと言えるだろう。
最後こそ理不尽な形で権力の座を追われてしまったわけだが、全体としては恵まれていたと言えるのではないだろうか。
もっともここまでいくらかオオクニヌシの悪口も並べてしまったが、この男の“あらゆる生き物を癒す術”はなかなかのものだ。
今回の戦いでも実に多くの人命をその術で救った。
また本人の言うところによれば、まだ誰にも見せたことがない秘密の薬も持っているとのことだ。
戦いに関していえば今回は実際に戦うことはなかったが、本人によれば力にも一定の自信があるらしい。
“
もっともこの男にミカヅチ並みの戦闘力が期待できるとも思えない。
やはり戦闘時の主な役割は癒しの術を中心とした後方支援だろう。
いずれにせよ、この男とは今後も長い付き合いになっていくのだろう。
次にスクナビコナだ。
こやつはカミムスヒ殿の息子としてオオクニヌシの元に常世の国からやって来た。
生まれてから今に至るまでまったく大きくなっていないが、どうも今後もそうらしい。
そしてオオクニヌシの元ではかなり気ままに暮らしていたらしいが、高天原に来てもその点はあまり変わっていない。
いつも無邪気で明るい永遠の子供、スクナビコナのことをわかりやすく説明するならこんなところだろう。
こやつの天性の魅力は常に周囲の雰囲気を明るくしてきた。
もっともあまりにも自由に振舞いすぎて、周囲を困らせることも少なくないが。
このスクナビコナの特技として最初に挙げられるのは、なんといっても人間以外のものと意思疎通が図れることだろう。
今回も鳥と会話できる点が大いに役に立った。
それ以外にも特筆すべきはずば抜けた手先の器用さだ。
こやつはスセリヒメが裁縫用に使っていた針を刀の代わりに使っているが、その鞘はスクナビコナ自身がわらを加工して作った物だ。
今回の戦いでは鳥の背にまたがって、こちらの指示をサルタヒコたちに伝える役目を担った。
今後も意外な場面でこやつが活躍することがあるやもしれぬ。
まだこのスサノオも知らない力を秘めている可能性もあるヤツである。
最後にミナカタ。
この男を一言で評するならやはり“未熟者”ということになるのだろう。
今回の戦いでも鬼を討ち損じた上に、人命を危険にさらした。
そのことでミカヅチには厳しく叱責されたらしい。
確かにミナカタが悪かったことは事実だが、ミカヅチの怒り方は“頭ごなし”という表現がぴったりの類のものだったようだ。
これで出雲での一対一の戦い以来、もともと悪かった両者の関係はさらに悪化したことだろう。
とはいえ、ここまでミナカタの未熟ぶりを指摘してきたわけだが、それは必ずしもミナカタ本人だけのせいではないとこのスサノオは見る。
それはこの男の生い立ちから自分が得た結論だ。
ミナカタはオオクニヌシとヌナカワヒメとの間に越の国で生を受けた。
十歳で母が失そうしたために出雲のオオクニヌシの元に移り住んだ。
ただしこの出雲での生活はミナカタにとって恵まれたものではなかったらしい。
出雲ではオオクニヌシの“正妻”スセリヒメの意向が強く働いていた。
そしてスセリヒメは継子に当たるミナカタを快く思っていなかった。
そんな妻の心情を察してか、オオクニヌシはスセリヒメの子コトシロヌシほどにはミナカタに愛情を注ぐことはなく、ほとんど放置していたらしい。
そんな父にも義母にも疎んじられたミナカタに出雲で積極的に接しようなどという者はせいぜいスクナビコナぐらいのものだったようだ。
つまりミナカタは出雲では“よそ者”として孤立したまま日々を過ごしていたわけだ。
オオクニヌシは出雲を栄えさせた男ではあるが、子育てに関しては完全に失敗したと断言していいだろう。
ミナカタがいまだに未熟者のままとどまっているのも、オオクニヌシがなんらこの息子に教育と呼べるものを施さなかったことにも間違いなく原因がある。
本人から直接聞いたわけではないが、ミナカタはそんなオオクニヌシに対してわだかまりを抱いているかもしれない。
ミカヅチにオオクニヌシ、この男はこの先人間関係で苦労するかもしれない予兆がすでにある。
そんなミナカタだが唯一と言っていい特技に弓がある。
持っている弓矢は“
それをオオクニヌシがさらにミナカタに譲ったというわけだ。
オオクニヌシがミナカタにしてやったことの中では、出雲で養ったことと並ぶ数少ない“親らしいこと”と言っていいだろう。
その腕前の方は主に出雲にいたころ、野山を駆け巡っての狩猟で磨いたものらしい。
もっとも残念ながら今回の戦いでは鬼を“射抜く”には至らなかったわけだが。
今の段階でのミナカタを評価するなら、残念ながらミカヅチ以下他の者たちに比べて数段劣ると言わざるを得ない。
ただしこのスサノオに言わせれば、この男は“未熟”ではあっても“無能”ではないと思っている。
何しろミナカタはかつて出雲で一時代を築いたオオクニヌシと、越の国の水の女神ヌナカワヒメの血を引いているのだ。
その血脈から生み出される潜在能力はこの程度のものではないはずだ。
今後のこの男に必要なのは経験、それも何らかの成果を挙げること、つまり成功体験というやつだ。
成功こそが真の意味での自信に繋がり、それこそが今は停滞してしまっているミナカタに本当の飛躍をもたらすに違いない。
この男のように伸び悩んでいる者こそ、ふとしたきっかけで急成長したりすることがあったりするものなのだ。
この後の戦いの中でミナカタがそんなきっかけを自らの手でつかみ取ることを今から願わずに入られない。
(…それにしても…)
それにしても、…である。
これほど一癖も二癖もある連中がこの高天原によく勢揃いしたものである。
この六柱の神々をこれからどうやってまとめていくのかと考えていると、今から頭が痛くなる。
これからのスサノオには外敵のヒルコと鬼たちのみならず、内輪の者たちとの関係も―アマテラス、タカギらとの関係も含めて―難しい問題になっていくのだろう。
そんな自らの、高天原の行く先に思いをはせながら、スサノオはぼんやりと遠くに映る中津国の遠景を見つめるのだった。
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