第12話「弟子入り志願」



「んー……」


 放課後の教室。今日の授業中に作った魔術式を眺めながら、碧は首を捻る。

 どうもうまくまとまらない。狙った効果自体は出るだろうが、もっとシンプルな形にまとめられる気がしてならなかった。


「何してるの……って、それ今日の授業中に書いたの?」

「まぁね」

「……授業聞かなくて大丈夫?」

「大丈夫だから聞いてないんだよ」


 少し呆れた声を出す秋葉にそう返すと、碧はペンで紙をコツコツと叩く。

 登校して初日で完全にやる気のなくなった碧は、授業時間を魔術の研究に使っていた。


「たしかに、烏野君なら大丈夫か。というか、それなんの魔術?」

「対放射線に特化した障壁を作る魔術だよ。でも、なんか気に入らない」

「ふーん……難しい魔術なの?」

「発動するように作るの自体は難しくないんだけど、効率化する方が難しくて」

「そっちじゃなくて、使う方の話」

「使う方? 魔術使うのに難しいも何もないよ。ああ、式を覚えにくいとかはあるか」

「……やっぱり、すごい」


 秋葉の知る魔術とは、一つを習得するのにも時間がかかるものだ。

 魔術式や魔法陣を覚え、それを魔力で正確になぞれるように練習する。それを繰り返し、体に馴染ませるのだ。難しくないどころか、かなり難易度は高い。

 それをさも普通かのように言う──魔法使いとして魔力制御能力が優れていることの証明だろう。


「ねぇ、頼みがあるんだけど、いいかな?」

「僕に?」

「うん。弟子にして欲しいなって。どうしても強くなりたいの」


 それは、秋葉の本心。

 強くなりたい。目的のために、強さが欲しい。

 入学してすぐ、話す機会があった隼也やほかの教師陣にも弟子入りを志願したが、忙しいからと断られてしまった。

 でも、彼ならあるいは。

 そんな淡い期待を持って、秋葉は頭を下げた。


「お願いします! 何でもするから!」

「……へぇ」


 碧は呟くようにそう漏らすと、頬杖をついて秋葉の方を見た。


 ──魔眼を使われている。


 なんの確証もないが、秋葉はそう思った。

 全てを見透かすような瞳。薄く笑っている表情。一つも乱れない魔力。

 それらを目にした秋葉は、思わず一歩後ずさった。

 本能的な恐怖心を感じてのことだったが、それを理解するより前に碧は口を開く。


「弟子はちょうど募集してたところなんだよ」

「じゃあ!」

「でも、誰でもいいってわけじゃないんだ。僕の時間だって無限じゃない。無駄になりそうな相手にものを教えるなんてしたくないからね。

 うーん……じゃあ、質問をしようかな。その結果次第では弟子にしてあげるよ。

 君はどうして僕の弟子になりたいのかな? なんで強くなりたいのかな?」


 柔らかい口調のはずなのだが、秋葉は何故か詰問でもされているような圧力を感じていた。

 しかし、言葉が詰まるほどの圧力ではない。


「わたしは、少しでも多くの魔物を殺す。そのために強くならなきゃいけないの。だから、強い烏野君の弟子になりたい。

 ──せめて、色々強くなる方法を教えてほしい」


 何の迷いもなく、そう言い切る。

 そんな秋葉の様子に、碧はあからさまに落胆した様子を見せた。


「そんなことだろうと思ったけどさぁ……うん。不合格」


 やれやれ、といったふうに首を振りながらそう言う碧に、クラスに残っていたクラスメートの視線が刺さる。

 当然碧は気にも留めない。


「なんで!?」

「だってそんな考えじゃ教えても無駄になるだけだし」


 魔物を殺すために強くなる。

 なるほど、たしかに素晴らしい目標だ。悲しい過去でもあればさぞいい美談になるだろう。

 だが──それだけだ。

 そんな考えでは早死にすることだけだ。魔物を殺そうと無理に突っ込んで袋叩きに遭う。無理した結果集中力を失って不意打ちを受けて倒れる。魔物を倒そうという意志が強すぎれば、引く判断に支障をきたす。それではすぐ死ぬだけだ。

 自分の持つ魔術の知識を伝えるという目的のためには、弟子には長生きしてもらわなくてはならない。だから、長生きできなそうな弟子はいらない。


「高瀬さんなら弟子にしてもいいかなって思うけどね」

「ボク!?」


 席に座ったまま復習をしていたがシリアスな話の気配を感じ急いで帰ろうとしていた鈴は、急に自分に矛先が向いて思わず大声を出す。

 自分に集まるクラスメートからの視線──特に、秋葉からの視線は特別強い気持ちが込められていたが──を受けて、首をブンブンと左右に振り自分は関係ないとアピールをする。


「……たしかに、鈴ちゃんには勝てないと思うけど、それでもっ!」


 クラスでの模擬戦で秋葉が勝ち越しているのは、ひとえに鈴が不慣れな戦法で戦っているからだ。

 本来、碧相手にしたように近接戦闘に持ち込む戦闘を得意とする鈴だが、それでは秋葉との模擬戦にならない。そのため、普段の模擬戦では中遠距離での魔法の撃ち合いのみで戦っていた。


「んー、別にどっちが強いからとかって理由じゃないんだよね、もっと精神的な問題だから」

「熱意はあるよ!」

「そういう問題じゃないんだよ」

「……ボク、帰っていいかな」


 なんとなくその場を立ち去りにくい鈴は思わず遠い目をしながらそう呟く。

 ただ帰ろうときただけなのに何故か巻き込まれてしまった。なんというか、昨日から厄日が続く気がする鈴であった。


「っ!! わたしはっ!」

「ちょっと熱くなりすぎだ。落ち着け」


 廊下から聞こえてきた低い声に、クラス中の視線がそちらを向く。

 秋葉が慌てて視線を向けると、そこには全学生の憧れの的、『英雄』野口隼也の姿があった。


「野口さん……」

「碧に用があって来たんだが……おいお前、弟子くらいとってやったらいいじゃねえか」

「い、や、だ」

「昨日も言ったが、将来有望だと思うぞ?」

「昨日も言った通りの理由で嫌だ」

「……だがな、まともな理由も言わずに断って適当にあしらうとか、不誠実にも程がないか? せめて、条件付きで弟子にするとか」


 隼也の口から出た妥協策に、碧は少し考える。

 そして、はぁとため息をついた。


「わかった。わかったよ。隼也には借りがあるし。

 折衝案として、条件を満たしたら弟子にしてあげるよ」


 両手を上げて降参アピールをした碧は、秋葉に向き直ると指を2本立てて条件を口にする。


「一つ、魔法を学ぶ理由について、僕の納得する理由を挙げること……もちろん、本心からの言葉じゃないと認めない。

 二つ、僕の興味がそそられるような魔法を使ってみせること。

 本当はどっちも満たして欲しいけど……まぁ、どっちかを満たせたらオーケーしてあげよう」

「お前、それ」

「わかった。その条件で」


 碧の求めた条件に抗議しようとした隼也だが、それを遮るように秋葉が話す。


「その代わり、弟子になれたらちゃんと教えてくれるよね?」

「もちろん」

「なら頑張るね! 鈴ちゃん、練習に付き合ってよ!」

「え……うん、わかった」


 全力で断りたかった鈴だが、秋葉の目に宿る熱意に負けて頷く──正確には、断るのが怖かったからだが。

 ずるずると引っ張られていく鈴を見送った碧はため息を吐くと隼也に目を向ける。


「で、用って何?」

「ああ、忘れてた。ここじゃアレだから、ちょっとついてきてくれ」

「オーケー。じゃあみんな、また明日」


 教室に残っていたクラスメートにそう言い、碧は隼也に着いていく。

 そうして着いたのは昨日も来た校長室……ではなく、正門前に付けられた黒塗りの高級車だった。


「野口様、お待ちしておりました」

「すまない、少し遅れた。で、こいつが俺の話した代理人だ」

「待って、状況が掴めない」

「話は車の中で話してもらえ。俺は別の仕事がある」

「ちょっと待って、もしかして隼也の仕事押し付けられて──」

「ほら入れ」


 碧よりも身長も体格も大きいのをいいことに、首根っこを掴まれて後部座席に放り込まれる碧。

 すぐに車は出発してしまい、碧は見るからに不満そうな顔をする。


「はぁ……仕方ない、切り替えよう。

 で、僕はどこに連れて行かれるんですか?」

「山です」

「山?」

「はい。具体的にはここから車で30分ほどの距離にある山です。そこに強大な魔物の存在が確認されたのですが、ちょうど対処可能な人材が出払っていまして。野口様に協力を要請したところ、『いい代役がいる』と」


 バックミラー越しに向けられる実力を探るような目線に、碧は舌打ちをする。

 魔物討伐は専門じゃないというのに、面倒だ。


「あいつ……今度会ったら殴る」

「あはは、野口様と仲がよろしいんですね。失礼でなければお名前をお聞きしても?」

「……そちらは?」

「失礼しました。私は魔法魔術省の羽田はねだ雄一郎ゆういちろうと申します」

「ご丁寧にどうも。烏野碧です。魔術師の方とお話しするのは久しぶりなので緊張しますね」

「……よくお分かりになりましたね」

「特技だと思っていただければ」


 ただ単に魔眼で魔力制御能力を見ただけだ。魔法使いと魔術師では漏れる魔力が少し違う。

 とはいえ、その種明かしをする気はないが。


 会話の少ないまま車を走らせること30分ほど。山の中腹で車は止まり、運転をしていた羽田が車を降りる。

 碧はそれに続いて車を降り──顔を顰めた。

 辺りに漂う魔物の気配。魔物の発する瘴気が碧には見えてしまう。


「これは──」

「もう少し先に魔物がいるはずです。今探査の魔術を放つので……」

「馬鹿っ!」


 珍しく碧は強い言葉でそう叫ぶと、一瞬で魔法を構築する。

 目標は、羽田の後ろに迫る人間ほどのサイズの狼型の魔物。

 イメージするのは空気の刃。土を地面から持ち上げる時間も水を生成する余裕もないため選択したそれは、狙い通り魔物の頭を切り裂いた。

 紫色の液体を撒き散らしながら魔物は倒れる。頭から紫色の液体を被った羽田は、一瞬キョトンとした顔をすると、後ろを振り返って──途端に情けない悲鳴を上げる。

 もう一体魔物がいたのだ。

 それも当然と言える。基本的にこの程度のサイズの狼型の魔物は群れで連携して戦うことが多い。一体で行動するタイプの狼型魔物はもっとサイズが大きいのだ。


「うわぁぁぁあああああ!!」

「止まれっ……チッ」


 静止も聞かずに走り出した羽田は、山を降りようとしたのか半ば転がるように斜面を駆け降りる。

 それを魔法で引き寄せて止めようとしたが、魔物の・・・数が・・多い・・せいでうまく魔力の制御を奪えない。10メートル以内ならば問題ないが、走り出すのが想定外に早いせいで20メートルは離れてしまっている。それだけに集中すれば引き寄せることもできるだろうが、見えないところから隙を窺っている魔物もいるのでそちらにも気を配らないといけない。


(気付いてて車で相手の縄張りに乗り付けたわけじゃなかったのかよ……警告しておけばよかったか)


 そう、碧はもっと早い段階で魔物の存在に気づいていた。だが、羽田が気づいていないことに気づいていなかったのだ。


「うがぁぁぁぁあああ!! や、やめてくれ!! 痛い、いっ」


 姿の見えないところで羽田の叫び声が聞こえる。

 おそらく、魔物に食べられてしまったのだろう。魔物は魔力を多く持つものを喰らう。というのも、あいつらは基本的に魔力に飢えている。その理屈はまだ完全には解明されていないが、魔力を多く持つ人間や動物などを見かけると見境なく襲い掛かる。それが魔物というものだ。


「──────」


 古代魔法語での弔いの言葉。日本語とはまるで違う、祝詞のような不思議な響きを持つ言葉は誰に聞かれることもなく森の中に溶けていく。

 ──さて。


「やるか」


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