第13話「範囲攻撃」


「やるか」


 ポツリとそう呟いた碧は、後ろから飛びかかってくる魔物に対して土の壁を構築する。

 ガツンと鈍い音がして魔物の勢いが止まる。碧がスッと指を動かすと、それだけで正面の魔物が真っ二つになった。

 全方向に炎を浴びせることができれば早いのだが、森の中でそれをしたら大惨事になりかねないし、延焼きたときに消火するのも大変なのでやりたくはない。

 まぁ、火でなくても範囲攻撃はできる。


 わざわざ後ろに壁を作ったのは、少しだけ時間を稼ぐためだ。碧が魔法を使うのにかけた時間はおよそ2秒。同じ規模の魔法を他の魔法使いが使おうとすれば10秒以上かかるのを考えればかなり短い時間だが、碧からすれば隙が大きい魔法だ。

 足元から黒い水が溢れ広がる。発動の瞬間背中側の土壁を壊したため、それは文字通り全方向に広がっていった。

 山の中腹なので斜面の片側は上り坂なのだが碧の魔法は重力など関係なく広がっていき、文字通り全てを飲み込む。

 味方にも当たりかねない魔法ではあるものの、唯一近くにいた人間はもう死んだ。魔眼でそれ以外の人間の魔力が周辺にないのは確認済みだ。


 流れる時は水のように、魔物に当たると粘性を持つそれは一度捕まえた相手を決して離さない。

 そうして全ての魔物を捕らえた碧は、魔法を維持したままもう一つ魔法を放つ。

 それは雷を発する魔法。本来ならば相手のどこに当てるかなど細かく考えるが、相手を水で捕らえている以上そんなものはいらない。若干の塩分が入るようにイメージして構築した水は、普通の水よりも電気を伝えやすい。


「ギャウウン!?」

「ガアアアアア!!」


 感電する魔物の声に、葵は顔を顰める。

 人間でなくとも叫び声は聞いていて楽しいものではない。

 やがて、何の音も聞こえなくなってから碧は二つの魔法を解除して溜息を吐く。

 魔物と木が電気で焼かれた臭いが鼻をつくが、碧は魔法で風を操ってその匂いを遮断する。

 そのまま斜面を下っていくと、30メートルほど離れた場所に転がる羽田の死体へ辿り着く。

 水魔法の範囲ギリギリだったのだろう、雷の影響で多少焦げてはいるものの原型は保っていた。おそらく、あの魔物は体を噛みちぎって殺した後、残っている碧を倒すために一度放置したのだろう。味方が戦闘中なのに食事はしなかったというわけだ。

 ともかく、そのおかげでなんとか死体は元の形を保っていて、それが羽田だと一目で分かった。


 碧は無言でスマホを出すと、隼也に電話をかける。

 3コールの後、面倒そうな声で「もしもし」と聞き慣れた声が聞こえてきた。


「魔物って狼のやつで合ってた?」

『ああ? そこまでは知らねえが……案内のやつに聞けねえのか?』

「死人と話す方法があるならぜひ知りたいものだね」

『……死んだのか』

「腰でも抜かしてくれたら助けられたんだけど」

『手の届かないとこまで逃げたのか。運がないな。

 今どこだ? 俺の方から代わりを派遣しよう』

「転移魔術で帰れるから迎えはいらないよ。死体も持ち帰るけど……本当に狼もどきが目的の魔物だったのかわからないからさ。その情報が欲しいな」

『……そんなことも話さずに死んだのか、そいつ』

「移動時間で説明してくれると思ってたんだけどね」

『わかった。今から連絡してそのあたりを聞いてみる。位置情報を送ってくれ。何かわかったらこっちから連絡する』

「オッケー」


 そう言って電話を切ると、スマホで位置情報を送る。

 暇な時間ができたので、魔眼で辺りを見回して魔物がいないかを探る。


(木とか空気中の魔力が邪魔でいつもより見えにくい……まだなんかいるような気がしなくもないんだけどなぁ)


 それは魔法使いの勘というべきものだ。確証はないが、よくない気配がする。

 だからこそ碧は警戒を解かないし、常に魔法を準備している。


 その状態で待つこと30分。スマホが鳴り、碧はワンコールで電話に出た。


「なんかわかった?」

『狼型って言ったか?』

「うん、そうだけど……死体の写真撮って送ろうか?」

『写真はいらない。

 端的に言おう。お前が倒したのは今回討伐目的だった魔物とは違う。というか、本来そこは魔物を警戒するエリアじゃない』

「だからこの人こんなに無防備だったのか。でも、周囲の雰囲気とかどう見てもやばいんだけど。魔物多発地域の感じがする」


 15年前の日本に時折発生していた、偶発的魔物多発地域──要するに、魔物が多く出現するエリア。そこに雰囲気はそっくりだった。


『ああ、だからおかしいんだ。そこは本来魔物多発地域の外のはずなんだ』

「え、今って魔物多発地域消さないの……って、そうか。わざと残すことで魔物の発生エリアを固定してるのか」

『そうだ。15年前とは魔物の数が違いすぎるからな。特定の範囲に固定した方がコントロールしやすい』


 魔力がただ集まっただけで魔物は生まれない。魔力の中でも人間の負の感情を帯びたものが集まることで魔物になるのだ。

 そして、魔力には木などの自然物に集まる性質がある。つまり、森や山によく集まるのだ。

 なので、わざと森や山に魔物を出現させるポイントを作ることで、負の感情を帯びた魔力の総量をコントロールする。

 15年前までは空気中の魔力が少なかったので現れたそばから殲滅する方が良かったが、魔力の多い現在ではそうしては手が回らないようだ。


「なるほど……つまり、ここまで魔物多発地域が広がってるのは想定外だと」

『ああ。だから気をつけろよ。広がらないよう間引きしてるのにも関わらず広がったということは何かがあるってことだ』

「わかってるよ。じゃあ、ちょっとこの辺り探索してみようかな。原因見つけたらどうにかするよ」

『そうしてくれると助かる。動かせる戦力がいなくてな』

「まかせろ〜。ちなみに、僕が討伐する予定だった魔物の特徴って何?」

『それが、どうも形容し難い容姿みたいだ。黒い泥が固まったような見た目だという報告はあるが……』

「正体探るわけじゃないしそれさえわかれば十分。

 そうそう、死体は放置して帰るから、後で回収お願い。終わったら電話するからそれまで人をこの山に入れないようにね」

『わかった。健闘を祈る』

「誰に向かって言ってんの?」

『そりゃもちろん、15年のブランクがある魔法使いだ』

「生憎、肉体的にはもっと短いブランクだから問題ないよ。じゃ、またかけ直す」


 碧はそうやって電話を切ると、山の上の方へ視線を飛ばす。

 斜面の下側よりも魔力濃度が高い。やはり、もう少し上の方に何かいるのだろう。

 碧は羽田の死体を放置したまま斜面を上がっていき、車の捨てられているところよりもさらに上へ向かう。

 途中で現れる魔物は全て一瞬で吹き飛ばし、前へ進む。

 そうすること15分ほど。碧の魔眼がそれを捉えた。

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