第11話「魔術的視点故の見落とし」



 隼也に連れられ着いたのは高校からほど近い、大学に隣接した病院の一室。

 ガラス越しに防護服に身を包んだ医師や看護師が歩き回るのが見え、絶え間なく回復魔術が行使されているようだ。


「で、あの人がどうしたの?」


 ベッドの上。皮膚という皮膚にガーゼが当てられた人間らしき物体を指差しながら、碧はそう言う。


「碧に見てもらいたいのはあの人だ。どうだ? 呪いの形跡とかあるか?」

「んー、ざっくりた感じ何もないかな。詳しく見るから、その間に詳細教えて」

「ああ。2週間前、彼が街を歩いてると唐突に現れた魔法使いに謎の魔術を使われた。

 すぐに体に不調をきたして入院。かけられた魔術の詳細は不明。

 容態は、皮膚が剥がれ落ちる、消化器系や内臓の出血、白血球の異常な減少、意識障害などなど。

 できる限りの検査や魔法・魔術を使ったものの悪化を遅らせる程度の効果しか得られず。

 で、俺に協力要請が来たのが昨日。まぁ、ダメ元だったんだろうな」

「なるほど。それで僕を呼んだのか」

「ああ。調査の結果だが──強力な呪いを行使されたと考えている。ただ、その形跡を誰も発見できていない。だから、直接それが視えるお前を連れてきたんだ。

 で、何かあったのか?」

「結論から言うと、何もなかった。

 魂に異常はあったけどおそらく肉体が壊れるのに引っ張られて壊れ始めてるだけだから、それが原因だとは考えにくい。

 魔術の痕跡もなし。呪いももちろんない。

 しかしこの症状……」


 碧はそこまで言うと、ガラス越しに男の体をじっくりと見て、「やっぱり」と呟く。


「何か分かったか?」

「昔魔術に応用できないかと思って調べたくらいで専門知識もないし、多分なんだけど……急性放射性障害とかかなって」

「放射性障害……だが、特に異常な線量が観測されたと言う情報は……」

「ああっ!!」


 その二人の話を聞いていた医師が、そう声を上げて椅子から立ち上がる。

 それに碧と隼也の視線が集まると、それをいいことに医師は興奮した様子で二人に近づいてきた。


「魔術で生み出された放射線による攻撃なら、その後何も検出されない!」

「詳しくないからわからないけど、おそらくそうだと思います」


 医師の言葉に、碧はうんうんと頷く。

 そして、自分の考えを伝える。


「そうだとするなら、核細胞の遺伝情報が破壊され尽くしているので、それを元に効果を発動する回復魔術はほとんど効果ないでしょうね……あったとしても限定的だと思います」


 現代の科学知識を取り入れながら発展してきた魔術。それは回復系統も例外ではなく、DNAが発見されて以降は回復魔術にそれを判定する部分を組み込んだ。

 その結果、従来の魂の状態を元にしていた魔術よりも効率が何倍も増したことで回復魔術にの使用者がグッと増えた。


「……あれ?」

「今度はどうした?」

「どうして異世界から回復魔術が来た設定なのに、DNAを基準にした回復魔術になってるの?

 そんなすぐ改良できたってこと?」

「あぁ……もともと異世界には回復魔術はなかったんだよ。だから地球人が開発したってことにして、元から地球にあった回復魔術を繁栄させた」

「なるほど」


 二人は魔法で他の人に声が聞こえないようにしつつ、そんな会話をする。

 碧は少し考えてから、「なんか紙ある?」と尋ねた。


「今度は何だ?」

「隼也の話聞く限り、ほとんどの人はDNA基準の回復魔術しか知らないみたいだからね。魂を基準にして肉体を修復する方の回復魔術を教えてあげようかと。

 たぶん、倒れてすぐとかならこっちの回復魔術かければ一瞬で治ると思うし。即死したり、魂壊れてからだと無理だけど」

「なんで……ああ、そうか。放射線でDNAが破壊されても、魂をもとにした回復魔術なら関係ないのか」

「DNAも魂に保存されてる情報の一つだからね。肉体と一緒にDNAも修復されるはずだよ」


 二人がそんな話をしている間に、碧が受け取ったペンは誰が触れているわけでもないのに動き回り、紙に魔術式を記す。

 書き終わったそれを手に取ると、隼也に押し付けた。


「適当に言って誰かに渡しといて。あの人、今忙しそうだし」


 ブツブツと独り言を言う職員に目を向けながら、碧はそう言う。

 碧の話がかなり衝撃だったようで、ずっとあの調子だった。


「ああ。わかった。一つ頼みがあるんだが、放射線を放つ魔術への対策はどうしたらいいと思う?」

「んー、まぁ普通に防御すればいいと思うよ。壁作るとか、力場を作るとかさ。即死さえしなければさっきの魔術でどうにかできるし」

「そんな雑な……」

「そうは言っても、対策とか無理なんだよね」


 とにかく守れとしか言いようがない。

 明確な対処法があれば既に向こうが先手を打っているだろうし、そもそも防御もできないような不意打ちをされたら、どんな対策もほとんど無意味だろう。


「まぁ、即死さえ避ければどうにかなるし。犯人を捕まえることが一番の対策じゃない? 目星ついてないの?」

「ああ……証拠があるわけじゃないが、とある犯罪者集団が関わっていると予想している」

「犯罪者集団……潰せばいい?」

「世界中に拠点があってな。国内を潰しても海外から流れ込んでくる。モグラ叩きみたいなものだ。

 あいつらは、自らを解放者リベレイターと名乗っている」

「へぇ、なんでそんな名前を?」

「なんでも、『現代の奴隷のように魔物と戦わされる魔法使いたちを解放する』らしい」

「……それでなんで魔法使いを殺すの?」

「俺ら権力のある魔法使いが、他の魔法使いを虐げていると思っているとのことだ」

「はへー」

「……気をつけろよ。俺とお前が一緒にいるところを何人も見てる。いつターゲットになってもおかしくない」

「僕を誰だと思ってるの? そんな心配はいらないよ。むしろ襲われた時には、犯人の首を持って帰ってあげるよ」

「まじでやめろ。処理がだるいんだから」

「あははっ、流石にしないよ。頭重いから持って帰るの面倒だし」


 面倒じゃなかったらやりかねないあたり碧のことを信じきれない隼也だが、それでもその実力だけは信じている。

 試合ならまだ勝ち目も十分にあるだろうが、殺し合いになったら隼也は碧に勝てる気がしなかった。

 『英雄』と呼ばれる隼也がそう思えるくらいには、碧は優秀な魔法使いなのだ。


「はぁ……とりあえず帰るか。情報共有はすんだしな」

「明日も学校あるしね」

「たしかに。頑張れよ、学生」

「頑張るほどのとこでもないね」


 一応国内でも最高峰の魔法を学べる高校に通う人間の言葉とは思えないが、「まぁ、碧からすれば退屈だろうな」と隼也は納得して苦笑を浮かべた。



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