第10話「なんだあれ」
「いやー、烏野くんすごかったね」
着替え途中の秋葉は、隣のロッカーを使って着替えているクラスメートの
やひろはそれに頷くと、素直に称賛の声を出す。
「正直目で追うのが精一杯だったよ。鈴ちゃんの攻撃防いだ時には驚いちゃった」
「だよねだよね! いやー、わたしもああいう魔法使いになりたいな〜」
明るく話す秋葉につられてか、ほかの女子生徒たちも話の内容が碧の話題へと移っていく。
ドイツ人の血が入っているのだという整っている顔立ちや、魔法の実力。ひいては隼也との関係など、編入生の話題は尽きない。
「正直、びっくりしました。あそこまで強いだなんて」
「わたしもびっくりしたよ。強いとはわかってたけど、でも足も出ないんだもん。どんな訓練したらああなれるんだろうね?」
話に入ってきたソルフィーに、秋葉は笑いながら答える。
強いとは思っていた。でも、3人いれば勝てるとは言わなくても惜しいところまではいけるのでは、とも思っていた。
それがどうだ。結果として、赤子の手をひねるようにやられてしまった。
悔しい。表に出さないようにしているが、かなり悔しい。
だが同時に希望も見出していた。
「ねえソルフィーちゃん、後で烏野くんにお願いしに行かない? たまにでいいから指導してくださいって。絶対強くなれると思うんだよねー」
「それはいいですね。教えていただけるかは分かりませんが、ぜひ──」
「なりません、ロンメール様」
二人の和気藹々とした会話を遮るのは、クラスメートであり侍女でもあるリンセ・フローリア。
彼女が緑色の髪を結びながらそう言うと、クラスの視線がそこに集まった。
「もう、リンセちゃんはつれないなぁ。別に──」
「中堂様。あの烏野という生徒は異常だと思います。あまりにも、強い」
人を斬り殺すような目つきと声色に、更衣室の空気が冷え込む。
だが、ソルフィーの身を案じる侍女は止まらない。
「正直言って怪しいとまで言えるでしょう。編入である点もそうですし、15歳という若さにしてあの実力──工藤先生に並ぶやもしれません。ソルフィー様、どうかあの者と過剰に接するのはおやめください。クラスメートとしてならまだいいでしょう。間違っても、何かを教わったりなどはしない方がよろしいかと。
中堂様も、悪いことは言いません。世話役といった程度に留めておいた方がよろしいと思います」
そう言われてしまうと、秋葉としては反論できない。
たしかに、怪しいのだ。
その知識も、この学校に編入してきたことも、その実力も。
それは認めるから、秋葉はそこに反論するつもりはない。でも、一つだけ訂正しなければいけないことがある。
「リンセちゃん、たしかに烏野くんは怪しいかも。うん、だいたい言うことは合ってると思うよ。でも、ひとつだけ違う。
烏野くんはきっと、工藤先生よりも強いよ」
魔力を視て、実際に戦ってみて感じた。
おそらく、彼は工藤先生よりも強い。
それどころか、
「わたしは、絶対に強くなりたい。そのためには、強ささえあれば教わる相手が怪しくても何者でも構わない」
リンセの鋭い目に怯みもせず、秋葉はそう言い切る。
しばらく無言の時間が続いたが、やがて秋葉はパッと表情を変えると、ちょうど着替え終わった鈴を捕まえる。
「ねえ鈴ちゃん、一緒に烏野くんに弟子入り志願しない? 授業中にあんなに熱心に話聞いてたし、興味はあるんでしょ?」
後ろから抱きつきながらそう言うと、鈴は迷惑そうな雰囲気を出して言い返す。
「もちろん、興味はある。でも、やめておいた方がいいと、ボクも思う」
「……鈴ちゃんもそう言うの?」
「うん。魔力制御の練習とかはボクが付き合うから、秋葉も烏野はやめといた方がいいよ」
鈴は、最も尊敬する魔法使いである自分の父とのやりとりを思い出しながらそう言う。
彼女としては、それは純粋な忠告だ。でも、秋葉は納得しないだろう。それはわかっている。
でも、友人として言わねばなるまい。
「あのね、父さんが言ってた。強い魔法使いは、たいていどこか壊れてるって。だから、やめといた方がいいって。
近づきすぎると、自分まで壊されちゃうよ」
もちろん、鈴だって烏野に色々なことを教わりたいとは思っている。
でも、父親から碧と必要以上に関わらないように言われており、鈴自身もかなり警戒していた。だから、彼女を全力で止める。
しかし──案の定というべきか、秋葉はいつも通りの顔で笑いながら、こう言うのだ。
「心配しすぎ。だって、烏野くんはただのクラスメートだよ?」
その言葉を信じれる者はその場に誰もいなかったし、秋葉本人ですらもはや信じてはいなかった。
◆ ◇ ◆
「なんだあれ」
授業が終わり、他の生徒が着替えている間に隼也に連れられて校長室までやってきた碧は、高級なソファーに遠慮もなく座ると開口一番そう言った。
「どれのことだ?」
「全部だよ、全部。座学も実技も、魔法と魔術の最高峰の学校を名乗るレベルじゃないでしょ、あれ」
「……お前ならその場で騒ぐかとも思ってたが、ここに来るまで堪えてくれてよかったぜ」
「これから3年近くクラスメートになる予定だからね。波風立てる必要もないよ」
「その割には大暴れしてたが」
「隼也が好きにしろって言ったんじゃん。というか、あの程度で何を……って、見てたの?」
視線を感じなかったと驚く碧だが、俊哉が指差した先にあるモニターを見て納得する。
「あー、カメラあったんだね」
「試験の時に録画して採点する用だが、ここに繋いで観れるようにしてもらっている」
「それは便利なことで。まぁ、見てたなら分かると思うけど、あれはほんと酷いよ。
5歳児でももっとマシな魔法を使う。それくらい酷い」
「でも見込みのあるやつはいたんじゃないのか?」
「比較的……としか言えないかな。マシだったのは中堂さん、高瀬さん、ロンメールさんの3人だけ」
あまり詳しく話す気もなかったのでそこで言葉を切った碧だが、隼也はまた違う意見を持っていたらしい。
「そうか? 中堂秋葉は魔眼があるから今から魔力制御力を鍛えても伸び代があるだろうし、高瀬鈴の魔力制御はあの年にしてはある方だし近接戦闘の心得もある。ソルフィー・ロンメールは聖女と呼ばれるだけあって回復魔法のセンスがずば抜けている。
どれもいい人材だと思うが?」
「確かにいい人材かもしれないけど、弟子にするほどじゃない」
そう言い切る碧は、授業での様子を思い出しながら話す。
「ただまぁ、あの中から1人選ぶとすれば高瀬さんだろうね。近接戦闘特化なのは良くないけど、基本的な魔力制御の力はあるし伸び代もありそうだ」
「残りの2人は?」
「まず、ロンメールさんについては魔力制御能力も戦闘力も足りないし、それを欲してる様子もなかった。回復魔法の才能があるって話だったけど、僕は苦手だし教えられないから関係ない。
それに……僕、彼女の従者らしき人に睨まれてるみたいだからね。我ながら怪しいし仕方ないとは思うけど」
その発言を聞いて、隼也はあちゃーという顔をする。
ソルフィーの従者がいることは知っていたしその性格も把握していたのだが、碧が1日でそこまで警戒されるとは思っていなかった。いや、想定してはいたが、それを表に出す子ではないと思っていた。
「……じゃあ、中堂秋葉はどうなんだ?」
「ダメだね。魔眼を使いきれてない」
「それが伸び代だろう?」
「伸び代なのは否定しない。
……そうだね、正直に言おうかな。あの気持ちが気に入らない」
「気に入らない?」
そう首を傾げたのは、隼也の知る限り秋葉がそれほど碧に嫌われるタイプには見えなかった。
揉め事が起きてもうまく捌き、表情豊かで平和主義。それでいて、魔法について直接自分に教えを乞うほど真面目。碧が気に食わないと言うのが理解できなかった。
「あの人はたぶん、魔法が好きで学びたい訳じゃないね。何かを成し遂げる手段としか思ってない。
あれじゃ早死にするよ」
魔法を使って成し遂げたいことなどたいていが戦闘に関するものだ。建築や魔法を組み込んだ装置の開発に興味があるなら魔術を学ぶべきだし、あれだけ貪欲に力を求める説明がつかない。
ならば、秋葉が魔法を使ってしたいことは何かを殺すこと、もしくは何かを壊すことなのだろう。
碧の知る限り、そんな動機で魔法を使うやつは長生きしない。
「……そんなタイプには見えなかったが」
「僕には視えたけどね」
秋葉の持つ強さに対する貪欲さが、魔力の動きを通じて人の感情をある程度推し量ることのできる碧には視えていた。
そして、そう言われてしまっては隼也としても納得せざるを得ない。
黙ってしまったのを見て、碧は話を戻す。
「まぁ、高瀬さんにはなぜか警戒されてるからね。弟子にするとかそう言う話はもう少ししてからかな。もしかしたら他に掘り出し物があるかもしれないし。
……で、用件はそれだけ?」
「いや、実は違う。一人、お前の目で視てほしい人がいる」
「新しい教員でも採用するの?」
「違う違う……まぁ、詳しくはその場に着いてから話すさ。来てくれないか?」
「隼也には世話になってるからね。それくらいはしようかな。で、何でどうやって行くの?」
「車で5分もかからないから心配するな。行き場所は……病院だ。
とりあえず着いてきてくれ」
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