第9話「模擬戦と反省会」


「始めっ!」


 刹那。

 秋葉の『槍』という言葉とともに放たれた氷の槍が手から飛び出していき、しなやかな体に魔力を纏わせた鈴が岩の剣を持って突撃し、ソルフィーの足元から生えた大量の蔦が襲いかかる。

 前もって話し合っていたのだろうかと思うほどの見事な連携。

 だが、発動の予兆すら読み取る目を持つ碧からすれば、あまりにも遅い。


「今までの人に比べれば……ね」


 それに比べれば、まだマシなのだけれど。

 碧はそう呟きながら、2つの魔法を行使する。

 一つは、全てを焼き払う青い炎。それは氷の槍と蔦に取り付くように発生すると、氷をあっという間に蒸発させ、蔦を灰にする。

 そして、もう一つは空気の壁を作る魔法で、ちょうど碧に向けて剣を振るう鈴の前に生み出されたそれは、すでに勢いをつけて振りかぶっている状況では避けられない。

 キン、と高い音がして剣が止められ、想定外の衝撃に腕が痺れる。


「やばっ!」


 思わずそう呟いた瞬間、空気の壁が押し出されて鈴を轢く。咄嗟に後ろに飛び退いたのであまりダメージはなく、壁は2メートルほど動いたところで消滅した。


「大丈夫ですか!?」

「よそ見しない!」


 心配するソルフィーに鈴から返ってきたのは警戒を促す言葉。

 はっとして碧の方を見ると、下を指差していた。

 それに釣られて下に目を向けると、地面がひび割れていき、ソルフィーの足元に地割れが生まれる。

 重力に従いそこに落ちかけたソルフィーを、あらかじめ魔力を視て察していた秋葉が魔法を使って引き寄せることで助けた。


「戦闘で魔力を視るのは上手いのに……もったいないね」

「何を……っ!?」


 突然自分の眼前に発生した魔力に驚き一歩下がるが、間に合わない。

 凄まじいスピードで生成された魔法は、真っ白な鳥の羽根を大量に生み出す。

 そしてそれは秋葉の視界を一瞬隠した。

 秋葉にダメージはないが、突然味方の姿が羽根で見えなくなったソルフィーは、それを除去するために魔法を使う。

 その2人に横槍を入れさせないためだろう。体に張り巡らせる魔力量を少し落としたことで生まれた余剰分の魔力を用いて大量の石の礫を撃ち出しながら鈴が突撃する。

 しかし、石の礫は碧が視線を向けるだけで勢いを無くしてその場に落ちた。

 それくらいはするだろうと思っていたので動揺はしなかった鈴だが、急に何かに体が引っ張られ、対応しきれずバランスを崩す。

 魔法で体を前に引っ張られたのだと気がついた時にはすでに遅い。想定よりも前に流れた右足は、魔法で生み出されたほんの少しの窪みを踏む。咄嗟のことで身体は追いつかず、そのまま転びそうになる。それを抑えるために左足を前に出すものの、なぜかスポンジでも踏んだような感触がありそのまま足首まで地面に埋まる。

 結果、ボフッと間抜けな音を立てて、鈴は派手に転んだ。

 碧の魔法で地面を柔らかくしておいたので怪我はしていない筈だが、急に転んではすぐに起き上がることもままならない。ましてや、地面は柔らかく手足の踏ん張りが効かないのだ。

 もたついている間に、碧はその背中に手を押し当て、動けなくする。


「ちょっと待ってね」


 軽い調子で碧はそう言うと、ちょうど羽根を吹き飛ばした鈴とソルフィーの方に注意を向ける。

 やっと碧の方を見た2人は地面に押し付けられる鈴を見て目を剥くが、その隙を見逃す碧ではない。

 吹き飛ばされただけで消えていなかった羽根をもう一度操り、今度は2人を取り囲むように動かす。

 広げた分密度は下がり、周囲を見渡せないというわけではないものの、今度は目隠しが目的ではない。魔力のリサイクルが目的だ。

 羽根は一瞬で球体に姿を変えると、それらは2人の体に向かって動く。

 我に返った秋葉がそれらを吹き飛ばそうとするが、近距離で発動済みの魔法を迎え撃てるほど、秋葉の魔法は早く発動できない。

 大量の球体は2人の体に取り付くと、それぞれが繋がり、その姿を鉄の鎖へと変える。

 2人は瞬く間にぐるぐる巻きにされ、動くことができなくなった。

 工藤が開始を宣言してから、わずか1分ほど。

 クラスの中でも強かった3人が一蹴されたことに、クラスメートたちはざわめく。


「先生、終わりでいいですか?」

「はい。全員行動不能により、烏野君の勝ちです」


 それを聞いた碧は鈴の背中から手をどけると、鎖の魔法を解除して秋葉とソルフィーを解放する。


「足首とか痛めてない?」

「……大丈夫」


 悔しい。そんな顔をする鈴だが、碧から差し出された手をとって立ち上がる。


「正直、驚いた。対応される前に倒そうって思ってたのに」

「その作戦は悪くなかったと思うよ」


 碧が対応できたのは、彼が常に防御用の魔法を使えるよう準備しているからだ。

 想像しないと何もできない魔法使いにとっては、素早い物理攻撃への対処は必須といえる。そのための準備が生きたということだ。


「わかってたけど、烏野君強いね……手も足も出ないってこういうことを言うんだって勉強になったよ」

「……正直、侮っていました」


 あははと笑いながら近づいてくる秋葉と、それとは対照的に驚き半分訝しさ半分といった表情のソルフィー。


「っていうか、あの魔法どうやったの? 急に魔力でてきてびっくりしたんだけど!?」

「あの魔法って……あ、これのこと?」


 碧が少し考えた後に指を差しながらそう言うと、5メートルほど離れた場所で羽根が生まれ、宙を漂う。


「そうそれ! いつの間に撃ち出したの!?」

「撃ち出す? 撃ち出してないけど」

「え!?」

「え?」


 何かが噛み合っていない。

 そう思った碧は、ちょうど近づいて来ていた工藤に視線で助けを求める。

 すると、工藤は苦笑を返す。


「魔法を体から離れた場所で使うのは、常識じゃないんですよ」

「……まじか」


 むしろ、魔法使いの戦闘で一番大事なのは離れた場所に魔法を出現させることだというのに。

 手元で魔法を発動させてそれを飛ばして攻撃したところで、それが着弾するまでに空気抵抗などで減衰するし、対応の時間を与えることになる。相手の魔力が支配する領域を通過するだけでも魔法の威力は削がれてしまうのだ。

 なので、魔法使いの戦闘はいかに相手の近くで魔法を使い、相手の魔力が支配する領域を削り取るかに限る。

 と、そこまで考えたところで碧は一つの結論に至った。


「あー、そっか。遠くの魔力を制御できるほどの操作能力がないのか。だから手元で撃ち出すしかない」

「魔力操作を教えてはいますが……積み重ねですからね。もっと小さい時から練習しておかないといけませんね」


 それはその通りだ。なんでもそうだが、幼い時から始めた方がより結果は出やすいもので、逆に歳を取ってから始めても結果は出にくい。プロのスポーツ選手は大半が幼少期からそのスポーツをしているのを想像するとわかりやすいかもしれない。


「えっと、つまり……?」

「ああ、ごめんごめん。僕の魔法の話だったね。

 なんて言ったらいいかな。まず、君たちが自分の近くでしか魔法を使えないのは、魔力制御能力が足りないからなんだよ。

 僕くらいの制御能力があれば、数メートル程度なら手元と同じ感覚で魔法が使える」


 実際に碧が魔法を発動できる範囲はかなり広い。周囲の魔法使いの数と質にもよるが、何もない空間だとすると頑張れば100メートルほど離れてる場所でも使える。


「なるほど……勉強になる」

「高瀬さんは師匠にその辺教えてもらってなかったの?」

「ボクの父さんは近接戦闘上等の脳筋タイプだから……」

「ああ、そもそも遠くで魔法を使う必要がないのか」

「って、なんでボクに師匠がいること──あ、そっか。魔法制御能力」

「一人だけ上手かったらわかりやすいよね」


 近接戦闘タイプなら、的に近いところに自分もいることが前提になるので、わざわざ自分から離れたところで魔法を使う意味がない。

 なので、鈴の父だという人物はそのことを教えなかったのだろう。


「って、そうだ。工藤先生、僕たちこうして話してていいんですか? 授業中ですよね?」

「ああ、言ってませんでしたか。全員の模擬戦が終わったらそれぞれ対戦相手と反省会をやるんですよ。今はその時間なので」

「反省会か……それはいいですね。反省と研究こそが魔法と魔術には重要ですから」

「私たちの戦闘で、何か他に気になったところはありましたか?」


 ずっと黙っていたソルフィーが碧にそう尋ねる。

 碧は少し考えると、口を開いた。


「ロンメールさんは、魔法の練度は悪くないと思うよ。ただ、植物っていう動きの遅い魔法の起点を自分の足元にしてるせいで、余計相手に対応の時間を与えちゃってるよね。

 あと、判断をもう少し早くするといいかな。僕の地割れの魔法とか、中堂さんに使った羽根の魔法への対応が遅れてたからね、そこが課題かな」


 自分の判断で飛び退くなり魔法で足場を作るなりして対処していれば、その分秋葉の手が空いて攻撃の余裕を作れただろうし、秋葉が羽根に囲まれた時にもっと早い段階で魔法を使っていれば、鈴と碧が一対一になる時間も短くて済んだだろう。鈴の作った隙を利用できたかもしれない。


「対応の遅れ……それは先生にも言われましたね。どうしたら上達しますか?」

「魔法で攻撃され続ける、とかかな。当たったら痛いから必死で防御するようになるし、座学で学ぶよりも効率がいいと思うよ」

「……危険では?」

「模擬戦しておいて今更じゃない?」


 碧に言わせれば、魔法の練習なんて危険に決まっている。この学校の学生には、その意識が足りないのではと碧は思っていた。


「まぁ、そんなところかな。

 二人にもなんか言った方がいい?」

「お願い」

「じゃあまずは高瀬さんからだね。

 体に流す魔力も戦闘の進め方もよかったと思うよ。ただ、体に近いところからしか魔法を使えないのが残念かな。たとえば自分は正面から突っ込みつつ、相手の真横から魔法を撃って二方向から攻撃するとか、本命の攻撃を隠すとか、戦闘の幅が広がると思う。近接戦闘の練習より、遠距離からの練習の方が必要かも」

「やっぱりそうなんだ。最近、秋葉との模擬戦の時はそうしてたから。

 でも、今日の負け方はあんまりそれ関係なかった気もするけど。近づいたのに負けたし」

「まず、近接戦闘側は相手に対応の隙を与えちゃダメなんだよ。だから、突っ込む時にも細かく魔法を撃って相手に対応を強いることで、近接戦闘への備えをさせないのが大事。

 魔法使いに近づくってことは、地雷原に近づくのと同じだからね。あらかじめ地雷を爆発させるために先行して魔法を撃つか、そもそも仕掛ける時間を与えないかのどっちかが必要だね」

「なるほど……ためになる」

「ならよかった。

 で、中堂さんに関しては……うん、僕の魔法を先読みしてロンメールさんを助けたのはとてもよかったかな。ただ、全体的に魔法の発動が遅いのと、なんの魔法を使うかを口に出してるのが良くないかな」


 自覚があったのだろう、秋葉は恥ずかしそうな顔で頷く。

 その後も、碧は時間いっぱいまで3人の質問に答えていった。

 ──とあるクラスメートから感じる警戒するような視線はわざと無視して。



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