第8話「1対3」
第一魔法競技場。
この学校にある施設の一つで、雨の日でも使えるよう屋根だけつけられた半分屋外で半分屋内のスペースである。
床は直しやすさを考慮して土で作られており、範囲外に魔法が飛ばないように強力な結界が構築されている。
異世界もののラノベでは、たいていこういうところには負傷しても死なないような仕掛けが施されているものだが、現実にはそんな都合のいい魔術などない。普通に死ぬ可能性はある。
だからこそ学校指定のジャージは魔法に対する耐性が強い素材で作られているし、回復魔法が使える教員も近くに控えている。
「あ、担当工藤先生なんですね」
「はい。こう見えても結構強い方なんですよ、私」
「視れば分かりますよ」
「……そういえばそうでしたね」
碧の魔眼のことを思い出して、工藤は苦笑する。
この少年は自分の力などお見通しなのだと思うと、妙に恥ずかしい。
「あ、そうだ。僕まだジャージ届いてないので今日は見学します」
「いえ、烏野君ならそのままで構いませんよ。服汚すこともないでしょうし」
それはそうなのだが、ジャージを着るルールなのにそれを破ってもいいものなのだろうか、と碧は一瞬考えたが、参加していいと言うのだからそうさせてもらおう、と開き直る。
流れのまましばらく二人で談笑していると、段々と人が増えてきて、昼休みの終わりを告げる鐘がなる直前には全員が競技場に揃っていた。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか。あ、烏野君は戻ってください」
「はーい」
碧は素直に下がると、どこに並べばいいかわからなかったので、とりあえず一番後ろに並んでおいた。
「では、戦闘魔法基礎の授業を始めます。
本日は、予告していた通り模擬戦闘をしていただきます。
ルールは、決められた範囲から出たら負け、死亡につながるような攻撃魔法は禁止。審判──私が止めたらすぐに魔法を解除すること。時間は一試合5分まで。組み合わせは私が指定します。
まぁ、とりあえずやってみましょう。実践でこそ人は成長しますから」
工藤はそう言うと、地面を強く踏みつける。
すると、足元が1メートルほど盛り上がって簡素な戦闘エリアを作り出す。
「烏野君、念のためフィールドに結界を張っておいてください」
「はい」
「ありがとうございます。では、まず最初は──」
相性や強さなどを考慮して作った対戦表を見ながら、工藤は名前を読み上げる。
呼ばれた生徒は前に出ると、フィールドに入っていく。
「では──始め!」
その合図と共に、戦闘を始める二人。
「【アロー】!」
「【ウォール】……【アイスランス】」
炎の矢を水の壁で受け止め、カウンターとして氷の槍を生成して射出する。
「っ!」
放たれた氷の槍をギリギリで回避すると、「【ファイアボール】!」と叫んで火の弾を射出する。
そんな一連の戦闘を視た碧は、思わず「うわ」と声を漏らしてしまう。
「何? どうかした?」
いつのまにか近くに来ていた秋葉は、碧の顔を覗き込みながらそう尋ねる。
「いや、思ったより……なんて言うのかな、レベルが低──うーん、うまい言い方が見つからない」
流石に低レベルと言うのは憚られて、碧は頭を悩ませる。
だが秋葉に言いたいことは伝わったようで、苦笑いしながら同意する。
「まぁ、正直微妙だよね。現役で魔物退治してる魔法使いとレベルが違いすぎて不安になるもん。弱いのはわたしもなんだけどさ。
どうしたらいいと思う?」
「僕に聞く?
うーん、そうだな……」
立っているのが疲れた碧は、魔法で木の椅子を二つ生み出すと、一つに腰掛ける。
秋葉に椅子を勧めると、おずおずと腰掛けて体重を預けた。
「色々言いたいことはあるんだけど、一番は魔法を口に出すな、ってところかな。
わざわざ口に出すなら呪文言って魔術使えばいいし」
魔法というのは、思うだけで発動するものだ。想像を魔力によって具現化するといってもいい。
決まった効果しか出せない魔術と違って、柔軟にさまざまな現象を引き起こすことができるというのが強みである。
だが、使う魔法を口に出すことによって、その言葉にイメージが固定されて柔軟性を失ううえ、相手に対応の猶予を与えることにも繋がる。
「でも、口に出した方が安定するよね?」
「まぁ、脳内で魔法の完成品をイメージするより、口に出してイメージを固定化する方が楽なのは間違い無い。
でも、実戦では口に出すような余裕ないし、そんなことしてたら次自分が何するか言ってるようなものだよ」
「たしかに、言葉でいろいろ言ったら対応しやすいね」
「そゆこと……あ、終わった」
視線の先では、ちょうど片方の生徒が膝をついていたところだった。
当たる直前で工藤が防御したため双方怪我はないものの、負けた方はかなり悔しそうだ。
「工藤先生は優しすぎるなぁ」
「え、そう?」
「あんなの、当てさせればいいんだよ。殺さないように手加減しながら戦闘するのも訓練なんだから」
相手の防御に対して圧倒的な火力を叩き込んで破るのは簡単でも、破った余波で殺さない程度の威力に抑えるのは難しいのだ。
ただの火球すら人を殺すのに十分な力があるのだから、当然とも言えるが。
「でも、危ないじゃん」
「そりゃね。僕らが手にしてるのは銃器よりも強い力だよ。危ないに決まってる」
それを自覚しない方が危ない。
簡単に人を殺し得るからこそ、手加減を覚えなきゃいけないし攻撃された時の痛みを体感しなくてはいけない。
「まぁ、学校である以上難しいんだろうけどさ」
碧がそう言っている間にも、次の模擬戦が始まる。
次の対戦は近接戦が得意な二人のようで、各々武器を魔法で生み出して戦っていた。
碧はそんな戦闘をつまらなそうに眺め、6回の対戦が終わる。
残ったのは、碧と秋葉、鈴にソルフィーの四人のみ。
「さて、残りの3人はいつも通り……と言いたいところですが、今日はせっかくなので面白いことをしてみましょう」
工藤はそう言うと、残ったの4人を順に呼び戦闘エリアに上げる。
ちなみに、碧は作った椅子をちゃんと消してから移動していた。
「なんで烏野君が編入できたのか……気になる方も多いと思うので、この4人で模擬戦してもらいましょう?」
「総当たり戦ってことですか?」
「いいえ」
秋葉の質問に対して、首を横に振る工藤。
「みなさんにしてもらうのは……1対3の模擬戦です。もちろん一人なのは烏野君で、ハンデなどはなしです。いつものように、全力でやってください」
「え? 工藤先生、本気ですか?」
「本気ですよ。烏野君はそれくらいは強いので」
おそらく、私よりもね。
工藤はそう思ってもそこまでは言わなかったものの、信頼できる教師の言葉にクラスはざわめく。
訝しむソルフィーはさらに問い詰めようとしたが、残る2人の様子がおかしいことに気がつき、動揺する。
圧倒的に碧が不利な状況なのにも関わらず、いつも以上に真剣な顔つきをしているのだ。
碧の魔力制御能力を知っている秋葉とあらかじめ碧が強いことを知らされていた鈴からすればそれでも勝てる気がしなかったのだが、ソルフィーからすれば信じられないことだった。
だって、今から碧と戦うこの3人はこの学年でトップの3人なのだ。
工藤のような格上相手ならまだしも、同級生を相手にするには過剰に思えてならなかった。
「先生。本当にハンデいらない?」
「ええ、好きなようにやってください」
「じゃあ、楽しませてもらいますね」
魔眼持ちと、ゼロ世代の教えを受けた者と、異世界の聖女と呼ばれる存在。
碧もしばらく戦闘していないので、体は鈍っているだろう。それに、すぐに終わらせるのはもったいない。
「じゃあ、やろうか。先手は譲るから、ぜひ魔法で魅せてほしいな」
空気中を漂う魔力にほんの少し自分の魔力を混ぜ合わせることで、周囲の魔力を支配する。
普段は体の奥に燻っている魔力を少し表面に出すことが、碧が戦闘を始めるためのスイッチだ。
「じゃあ、3人とも準備はいいですか?」
それに、神妙な面持ちで頷く秋葉と鈴。少し困惑しながらもおずおずと頷くソルフィー。
それを確認し、工藤は口を開く。
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