第6話「噂の編入生」
「ねえねえ、噂の編入生、めっちゃ野口さんと仲良いらしいよ」
「え、マジ!?」
「マジマジ。さっき、寮から仲良さげに話しながら出てきたの見たって男子が話してた!」
「えー、転校生何者なんだろうね」
友人2人の会話を聞きながら、秋葉はわざと驚いた顔を作る。
転校生が何者か。それは確かに気になるが、彼が『英雄』野口隼也と仲がいいこと自体はあまり驚かなかった。
生まれつき魔力が見える彼女は、一つ気がついていることがある。それは、魔力のコントロール能力には同じ魔法使いでもかなりの差があることだ。
特に、野口隼也や工藤進といった実力のある魔法使いと、それ以外とではかなり漏れ出ている魔力量に差がある。秋葉はついこの前までそれを年齢による経験値の差だとしか考えていなかった。だが、それを覆すことがついこの前起こった。
まず、自分よりもはるかに魔力制御能力の高いクラスメイト──
何か特別な原因があるのではないかと思うほど体から漏れ出る魔力が少ない。自分も他の人よりはマシな自覚はあるが、彼女のはレベルが違った。高名な魔法使いほどではないが、少なくとも同じクラスの人とは比べ物にならない。
そしてもう1人。この間偶然出会い、そして偶然再会した烏野碧という存在。
その体から漏れる魔力の量は異常に少なく安定していて、彼女は目を疑った。
最高峰の魔法使い、野口隼也と同じ──いや、それよりも魔力の操作能力は高いのではないか。
はっきりいって、15歳の彼がそんな魔力操作能力を持っているのは異常だ。だから、彼の異常さに気がついた時驚きのあまり固まってしまい、ぶつかってしまった。
その後彼の使った魔法の精度も見事で、かなり好奇心が刺激されたのだが、それはグッと堪えた。
もう会うことはないと思っていたが、まさかの編入生としてこのクラスに来るとは思わなかった。
予鈴が鳴ってからのわずかな時間そんなことを考えていると、朝のホームルームの開始を告げる鐘が鳴り担任の工藤が教室に入る。
「みなさん。席についてください。クラスに編入生が来ました」
──ざわざわ。
国内でもトップレベルの人しか入れないクラスに編入生が来る。それは、あらかじめ噂や伝聞で聞かされていても衝撃的だった。
秋葉も、あの魔力操作能力を目の当たりにしなければ同じく疑問に思っただろう。だが、アレを見てしまった後では「このクラスに来るのは当然」と思ってしまう。
「では入ってきてもらいます。どうぞ」
少し間が空いて、静かに教室のドアが開けられて1人の少年が教室に入る。
黒い髪に、よく整った顔つき。少し童顔ともいえるそれは、優しそうな印象を与える。昨日、彼の祖父がドイツ人だと言う話を聞いてからはその青い目にも注目がいく。
体のラインの出にくい服を着ているので分かりにくいが体は細く見える。
碧は教室をぐるっと見渡すと、一つ息を吐いてから話し始めた。
「はじめまして、烏野碧といいます。鳥類の烏に野原の野と書いて烏野、紺碧の
趣味は魔術の研究で……一応ドイツ人とのクォーターだけど、ドイツ語は話せないかな。
ええと……」
話すことに困った碧は、チラリと横の担任に助けを求める。
すると工藤は助け舟を出す。
「彼はとある事故に遭ってしまい、この時期の編入になりました。実力に関しては十二分にあると思います。
そうですね……ちょっと時間もあるので、質問の時間にしたいのですが、大丈夫ですか?」
「それくらいなら大丈夫ですよ」
「じゃあ、質問ある人は手を挙げてください──じゃあ、
指名された男子生徒は立ち上がると、後ろの方の席だと言うこともあって少し声を張りながら質問をする。
「得意な魔法の系統はなんですか?」
「魔法の系統……?」
「どんな魔法が得意かってことです」
「あぁ、そういう……そうだね、得意不得意はないかな。回復魔法が苦手なくらいで、あとはなんでもできるよ。クラスメイトなら見る機会もある……のかな?」
──まぁ、あったとしても本気を出すほどのこともないだろうけど。
そう心の中で呟く碧だが、表面上はにこやかなままだ。
先ほどクラスを見回してわかった。1人だけ魔力の制御が比較的上手い人がいるものの、それ以外は皆素人レベルだ。
1人だけ上手い人がいるといっても、あくまでも普通の域を出ない。
まぁ……その『普通』というのは、碧がやらかす前の世界における基準での話なのだが。
「そうですね。クラスで模擬戦闘をしたり魔法の披露会などもあったりします。
クラスの皆さんも、烏野君の実力は楽しみにしておいてくださいね。
じゃあ、他に質問ある方……はい、
「はーい! 好きな食べ物はなに?」
「えっと……栄養ゼリー」
「……ちなみに、どうして?」
「食べる時間短くて済むから、かな」
その回答に若干クラスの空気が凍ったものの、碧は特に気にすることなく「他に質問ある人?」と次を促す。
それからいくつかの質問に答え、時間になったので工藤から指示された席に座る。
15人しかいなかった特級クラスの席は4かける4になるように並べられており、ずっと最後列の廊下側が空席だった。そこの空いた席に碧は腰掛ける。
唯一隣に座るのは、昨日会話をした秋葉だけ。
「わたしがお世話係というか、いろいろ教える役だから、よろしくね」
「こっちこそ、改めてよろしく。……前の席の君も、よろしくね」
「…………うん」
肩越しに視線を向けられていたので一応前の席の女子にもそう言ったのだが、そっけない態度を返されてしまう。
「あー、
「……別に、そういうわけでは」
「いやいや、十分気難しいでしょ」
と、そんなふうに話しかけてきたのは近くに座っていた別の女子。
自由時間となり、いつのまにか碧の周りには人が集まっていた。
「なあ、今度一緒にカラオケ行かね?」
「連絡先交換しない? クラスのグループがあって──」
「今日の魔法技術基礎の時間、おれとやらないか?」
「趣味が魔術って魔法使いにしては珍しいね!」
「ソシャゲとかしてたりする?」
「ちょ、いっぺんに来られても困るから……」
大勢に詰めかけられてパンクしかかっている碧だが、人の勢いは止まらない。
目線で助けを求める碧だが、秋葉は「あちゃー」という顔をするばかり。
魔法使いは自由な性格の人間が多いので、こうなってしまっては止められないと秋葉はわかっているのだ。
「あー、えっと……」
仕方がない。腹を括って一つずつ処理していこう。そう決めて声を出そうとした瞬間誰かに手首を掴まれ、咄嗟に魔力を操り迎撃の態勢をとりかける──が、掴んできたのが前の席に座る女子だと分かると、それを抑える。
「あの……?」
「ちょっと、この人借りるね」
「え、ちょ! お世話係はわたしなんだけど!?」
後ろからそんな声がするが、女子生徒は気にせずぐいぐい碧を引っ張っていき、やがて人気の少ない階段の踊り場で足を止める。
「ありがとう。助かったよ。中堂さん止めてくれないんだもん」
「後ろでうるさくされるのが嫌だっただけ」
女子生徒は変化の少ないながらもうんざりした表情でそう言う。
身長は低めで、145センチメートル程度だろう。表情の変化の少ない顔に、肩よりも少し下くらいの長さの癖のある黒髪。華奢な身体や顔の系統などから、碧は黒猫を連想した。
「それでも助かったよ。ええと……名前は?」
「……
「よろしく、高瀬さん……なんか僕の顔についてる?」
「あぁ、いや。もっと自由人かと思ってたから」
「これでも緊張してるからね。少ししたらもっとやりたい放題すると思うよ」
「そう……そろそろ教室戻ってもいいかも。あなたがいなくなればすぐ熱も冷めるだろうし」
「そうだね。精神安定の魔術まで使ってくれてたみたいだし」
「……さすがだね」
「ん? 何が?」
「なんでもない」
首を傾げる碧だが、鈴に答える気がないのがわかったので聞き出すのは諦めることにした。
大方の予想はついているし。
「じゃ、戻ろっか。高瀬さんとはこれからも仲良くしたいし」
「……ボクの方はそんなに仲良くしたくないけど」
「前後の席だし仲良くやろうよ」
──だって、君
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