第5話「ゼロ世代」
寮の使い方についていろいろ学び、寮食を食べて入浴まで済ませた後。碧は1人寮の自室で段ボールの山を開封していた。
「ふう、面倒くさ」
服を適当にクローゼットに入れ、本は備え付けの本棚に並べる。教科書は机の近くに段ボールのまま放置し、その他の雑貨はいい感じに配置した。
2時間ほどして大体の作業が終わった碧は、改めて割り当てられた部屋を眺める。
一人暮らしには十分なワンルームの部屋。床はフローリングになっていて、小さめながらも冷蔵庫とガスコンロ、電子レンジなどは備え付けてある。バスルームとトイレは一緒になっているが、大浴場があるのでここのバスルームを使うことはあまりないだろう。
「あー、疲れた」
パジャマに着替えた後、そう呟いてベッドに飛び込む。
適度な柔らかさが碧の体を優しく迎え、ポスッと間抜けな音を立てた。
(しかし……本当に優秀な子が集まってるのか? 見たところ、そんなに優秀そうには見えなかったけど)
たしかに、魔法使いの段階で魔術師よりは才能
しかし、ここが国内で最高峰の魔法学校だと言われてもあまり納得はできなかった。
彼の魔力を視る目を使えば、相手のある程度の力量を知ることができる。
全ての人間は無意識のうちに魔力をある程度体から放出してしまう。しかし、魔力を操る練習を進めるにつれて、段々とその量が少なくなっていく。これは、技量が上がることで無意識下での魔力操作能力も上がることが原因だ。
つまり、無意識のうちにどれくらい魔力が出ているかを視れば、だいたい相手の実力がわかるのだ。
碧に言わせれば、この学校で今日見かけた人の大半は、魔力操作能力が小学生レベルだ。
秋葉などマシな人もいるにはいたが、それも五十歩百歩といったところ。
この時代の教育では魔力を操る練習はあまりしないのだろうか。
(この前ショッピングモールにいた一般人たちよりはマシだけど、その程度だし……まぁいいや。問題は魔術の方だ)
この学校で、持てる自分の魔術の知識を誰かに叩き込むのだ。
異世界と地球を繋げた碧だが、不老不死ではない。いつか死ぬし、その時までに最低限ゲートの管理をできる程度の知識を誰かに身につけてもらわないと困る。死んでからゲートに何かあった時に、そのままゲートが閉じてしまったら。きっと、様々な良くないことが起きるだろう。
そうならないために、その知識を誰かに与えなければならない。
自然な技術の発展を待ってもいいが、それでは碧が死ぬまでに間に合わないかもしれない。
(だから、一番魔術に理解のある人に教えたいんだけど……魔法使いと魔術師、クラス別なのか。困ったな。
魔術の知識量ではおそらく魔術師クラスにいる人たちの方が上なんだろうけど、僕の魔術を使うためには魔法を使えないといけないからなぁ……まぁいいや。明日授業受けて考えよう。もしかしたら、何か特殊なやり方が生まれてて、魔力制御なんて必要のない時代かもしれないし)
碧は明日の自分に色々なことを丸投げすると、ダンボールの山から本を引き寄せて無造作に開いた。
◆ ◇ ◆
朝。制服のないこの高校では、私服で登校することになる。
黒いズボンに白いシャツ、青いカーディガンを羽織った碧は、寮食を食べた後に一度自室に戻っていた。
「参った。時間割からじゃどの教科書かわからん」
持っていく教科書の準備をしたい碧だが、教科書の入っていた段ボールに同封されていた時間割からでは、どれがどの科目で使う教科書なのかわからないでいた。
クラスメイトの連絡先は知らないし、これはどうしようもないかもしれない。
「まぁ、最悪今日は教科書なくても……ん?」
部屋のドアがノックされ、碧の意識がそっちへ向く。
碧の魔眼が捉えたのは、よく知っている魔力──校長であるはずの、隼也のものだった。
「どうぞ! って、鍵閉めてたか」
碧は立ち上がると、ドアまで歩いて行きガチャリと無警戒で開ける。
隼也は、「よっ」と右手を挙げると、碧の部屋を覗き込む。
「いくらお前と言えど、1日で物が散乱するような事態にはならねぇんだな」
「まだ段ボールに入ったままのものもないわけじゃないしね。で、どうかした?」
「ああ。何か困ってねえかと思ってな」
「ああ、ちょうど困ってたんだよ。今日使う教科書わからなくて。時間割はあるんだけど、特に魔法系の科目はどの授業でどの教科書とか資料使うのか予想もつかないし」
「あー、時間割見せてみろ。っと、この時間割なら今日使うのは──」
校長として一応把握していたのだろう。隼也が淀みなく答えると、碧はテキパキとそれらを鞄に仕舞う。
お礼を言った碧に、隼也は適当に手を振って応える。
「で、あとなんか困ってるか?」
「寮食、なんか量多くない?」
「それは作ってるおばちゃんに文句言え」
「それもそうだね」
「ほかに困ってることもないみたいだし、そろそろ行くぞ。職員室に行って担任にお前のこと紹介しねぇと。場所わからないだろ?」
「助かるよ」
碧は鞄を持って立ち上がると靴を履き、隼也に続いて廊下に出る。
鍵をかけると、隼也と並んで歩き始めた。校長(しかも背が高い)と並んで歩く姿は人目を引いたものの、2人ともそれを気にすることなく寮を出て校舎へ向かう。
歩くこと数分。昨日訪れた校舎の1階にある職員室に来ていた。
「
ドアを開けて隼也がそう言うと、近くに座っていた1人の教員が立ち上がって近づいてきた。
30代半ばに見える彼は、メガネをクイっと上げると隼也に視線を移す。
「はい、どうしました……ああ、その子が
「ああ。この前話した通りだ。実力は……俺が保証する」
「どうも。烏野碧です」
「これはご丁寧にどうも。私はここで魔法を教えています、工藤
どう言う意味だ。そんな疑問の意味を込めて、隼也のことを見る。すると隼也は少し屈んで、碧に耳打ちした。
「……こいつはゼロ世代なんだよ」
「なにそれ」
「ああ、教えてなかったな。
……どこから話したものかな。まず前提として、『異世界衝突』の影響をうけて魔法や魔術に目覚めた人を第一世代と呼ぶ」
「異世界衝突……ああ、僕が起こしたアレ、そう呼ばれてるんだったね」
「そうだ。で、異世界衝突の時にまだ幼く、物心ついた時には魔法や魔術が身近にあったのが第二世代って呼ばれてる」
「で、元から魔法とか魔術を使えたのがゼロ世代……なるほどね」
なら碧のことを知っていてもおかしくはない。昔から彼は少々有名だったし、それでなくとも彼が異世界衝突の原因だと知っているだろうし。
となると、碧として気になるのは工藤が自分のことをどう思っているのかだ。
そんな碧の目線に気がついたわけではないだろうが、彼はにこやかな笑みを浮かべ他の人には聞こえないような声量で囁く。
「後でこっそりあの異世界ゲートの魔術式を教えてください。前仕事で解析したことあるんですけど、半分以上読めなかったので気になっちゃって」
「あー、なるほど……」
碧としては別に教えてもいいのだが、政治的な問題もあるかもしれない。
そう思って返事を濁し隼也を見た碧。それに気づいた隼也は、苦笑いをしつつも頷く。
「じゃあ、今度お教えしますね。基本的な転移の術式をいじっただけですけど」
「本当ですか? ありがとうございます!
っと、そろそろ教室に向かいましょうか」
予鈴が聞こえた工藤は、腕時計を見てからそう言う。
「もうそんな時間か。ああそう、言っておくが……」
隼也はそこまで言うと、声のボリュームを落とす。
「変な気は使わなくていい。好きなようにやれ」
「そんなことしてクラスで浮かない?」
昔の魔術や魔法しか知らない碧は、それを気にする。
しかし、隼也はそれを鼻で笑うと、馬鹿にしたように言う。
「お前はどのみち浮くから気にすんな」
「ひどい……」
「今までのお前の行いを振り返れ。やばいことばっかしてるくせに」
「否定できねぇ」
異世界に行こうとして世界を巻き込んだことはその「やばい」エピソードの筆頭だろう。それ以外にもいろいろやらかしているのだが。
「まぁ……適当にやるよ」
「おう、頑張れよ、学生」
「そっちこそ頑張ってね。校長先生」
お互いに茶化すようにそう言うと、一通り笑ってそれぞれの行き先に向かう。
「本当に仲良いんですね」
「隼也とですか? まぁ、長い付き合いですから。小さい頃から知ってますし」
「野口さん、あんまり友人がいないようなので意外で……」
「あー……僕も隼也もあんまり友人作るタイプじゃないですからね」
「烏野君もですか? 人当たりいいですし、ちょっと意外です」
「基本的に自由人なので、あんまり人と近づくと色々面倒なんですよ。それに、家の問題とかもあって」
「家……ああ、烏野君のお祖父さんは
「僕自身は家も財産も継がないはずなんですけどねぇ。いろいろ面倒で」
ドイツの名門魔法使い一族のアーネルト家。その血を継ぐ碧には、それゆえの面倒ごともいくらかあった。
「その点、隼也と僕の立場は少し近いですね。向こうも割といい血筋のせいで苦労してて。だからこそ、友人になったんですけど」
「そんな理由が……と、着きましたね」
大半の人が既に教室に入っていて人気の少ない廊下を歩くこと2分ほど。辿り着いたのは昨日もきた1-1の教室。
「先に私が入るので、碧君は呼んだら入ってきてください」
そう言い、教室に入っていく工藤。
その背中を見送り、碧は真剣な顔つきで考える。
──第一声、何にしよう
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