第4話「偶然の再会」



 『第一魔法魔術高等学校』

 魔法や魔術が必要とされる世界に変わってすぐ、日本政府が予算を惜しみなく投入して設立した最初の魔法使いと魔術師向けの高校。

 異世界ゲートのすぐ近くに作られたそこには広大な土地と最新の魔術的な要素を備えた建物が並び、優秀な魔法使いと魔術師が指導役として勤務している。


 後に続く魔法魔術高等学校運営の為のデータ集めを兼ねて常に潤沢な予算を与えられているここは、まさに魔法魔術高校の中では最高の環境が整っているといえる。

 そんな背景もあって、ここは「最高の魔法や魔術を学べる」と有名であり、日本中の魔法使いや魔術師の卵の中でも才能が認められるものが集まっている。


「……めっちゃ広いじゃん」


 あらかじめ荷物の大半は郵送していたため、手荷物だけを携えて高校の正門前に立ち、校内案内図を眺めていた。

 ゴールデンウィーク明けの初日。他の学生たちは既に授業が始まっているが、手続きが間に合わなかった碧は今日入寮し明日から授業に合流することになっていた。


 時刻は午後4時半。案内役の生徒がそろそろ授業を終えて迎えにくる予定の時間だが、それらしい生徒の姿は見えない。

 一昨日やっと契約できたスマホをいじりながら待っていると、校舎の方から女子生徒が駆けてくるのが見えた。

 黒いショートカットに黒い目。顔つきは整っていて、大半の人は可愛いと言うだろう。身長は155センチメートルくらいだろうか。

 初対面のはずだが、碧はどうも見覚えがある気がして首を傾げる。


「お待たせ。編入生の子だよね……って、あれ? この前水かけちゃった人?」

「あー、ショッピングモールの。思い出した。この学校の生徒だったんだ」


 ちょっとした不注意からぶつかってしまった女子とこんな形で再会するとは。

 世間は狭いな、と碧は心の中で呟く。


「君が編入生だったとは……あ、わたしは案内役の中堂なかどう秋葉あきは。同じクラスだからよろしくね」

「僕は烏野からすのあおい。よろしく」


 お互いに軽く自己紹介を済ませると、あまり時間もないので歩きながら話を進めることにした。


「とりあえず今日は、教室の場所と寮に関してだけ説明しようかなって思ってるんだけどどうかな? 広すぎて1日で案内はできないし、わたしも何に使ってるのかよくわからない場所あるし」

「それだけでもありがたいよ。ほんとなんの知識もなくここに来ちゃったから」

「編入なんて珍しいよね。なんで編入になったの? あ、言いたくないなら言わなくていいけど」

「んー、いろいろあったんだよ。ちょっとした事故に遭っちゃったから」


 全然ちょっとした事故ではないし遭遇したのではなく引き起こした側なのだが、その辺の説明をするわけにもいかないので誤魔化す。

 とはいえこのような言い方をすれば何かを察するのには十分なようで、それ以上追求してはこなかった。


 歩くこと5分ほど。学生で賑わう廊下の途中にある教室の前で、秋葉は足を止める。


「ここがわたしたちの教室。1-1って覚えておけばいいよ。まだ人残ってるから入ってみようか」

「そうだね。どんな人たちがクラスメイトなのか気になるし」


 碧の返事を聞いて、秋葉はクラスの扉を開けて中に入る。

 碧も続いて中に入ると、教室中の視線が碧に向く。

 教室の中には数人の生徒がおり、うち2人は髪の色や顔つきから地球人ではないように見える。前もって隼也からクラスに異世界人がいることは聞いていたので驚かないが、それでも若干の違和感はあった。


「明日からうちのクラスに来る編入生を連れてきたよ。ちゃんと全員に紹介するのは明日になるけど」

「烏野碧です。よろしく。

 クラスのみんなが魔法使いなんてびっくりだよ」


 魔法使いと魔術師では、その才能に大きな違いがある。

 魔術師は魔力というエネルギーを魔法陣や魔術式を用いることで魔術という現象に変えて行使するが、魔法使いは魔法陣も魔術式もなしに奇跡摩訶不思議な現象を起こす。

 魔術は魔力を持つ人間なら練習次第で誰もが使えるようになるが、魔法は才能が全てだ。だからこそ、全員が貴重な才能を持つ魔法使いだということに驚いたのだが、それは冗談だと捉えられたようだ。


「ふふっ、そりゃそうだよ。1-1は魔法使いのクラスなんだから」


 ちょうど近くにいた女子生徒のその言い方は、ふざけてる人にツッコミを入れるようなものだった。

 それを聞いた碧は、どうも1-1が魔法使いばかり集められているクラスなのは常識らしいと悟る。


「あはは、そうだった。さすがに新しいクラスともなれば緊張しちゃうね……って、ショッピングモールで会った子だよね?」


 適当に誤魔化している時に、ふと目に留まった女子生徒に見覚えがあることに気がつく。

 そう、ショッピングモールで秋葉と一緒にいた女子だ。


「あの時の方でしたか。奇遇ですね」

「ほんと、まさかこんなところで会うとは……ところで、名前は?」

「ああ、失礼しました。私、ソルフィー・ロンメールと申します」

「ソルフィーちゃんは異世界の子なんだけど、日本語すごく練習したらしくてすごく上手なんだ」

「あ、やっぱり異世界出身だよね。顔つきとかからそうかなとは思ってたんだけど、日本語上手すぎるから自信なくて」

「ふふっ、ありがとうございます。でも、よく異世界人だって思いましたね? 日本人の方にはよくヨーロッパの方出身だと間違われるのですが」


 たしかに、金髪で緑の目という特徴で見慣れない顔立ちだったら、日本人ならそう思うかもしれない。


「ああ、僕実は4分の1ドイツ人なんだよ。だから向こうに知り合いもいて。どうもその人たちとは顔の系統っていうのかな? 雰囲気が違ったからわかったんだ」

「え、そうだったの?」

「うん。ほら、目が青いでしょ?」


 驚く秋葉に目を見せると、「あー、たしかに」と納得する。

 基本的には日本人らしい顔つきの碧だが、よく見れば目だけでなく顔つきも西洋の血が入っていると感じられる。


「じゃあドイツ語とか喋れるの?」

「いや、残念なことに全く喋れない。ドイツ語の単語かっこいいし、覚えたいとは思ってるけどね」


 魔法使い同士の公用語は英語でもドイツ語でもましてや日本語でもなく、魔術的な言語──古代魔術語と呼ばれるものだ。

 これは現代魔術語の元になった言語で、魔法陣などに使われている文字もこれが元になっている。

 ちなみに、何故現代魔術語ではなく古代魔術語が公用語になっているのかといえば、魔術の効率を追求して作り出された人工的な言語である現代魔術語は、ただの文章であっても魔術的な意味を持っており、うっかり魔術が発動してしまう、なんてことが起こるためである。

 何はともあれ、ドイツにいる祖父母と話すときには基本的に古代魔法語で話すため、彼がドイツ語や英語を覚える必要がなかった。


「じゃあ向こうが日本語話せるんだ」

「まぁね。祖父はドイツ人でも祖母は日本人だし」


 生まれきってのドイツ人の祖父はほとんど日本語を話せないのだが、まさか古代魔術語のことを言うわけにもいかないのでそういうことにしておく。

 それを秋葉は疑うこともなく、「へー」と相槌を打つ。


「ドイツ……たしかヨーロッパの国でしたよね? どういったところなんですか?」

「うーん……改めてそう聞かれるとどう答えたらいいか、難しいね。親戚以外の人とはほとんど話さないから国柄とかもあんまりわからないし……水が違う、とか?」

「水、ですか?」

「うまく言えないんだけど、ほんとに違うんだよ。味とか口当たりとか。そっちの故郷と日本でも感じない?」

「故郷ではあまり水は飲まないので……衛生的な問題があって、飲むとしても煮沸などしてからになるので違いと言われてもピンとしません」

「あー、そっか。まぁ地球でも水道水とかが飲める国って限られてくるもんね。異世界ならそりゃそうか」


 未だに地球上の大半の国では水道水を飲むのに適さないという。その点、ドイツと日本は水道水を飲むことができる数少ない国であると言えた。

 ……まぁ、飲めるからといってそこまで飲むわけでもないのだが。


「うーん、後なんだろうな……言語化しにくいような違いはあるんだけど、そう多くは変わらないよ。

 そっちはどうなの? やっぱりこっちの世界と結構違うものなの?」

「そうですね、まず政治体制が違いますね。こちらで言うところの『絶対王政』と『封建制』を組み合わせたような感じだと聞いた覚えがあります」

「……あんまり想像がつかない」

「まぁ、そうでしょうね……私も、民主主義と言われても実際にこの国に来るまではよくわかりませんでしたし」


 制度の仕組みは知っていましたけど、と彼女は続ける。


「それに……」

「ロンメール様、時間です」


 ソルフィーの言葉を遮って、一人の女子生徒が声をかける。

 それにソルフィーは残念そうな顔をして、「わかりました」と言って席を立つ。


「ソルフィーちゃんは今から何かあるの?」

「ええ。ちょっと偉めの人と会食に行かなくてはならず……一度寮に戻るより教室の方が近いので待っていました。

 では、また明日」

「じゃあね〜。また明日!」


 秋葉に手を振り返して、ソルフィーは一人の女子生徒を連れて教室から出て行く。


「ソルフィーちゃんは、向こうの世界で『聖女』って扱われてるらしくて、その都合でいろいろあるみたい」

「なるほど……それは凄そうな呼ばれ方だ」

「実際にすごい子だよ。

 ……じゃあ、そろそろ次のところ行こうか。時間無くなっちゃうし」

「そうだね。この学校広いみたいだから」


 他の生徒とも話してみたいが、あまり時間がなさそうなので教室から出る。

 色々と説明をされながらゆっくり廊下を歩くこと数分、案内されたのは誰もいないカフェテリアだった。


「ここはカフェテリア。立地の問題で寮と校舎の距離が結構あるから、帰らなくても済むようにあるんだ。基本的にみんなここで昼食にするよ」

「めっちゃ広い……」

「わたしたちはまだしたこと無いけど、先輩の話によるとたまにイベントとかもここでやるらしいよ」


 下手な体育館よりもよほど広い。たしかに、これだけのスペースがあればいろんなイベントができるだろう。


「ま、使い方とかは明日食べにきたときに教えるよ。じゃあ次……あー、そろそろ5時になっちゃうか。じゃあ、最後に寮に案内するよ」

「そういえば、5時過ぎに寮の部屋に来てくれって言われてたね。忘れてた」

「寮の部屋の案内とかするらしいよ。大浴場の使い方とか、寮食の時間の説明とかもあるし」

「本当は前もっていろいろ説明されるんだろうけどね……急だったし」


 そんな話をしながら、寮に向かって歩く。

 広大な敷地を持つというのは本当だったようで、なんと学食から寮まで10分以上かかった。


「じゃあ、女子寮はあっちだから。寮監室にいる人に名前言えば色々案内してくれるよ」

「わかった。ありがとう」

「わたしはただ編入生がどんなものか気になって案内役になっただけだから。じゃ、また明日」

「また明日〜」


 そんなふうに挨拶を交わして、碧と秋葉は別れた。



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