第2話「変わったところ」
……やっぱり、あの頃の面影はないな。
碧の記憶にある限りでは田舎で田畑だらけだったはずの場所だが、15年も経てばかなり変わるものらしい。
『異世界ゲート』が存在するこの地域は、異世界との交流拠点として急激に発展した。
昔はなかった鉄道や高速道路が通り、真新しいショッピングセンターやビルが立ち並ぶ。
ゴールデンウィークだということもあって歩道に人通りは多く、人混みに慣れていない碧はふらつきながら間を縫っていく。
そして辿り着いたのは、巨大なショッピングセンター。
碧が気持ちの整理をつけた翌日。彼の身元引き受け人になった隼也から「金やるから今の街を見てこい。俺はお前関連の手続きがある」と言って家から放り出されたのだ。
碧としては着いてきてほしかったが、自分の戸籍なりなんなりをグレー(限りなく黒に近いと思われるが)な手段でどうにかするために奔走してくれている相手に我儘も言えない。
隼也は代わりに案内役を用意してくれようとしたのだが、碧はどうも気まずくて断ってしまった。
だって──
「まさか隼也が結婚して子供もいるなんて」
0歳の子供をこの混み合う街中に連れて行けるものか。
ただださえ自分関連のゴタゴタで家族の時間を削ってしまっているのに、そこまであの家族に迷惑をかけるわけにもいかない。向こうは気にするなと言ってくれるかもしれないが、彼は気にする。
「んー、やっぱり物価は少し上がってるか。というよりは食料品が割高になってるって感じかな?」
魔物のせいで輸入が滞っていることが原因だろうと考えながら、フードコートを適当に歩き回る。
昼時だからか人が沢山いるフードコートはとても座れるような状況ではなく、碧は諦めて別のところを見ることにした。
向かったのは紳士向けの服屋。
15年前、魔術の実験の結果家が吹き飛んだせいで服がほとんど無くなってしまったので、生きていくために調達が必要なのだ。
隼也が吹き飛んだ跡地からなんとか回収していてくれた服を着ているが、今着ているものしかないので早急に買う必要がある。
幸いにも日本人の服のセンスは大きくは変わっていないようで、奇抜な服しかないといったことは起きていなかった。
碧は安心してそこそこの値段の服を数着手に取ると、店員に言って試着させてもらってから購入する。
その後も、別の服屋や靴屋、雑貨屋などに行って生活に必要そうなものを揃えていく。
袋を持ち運ぶのが面倒だったので、人目につかないところでこっそりとホテルの自室に転移させる。
実はこの技術はかなり高度なものなのだが、異世界への門を開く過程で転移系の魔術を研究しまくった彼にとってはさして難しい魔術でもなかった。
そうこうしていると昼の2時を回っていたので、そろそろフードコートも空いてきたかと思いそちらへ向かう。
まだ混んではいたものの、カウンターになっている席ならば座れそうだったので、適当にハンバーガーとポテト、コーラを頼んで適当な場所に座る。
パクパクと食べ進め、最後にコーラを飲もうとしたところで、空いていた隣の席に誰かが座った。
チラリとそちらを向くと、それは10代後半に見える女性で、碧の方を見ていた。
「ねぇ、君1人? 暇ならちょっと付き合ってよ」
ああ、ナンパか。
碧は心の中でそう呟くと、小さくため息を吐く。
碧の見た目はかなり整っている。少々童顔ではあるものの、中性的な顔つきは優しそうな雰囲気があるし、スタイルもいい。
本人としては、欧州の血が入っているから日本の人にはカッコよく見えるだけ、と思っているが。
「すいません。これから用事あるので」
「えー、いいじゃん。じゃあさ、連絡先交換しようよ。暇な時会お?」
「スマホ持ってないので」
「うっそだー! 本当は持ってるんでしょ?」
そう言われても、本当に持っていないのだ。
つい2日前まで意識がなかった碧は、戸籍の年齢と肉体があまりにも乖離しすぎているなど様々な問題があることから、携帯や保険などの契約はできていなかった。
なおも食い下がってくる女性にいい加減面倒になった碧は、一瞬魔法で黙らせようかとも思ったが、思ったより周囲の注意を浴びているのでやめた。
この状態で急にこの女性が黙ったら流石に怪しいだろう。危険な魔術を使ったと責められても面倒だ。
仕方なく、碧は急いでコーラを飲み干すと片付けに行こうとゴミを全てトレイに乗せて席をたったのだが──
「あっ」
ちょうどそのタイミングで後ろを通ろうとしていた人に気がつかず、ぶつかってしまった。
その拍子にその人が持っていた紙コップから水が溢れ、碧の服にかかる。
「ご、ごめんなさい」
「あー、僕の方こそすいません。後ろ見てませんでした」
ぶつかったのは、両手に水の入った紙コップを持った少女。歳は碧と同じ10代半ばくらいだろう。ショートボブの黒髪に、日本人らしい黒い目をしている。
「大丈夫ですか?
あ、濡れちゃってますね……これ、よかったらどうぞ」
と、慌てて駆け寄ってきたのは、近くの二人がけの席に座っていた金髪の少女。
彼女は自分のカバンからハンカチを出すと、碧に差し出す。
ちなみに、視界の隅で先程のナンパ女性が碧に向かってハンカチを出そうとしていたのが見えたが、それは意図的に無視した。
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です」
碧はそう言うと、両手で持っていたトレイを左手だけに持ち替え、右手を服の濡れた箇所に翳す。
それだけで何事もなかったように服は乾いた。
「あ、魔法使いの方だったんですね」
「……すご」
金髪の方はそうでもないが、黒い髪の方はかなり驚いた表情をしている。
そんな2人の反応に、碧は首を傾げた。
「2人も魔法使いですよね? 何か驚くことありました?」
その一言に、今度は金髪の方が驚いた顔をする。
「え、なんで分かったんですか!?」
「なんとなくそんな感じがしたので。ぶつかってしまいすいませんでした。では」
「こ、こちらこそ、すいませんでした」
実際はなんとなくではなくしっかり理由があって魔法使いだと判断したのだが、それは説明が面倒なので黙っておくことにして、深く追及される前に脱出しようと試みる。
「あ、ちょ! 連絡先! 教えてよ!」
「…………」
後ろから聞こえる声を意図的に無視しながら、碧は小走りでゴミ箱に向かいゴミを捨てると、トレイを下げてフードコートを出る。
さすがに今食べようとしている食事を放ってまで追いかけてくる気はなかったようで、ナンパの女性から逃げることに成功した。
「んー、どうしようかな」
最低限必要なものは買ってしまった。あと欲しいものといえば魔術の研究に使う各種道具たちだが、まだ研究場所も決まっていないというのに買うのは気が早い。
買い揃えるとなると、とりあえず買っておける量でもないし。
「お金引き出せればなぁ……」
あと欲しいものといえば定住できる家だろうか。
銀行口座には結構な額の預金があるはずだが、見た目と書類上の年齢がずれていることを指摘されると面倒なので、隼也がその辺の偽装を終えるまで何もできない。まぁ、金があってもどう見ても未成年の碧一人では売ってもらえないだろうが。
やることもないので、とりあえず何か興味を引くものがないか見ながらショッピングセンターの中を散歩する。
「魔力を使ったおもちゃか……」
玩具屋の幼児向けコーナーにあった光る球を手に取り、様々な色に光らせて遊ぶ。
魔力の揺らぎをランダムな色に変換して光らせているようで、その術式を碧はその目で視る。
ほかにも様々なおもちゃがあり、その中で面白そうなものをいくつか購入した。
ホテルに帰ったあと改造して遊ぶ予定である。満足したら隼也にあげようとも思っていた。きっとあの赤ちゃんは喜ぶだろうし。
次に、玩具屋の隣にあった魔術に使う道具を売っている店──魔道具店というらしい──に入る。
初めは入る気がなかったのだが、よく考えれば昔売っていたものがあるとは限らないことに気が付き、あるかどうか下見をしておこうと思ったのだった。もちろん、多少は購入する予定だが。
店の中に入ってまず目に留まったのは、『解明・入門魔術』というタイトルの本。
どうもどうやら近くにある魔法使いと魔術師向けの学校でも使われている教材のようだ。立ち読みしてみれば、たしかに上手くまとめられていた。
(これが異世界の魔術なのか? 現代魔術にそっくりだけど……効率を突き詰めたらこの形になるものなのかな)
表向きこちらの世界に元から魔法使いはいなかったことになっているのだから、今地球で浸透している魔術は異世界由来のものであるはずだ。
なのに、碧の知る地球の魔術系統に酷似している。
(それにしても、魔術の記述に使う文字が全く一緒とは驚いた。かつてこっちの世界と異世界で交流があったのか、はたまた魔術を使う上で最適な形がこれなのか……要研究、だね)
心の中にある『気になったことリスト』に書き込んでおく。
とはいえ、これを研究するためには様々な文献を探す必要があるし、異世界側でも色々調べなくてはならない。他にもしたい研究ややるべきことがあることを考えると、取り掛かれるのは数年後になりそうだ。
「ああ、よかった。これなかったらどうしようかと」
そう呟いて手に取ったのは、羊皮紙と万年筆。
動物由来の羊皮紙は、植物由来の紙よりも魔術の行使に向いている。
もちろん、ただのコピー用紙でも魔術の行使に問題はないのだが、どうしても発動しやすさが違うのだ。
欠点としては価格が高いことくらいだが……親の遺産がかなりあるうえ、15年前はかなり本人も稼いでいたので、羊皮紙の値段くらいでは特になんとも思わなかった。
雑にいくつか買い物カゴに放り込むと、また別のものに興味を向けるのだった。
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