第四章冬休み編 エピソード5
地下は大の大人が何とか通れる高さだった。
元々太平洋戦争時に米軍相手に総力戦を仕掛ける為に作られた塹壕だ。
少しは大きくしただろうが、それでも狭い。
それに照明も電球が等間隔に光っているだけで薄暗い。
先導している俺は警戒しながら塹壕を進む。
M4A1のフラッシュライトで先を照らし、いつでも撃てるように引き金に指を触れる。
後ろからJD部隊がついて来ている。
この部隊はほとんどが極秘で、分かっているのは組織が第一に気に入っていて、一人一人が単独で任務を成功できる程だと言われている。
装備も常に最新式、優先的に支給されるのでどれだけ贔屓にされているのか分かる。
ある程度進むと、突然照明が消えた。
「何だ?」
『気を付けろ。敵は気づいているぞ』
そうか、なら相手してやる。
全員が暗視装置を装着し、銃のレーザーで互いの照準が分かるように可視化させる。
再び動き始め、下へ下っていると細長い線がギリギリ見えた。
「足元にトラップだ」
足ぐらいの高さに手榴弾がワイヤーに繋がっていた。
俺はそれを跨ぎ、死神がトラップを解除した。
『油断できないな』
トラップをクリアし、更に奥へと足を運ぶ。
トラップの事もあり、念を押して警戒する必要がある。
スピードが落ちるのはしょうがない。
「おい。来たぞ」
「準備しろ」
小さいが、男の声が聞こえた。
味方も聞き取ったようで、一度足を止めた。
今のは日本語だな、他にも絵空に協力する連中がいるのか?
ゆっくりと歩き、銃を構える。
「おらぁ!くたばれ!」
土の壁の窪みから暗視装置を着けた男が飛び出してきて、迷わず胴体に3発撃ち込む。
男は天井にMP5Kを撃ちまくり、地面に倒れた。
仲間が殺られ、報復しようと別の男が飛び出してM3ショットガンを構えたが、撃つ前に倒した。
男の装備は防具がなく、リグを着ているだけだ。
暗視装置も旧式のアメリカ軍の物だ。取り外してみると、日本人の若い男の顔があった。
「民間人か?」
『雇われたアルバイトだろう。こんな事に手を貸す民間人は誰であろうと敵だ』
確かに銃を向け、敵意があるなら敵だと判断する。
ここからはアリの巣だ。分かれ道が幾つもある。
『迅速に動くぞ。誰がターゲットに追い付けるか競争だ』
死神が部下を分かれ道の何個かに向かわせた。
残りの2つを俺と死神で通った。
今度は素早く進むと、敵が真正面から突っ込んできた。
良い的なので2発で倒す。
今度は後ろから敵が発砲してきて、姿勢を低くする。
その時、敵が味方に撃たれて倒れた。
分かれ道が幾つもあり、また途中で繋がっているので味方の援護が届きやすい。
しかし敵もそれを利用して絶え間なく襲ってくる。
所詮は素人だから倒しやすいが、狭い空間での戦闘はこっちが不利だな。
どのルートが正解か分からず、勘で進み続けると、再び一本道になった。
まだJD部隊は到着していない。
通信は地下空間のせいで安定しない。
なので、サイリウムを置いて先に進んだ。
俺が進む道に足跡が残っている。数は2つ。急いでいるのか間隔がまばらだ。
絵空と芹香に違いない。
一本道を通り続けていると、木製のドアがあった。
ドアに耳を傾けると、声が聞こえる。
『離して!私は行かない!』
『そういう訳にはいかないんだ。祖国に復讐するなら、これしかないんだ!』
芹香と絵空の声だ。
他に人の気配はない。戦力をあのアリの巣みたいな所に削いだのか。
チャンスだ。邪魔者がいない今なら狙える。
ただ、今は芹香が人質に取られている。
無事に救出するなら、一瞬で決めるしかない。
俺はドアを強く開けて、M4A1を構えた。
「絵空!観念しろ!」
絵空は驚きながらも芹香を腕で拘束し、芹香の頭にG2
6を突き付ける。
とても早い動きだ。流石は元北の工作員だ。
「やはり来たか。もっと早い段階で始末するべきだった」
「芹香を離せ、一応お前を捕らえるよう言われてる。殺したくない」
「だとして、それに応じると?」
無理だろうな。絵空は結構プライドが高い。
ここからは駆け引きだ。絵空の隙を作る。
「オーライ、分かった。銃を下ろすよ」
M4A1とM870を真っ先に銃を地面に置く。
絵空はまだ警戒している。
腰の拳銃もナイフも捨てた。
そこでようやく絵空の余裕を作れた。
「ハハ、やはり好きな女は撃てないか」
「……まあな」
「だけどお前は裏側の人間だ。芹香とは本来関わってはいけないんだ」
「知ってるよ、俺の個人的な行動だ。その結果彼女を巻き込んだ。それについては申し訳ないと思ってる」
「蓮司君……」
まだ俺の事をその名前で呼んでくれるか。絵空に俺の事をベラベラ話されている筈なのに。
「俺はジョーカー、本名はない人間だ。人殺しや公にできない事も何度もやった。そこの絵空と似たようなもんだ」
「フフフ……」
絵空がニヤついている。もっと笑え。余裕を増やせ。
「学園でお前と会って、もし普通の生活をしていればと思う事はあった。別の道があるのかと」
「私もさ。あのまま父親が殺されなければ普通の暮らしができるのかと。でも、もうあの頃へは戻れない」
絵空が俺に銃を向ける。
最初からそのつもりのようだった。
「お前を殺し、地下へ潜っていつか復讐を果たす!この女は引き渡し、慰み物にしてやる!」
そうか。それがお前の本性か。
「芹香、目を瞑れ」
「……え?」
「終わらせる。こんな馬鹿げた復讐劇なんか」
俺は捨てたナイフを蹴って絵空に飛ばした。
絵空は咄嗟に芹香を投げ捨て、ナイフを避けた。
その隙に俺は一番近いM870ショットガンを取る。
絵空がG26を連射し、俺の胴体に何発か当てる。
9ミリでもクソイテェ……だが、
「頭を狙えよ、情報屋」
引き金を引き、銃口から散弾が放たれ、絵空の体をズタズタにした。
絵空はぶっ飛んで壁に激突した。
俺はポンプを引き、空のシェルを排出した。プラスチックの軽い音が鳴る。
芹香に駆け寄り、傷がないか確かめる。
「大丈夫か?」
そう言うと芹香が強く抱き締めて泣いた。
ようやく終わって緊張が解けたからだろう。
「バカだよ……本当に」
「悪いな。だが、これで終わりだ」
絵空はやむを得ず撃っちまったが、芹香は助け出せた。
ま、一応任務完了だな。
「マジ……計画したのに……」
俺と芹香は驚いて絵空を見た。
体は散弾で血まみれで、右腕が欠損しているがまだ生きていた。
よく見ると、赤黒くなったYシャツの下に何か着込んでいる。
「防弾チョッキか。散弾で良かったよ」
「しくったな……初めて油断した……」
絵空は工作員を辞めて、復讐の為に行動していた。
完璧に計画していたので予想外の動きに弱かった。
もう絵空の命はすぐに消えるだろう。治療するには手遅れだ。
絵空が死ぬ寸前なのに笑顔が絶えないのを見ていると、着信音が鳴った。
絵空がそれに出て、しばらく相手の話を聞く。
すると、スピーカーに切り替えて相手の声が聞こえるようにした。
『見事だ!流石は私が見込んだ男だ!こんな余興ぐらい簡単にクリアすると思ったぞ!』
声は機械音声で変声されているが、話し方が子どもっぽい。
「お前が黒幕か?」
『くろまく?あぁ、そうだ!全ての出来事は私が仕組んだのだ!』
あっさり吐きやがった。絵空の裏に子どもみたいなヤツがいるとは思わなかったぞ。
「この電話の主が……私達に武器や資金を提供してくれた……」
『そうじゃ!イランの装備をくれたぞ!』
妙に装備が良かったのはバックにいるヤツが金と武器をくれたのか。
この電話の相手は一体何者だ?
「誰だ?お前は?」
『私は……え?話すな?えー!教えたいのに……仕方ない。偽名だけど、死の商人と言うぞ!』
死の商人……あの?
『あー、朝鮮人。ご苦労様、ゆっくり休めよ』
「……最初から切り捨てるつもりだったんだ……」
『え?勝手に連絡してきたのそっちだぞ。私は少ーしジョーカーに興味があったから手を貸しただけ。大義だのは知らん』
「……惨めね」
絵空苦笑いした後、地面に顔を沈めた。
俺は絵空に駆け寄り、銃を回収して脈をとる。
死んだ……失血死か。
『何だ?死んだのか?ま、駒が幾ら死のうが関係ないけど』
「お前、どういうつもりだ?何が目的だ?」
『目的ー?うーん、暇潰し?私は暇で暇でしょうがないから、余興を始めたけど、お前面白いな!気に入ったぞ!』
こいつ、遊び感覚でテロを仕掛けたのか。
思ったより歳は低そうだ。
『またいつか話そう!今日は眠いからじゃあね』
そう電話の相手が終わらせた瞬間、携帯が故障した。
ふざけたヤツだ。後で報告する必要があるな。
そこへ、死神と部隊が到着した。
『終わったか?』
「まあな。人質は救出、ターゲットはKIA」
『見事だ。後から自衛隊が処理に来る。撤退するぞ』
「それよりも、聞いてくれ。絵空達に支援したヤツがいる。死の商人って名乗っていた」
『武器商人がテロの支援を?』
「ああ。絵空の復讐を余興だと言っていた。俺の事を知ってた」
死神は俺の話を聞くと、死体の1つを部下に置かせた。
『コイツらは日本人だが、半グレではない。訓練を受けた民兵だ』
「所属は?」
『分からないが、コイツらの雇い主を知っている。恐らく、お前が話していたのは、ゼウスという武器商人だ』
神話に登場する全知全能の神の名前か。
「後で詳しく。今は……帰ろう」
芹香を抱き締め、味方達とその場を離れた。
長い任務だったが、これで完了だ。
……ゆっくり休める。
「あー、眠い。寝よ」
パジャマ着の少女はベッドに入り、布団を被せる。
長時間起きていた少女は眠気に襲われ、睡眠を取ろうとした。
快適な睡眠を取る……という時にスーツを着た女性が部屋に入る。
「失礼します。例の会社ですが、先程下請けになるとの連絡が入りました。契約を結び、約二千万ドルの契約金が……」
「仕事の話をしないでよ。終わったんだから」
「申し訳ありません」
「……ブラックオプスの情報は?」
「ほとんどありませんが、かなり優秀な秘密組織のようです」
「分かったら報告して……私は寝る」
少女が背を向けて手を振ると女性は一礼して部屋から出た。
少女は寝ようとしたが、すぐに寝れず、仕方なくスマホで時間を潰す。
フォルダにあった1枚の隠し撮り写真を目にする。題名は『面白い少年』。
「今度はどんな物語を作ろうかな?寝ながら考えよ」
少女は好奇心に駆られ、起きたら計画を立てようと決めた。
そして、彼女は壁に貼ってあるバンドのポスターを見つめて笑顔になり、眠りについた。
あの作戦から数日が経った。
世間では御殿場で銃撃戦があった事なんて知らない。全て隠蔽された。
救出された人質は皆家族の元へ返された。
芹香は俺の正体を知っても変わらずに接してくれた。
しかし、任務が成功した以上日本にいる理由はない。
組織からの工作で俺は誘拐により行方不明となった事にされた。
すぐさまブラックオプスアメリカ本部へ帰還するよう命令された。
それを今、芹香に説明した。芹香の家の玄関でな。
「急だね。すぐにいなくなるんだ」
「俺は使い走りだ。命令でどこでも行くのさ。名残惜しいが、仕方ない」
「美鈴さんも同じだったなんて、信じられないよ」
ラビットの正体もあの作戦で知られた。
最後に会った時に芹香は礼を言っていた。
「今の世の中は非合法活動に従事する人間が必要なんだ。特に若いヤツ程最適だ、俺はたまたまラッキーだっただけだ」
少年兵として実戦を積み重ね、今の俺がいるからな。
芹香は複雑そうに俺を見つめていた。
このまま別れる訳にもいかない。個人的な用に付き合わせるか。
「芹香、今大丈夫か?」
「冬休みだから大丈夫だけど」
「ちょっと付き合ってくれ。母親の方に会いに行く」
これはもし行ければの話だったが、時間があるので行く。
俺を捨てた、憎き母親にな。
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