第四章冬休み編 エピソード2

防衛省の人間と伝治のスマホをイーグルアイに解析させた結果、日本の問題が浮上してきた。

1970年代から80年代、北朝鮮の工作員などによって17人もの日本人が拉致された。

政府はあらゆる手を打ったが、未だに帰ってこない日本人が多数いる。

しかし拉致被害者の家族が高齢によりほとんどが死に、事件も風化しつつある。

政府としては外交問題を避け、問題に取り組むと明言しながらも放置に近い措置を取った。

その一方で家族の無念を汲み取り、防衛省は独自で拉致被害者の救出に動いていた。

北朝鮮の工作員と取引し、何かと引き換えに拉致被害者の引き渡しを要求した。

だが北朝鮮はそれを突っぱね、逆に日本の秘密情報を要求。

苦渋の末に要求を呑み、少しずつ拉致被害者を取り戻しつつも日本の秘密情報を北朝鮮に話した。

イーグルアイの調べだと、防衛省は偽の情報を掴ませて凌いでいたらしい。

嘘はいずれバレる。

防衛省の立場が下になったのは新たに交渉人になった北朝鮮側のスパイが現れてから。

スパイが巧みな話術と事情を知らない現地の人間を使って凶悪事件を起こし、防衛省に政府の目を向けさせた。

それにより取引がバレなかったとはいえ北朝鮮との繋がりが一部の政治家にバレて、防衛省の予算が削減された。

防衛省は予算と売国奴のレッテルによってスパイの取り決めに従うしかなかった。

あの時男に対してオクトパスが余裕の様子だったのはそういう事だったのだ。

「で、オクトパスの正体は?」

「とても面白い経歴の女だ。リム・ウェンシー、北朝鮮国籍の韓国人だ」

コードネームオクトパス、本名リム・ウェンシーは釜山出身の韓国人。

元々韓国国籍だったが、韓国軍将校だった父親が北朝鮮の脱北者を保護した報復で家族ごと北朝鮮の工作員に拉致された。

父親は残酷な拷問の末に死亡、母親は閣下の側室の女になった。

娘のリムは当時北朝鮮で計画された潜入工作員養成計画に無理矢理参加された。

「何だよ、その潜入工作員養成計画って?そのまんまの意味で合ってるか?」

「ああ。しかも工作員はどいつも訳ありだ」

過去の資料を見たが、ほとんどが北朝鮮が何かしらの被害を受けた時に拐われた人間ばかりだ。

しかも軍人の家族だったり独り身、問題のある人間をピンポイントで狙ってる。

自国に連れ去れば取り戻す確率が低くなるからだ。

リムは他の同年代の子ども達と特殊部隊顔負けの訓練を受けた。

従わなければ射殺、嫌でもやるしかない。

その結果、最後まで耐え抜いた数人の子どもが晴れて工作員になった。

ちなみにリムという戸籍は抹消されており、存在しない事になっている。

「任務は敵地でのスパイ活動。単なる日常から政府や自衛隊の秘密情報。日本人として生活しながら行ってる」

「そりゃ、北はご機嫌だったろうな」

「いや、日本は甘くない。スパイに関する法律はないが、ないからこそのやり方がある」

「……暗殺か」

主に行っているのは警視庁公安委員会。

その警察官が違法スレスレのやり方で徐々に北朝鮮の工作員を消していった。

その工作員は事故死として処理される。映画さながらの殺し方だ。

「でも1人だけ殺されずに姿を消した工作員がいた。それがリム、後にオクトパスと名乗ってフリーでスパイ活動を行う女だ」

「公安と北朝鮮の目を避けての行動か。やるな」

「オクトパスに関しての情報はほとんどが噂だ。生きてるのか死んでるのかすら不明。1つだけ言えるのは、オクトパスがよく変装するのは学生だ」

「学生……繋がったな」

これでオクトパスの過去が分かった。

北の工作員として仕上がったが、日本での任務で狙われていると気づくと、別の姿になって1人で活動する事になった。

これまでオクトパスのせいで情報を奪われた国は数知れず。

数々の諜報機関が彼女を追っている。

「伝治が言っていた。俺の大切な人を狙うと」

「お前の正体を知っていて、お前の女を常に見張れる存在は限られる。とっくに気づいているんじゃないか?」

「……まあな。接触してきた時から怪しかった」

「大尉が準備してる。オクトパスはできるなら確保、無理なら殺害せよと上から指示が出てる。今回は日本政府の協力を得られた。警察と自衛隊がある程度使える」

「非正規の協力だろ。いつもの事だ」

最初から捕まえるべきだったが、証拠がなくて泳がせていた。

だがこれでようやく手を打てる。

待ってろよオクトパス。お前を捕まえてこの任務を終わらせる。


12月24日クリスマスイブ。

神聖学園は冬休みが入り、東京ではイルミネーションが目立つようになった。

渋谷の街を歩いている芹香はどこか不満そうに頬を膨らませている。

理由は蓮司に一緒に出掛けようと誘ったが、家の都合と言われて断られた。

最近蓮司とあまり関わっていない。しかも1人でいる時間が多かった。

心配だったが、真剣な顔で思案していたので話し掛けられなかった。

「最近どうしたんだろ」

芹香はそう呟いた瞬間、恥ずかしそうに口を塞ぐ。

いつの間にか自分が1人のクラスメートの事を想っている。

イジメから救ってくれた蓮司が生活の一部みたいになっていた。

芹香は今まで恋心を抱いた事はなく、これが初恋だった。

今は疎遠に近いがその前までちゃんと楽しく話していた。

異性で気軽に話せる相手は蓮司1人しかいなく、芹香は顔を赤めながら早歩きで行きたかった店に向かった。

学生にも人気の女性服の服屋。

店内にはほとんど女性しかいない。

芹香は新品のコートを買おうと店に立ち寄ったのだ。

そして、冬服の自分を見てもらおうと後で写真を送ろうと決めた。

目的のコートをカゴに入れ、レジに向かっていると店内に新たな人間が入った。

仮面を着けた大柄な男達は店に入ると一人一人散らばって客達を持っていたサブマシンガンで殴りつけた。

店内で悲鳴が上がり、芹香も慌てて逃げ出す。

従業員専用の扉を開けて、人目を気にせず隠れる場所を探す。

従業員の更衣室に入り、人一人入れそうなロッカーの中へ隠れた。

荒い呼吸を抑え、携帯で警察に電話をかける。

『もしもし』

「助けて下さい!怪しい男達に襲われてます!」

『落ち着いて下さい。場所は?』

「渋谷です!服屋のロッカーに隠れてます!場所は……」

警察に通報し、助けを求めた時、更衣室に誰か入ってきた。

咄嗟に電話を切り、口を塞いで息を止める。

一定のリズムで歩き、ロッカーを開ける音を芹香は聞き取る。

こっちに来ないでと願い、目を閉じる。

数秒後、急に足音が聞こえなくなった。

不意に悪寒を感じる。

そして足音が大きくなり、扉が大きく開け放たれた。

「あ……」

芹香は般若の仮面を着けた男を見上げる。

硬直する芹香に男はスタンガンで気絶させた。

芹香の意識はなくなり、男は芹香を抱えて外へと向かった。


「ん……?」

目を覚ますと、薄暗いコンクリートの部屋に座らされていた。

意識がだんだんハッキリすると、手首の手錠に気づいて状況を把握する。

外そうとするが両腕が縛られ外すのは不可能。

周りを見ると、他にも自分と同じように拘束された女性達が何人もいた。

目を覚ました自分を気遣って心配してくれる女性が状況を話してくれた。

女性は街中を歩いていたら急に背後から気絶させられ、いつの間にかここにいたと。

そして日系だが日本人じゃない男に銃で脅されて大人しくしていると。

部屋は窓がなく、扉は固く閉ざされている。

照明は外付けの物だった。

捕まっている人は全員若い女性で、最年少は中学生だった。

腕以外は自由だったのでお互いに話し合った。

境遇や同性という事で安心した様子で話す事ができた。

芹香は色んな女性と話した。

同じ女子高生、夫や子どもがいる若い主婦、結婚間近の女性、中には妊娠している妊婦もいた。

どうして女性ばかり誘拐したのか芹香は疑問を抱いた。

他の女性達も分からなかった。

とりあえずこれからどうするか話し合っていると、閉じられていた扉が開いた。

女性達は隅へ離れる。

扉から2人の男と1人の少女が現れた。

芹香は少女の事を知っていた。冬休み前まで目撃していたから。

「絵空さん!?どうしてここに……?」

「おや、まさか芹香もいたのか。これは予想外だ」

絵空はやれやれという様子で男に視線を向けた。

芹香はどうして同級生がここにいるのか尋ねる。

「絵空さん……説明して下さい……」

「そうだな。単刀直入に言うなら、私は君達を誘拐した同志達のリーダーだ。すまないが君達は取引材料として拘束している」

絵空の淡々とした言葉に女性達は恐怖を覚える。

「夜明けになれば君達を朝鮮人に引き渡し、我々は目的を果たす。なに、それまではここで大人しくしていれば手荒な真似はしない」

「絵空さん……何でこんな事を……?」

芹香は疑問に思っていた事を口にした。

「1つの革命だよ。世界は一度無秩序状態に戻る。芹香、君は生まれながら呪われてると感じた事は?」

「何を……?」

「私は韓国人なのに北朝鮮に拐われて人生をねじ曲げられた。北朝鮮という国を恨んでるし、それ以上に何もしなかった韓国も恨んでる。私は国というものが許せない。だからこうする」

「……復讐……ってこと?」

「端的に言うならそうだ。芹香、君は人質の中では一番冷静だな」

絵空は芹香の冷静さに一目を置き、芹香に接近する。

「人質の中で君はあえて誘拐させた。彼のお気に入りだからね」

「彼……?」

「君が蓮司と呼んでいる男だ。彼は秘密組織に所属するエージェントだ。学生ではない」

芹香は絵空が言っている事を理解できなかった。

今まで話していた人がエージェント?

頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

「いずれ分かるさ。救出しに向かってくるだろうから」

「……だとしたら、あなたの野望は潰える」

「ん?」

「彼が来るなら、あなたは終わりよ!」

芹香は最後まで蓮司を信じる事に決めた。

たとえ一般人じゃないとしても、蓮司の人柄は変わらないからだ。

絵空は笑い、部下を連れて部屋を出る。

「君は面白いな。あの男が気に入るのが分かる。せいぜい楽しみにしておくさ」

芹香に期待を込めた台詞を言って、扉が閉まった。

芹香はくよくよせず、助けを待つ事にした。

いずれ助けに来ると信じて。

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