第四章冬休み編 エピソード1

東京では雪が積もり、1年の終わりが近づいてきた。

神聖学園ではハロウィンの日に仮装パーティーを行った。

俺は適当に怪盗みたいなコスプレをしたが、それが美鈴に任せたのが間違いだった。

妙にクオリティの高いコスプレになり、1人になる時間が少なかった。

関わりのない生徒に話しかけられ、精神的に疲れた。

後でアイツシメると誓った。

最後の方で芹香と過ごせたが、芹香のジャックオランタンのコスプレが魅力的で口数が少なくなってしまった。

どうして普段通りに話せなかったのか分からなかった。

遠目で見ていた伝治と絵空のニヤニヤ顔に腹が立ったが。

……どういう意味の笑みだろうな。


今は今年最後の月になり、雪も多く見かける事が多くなった。

期限が近づいている。そろそろ終わりにしないとな。

放課後イーグルアイの家に訪れた。

「どうだ?」

「駄目ね。また霧が濃い」

イーグルアイに買ってきたエナジードリンクを渡し、イーグルアイの不満げな顔を見た。

「偽装IDが1つしか使われてなくて困ってる。何で喫茶店の連絡に使ったのか……」

パソコンの画面を見てみると、学園近くの喫茶店のホームページが映っていた。

前に芹香と行った事がある喫茶店と一致する。

その店の連絡に偽装IDを使ったのか。

「内容は?」

「アルバイトしている友人に向けてのメールだ。他愛ない内容だったぞ」

イーグルアイがメール内容を俺に見せた。

『親愛なる君へ。いつもあそこで働いていて偉いね。私も君を見習って頑張ってる。そんな君に頼みがある。5段目の左から2つ目の瓶に新しい豆を入れてほしい。最近仕入れた良い物をそっちで試してほしいんだ。悪いけど、明日から頼むよ』

確かに普通の内容だな。

「喫茶店の店員に該当するアドレスは?」

「調べたけどナシ。使い捨ての携帯のアドレスっぽい」

「わざわざ使い捨ての携帯でメールする理由が分からない。瓶というのはカウンターの後ろにある棚に入ってるコーヒーの粉が入った入れ物の事だな」

ホームページにたくさんのコーヒーの粉が入った瓶が置かれている写真がある。

メールに書いてあった瓶を見てみると、アメリカ産のコーヒーと記載されている。

他の瓶はブラジルやアフリカ産なのに、その瓶の中身だけアメリカ産だ。

「写真と配置が変わらなければ、その瓶に何か入っている」

「だったら調査しろ。私も後方支援しておく」

明日は放課後に喫茶店の調査だな。

たとえ小さくても、オクトパスの情報なら掴んでみせる。


翌日、芹香と別れた俺は喫茶店に立ち寄った。

喫茶店の中はホームページの写真で把握している。

すぐにカウンターに向かい、店員に頼んでみた。

「すまないが、あの瓶を取ってくれないか?気に入ったコーヒーなんだ」

「少々お待ち下さい」

店員は会釈した後、裏へと消えていった。

上の人間に相談しに向かったのだろう。

周りを見渡すが、内装や客などに違和感はない。

しばらくすると、さっきの店員が戻ってきた。

「お待たせしました。こちらがアメリカから仕入れた物になります」

あの瓶を取ってきてくれたのだ。

俺は感謝して受け取り、蓋を開けて中を見る。

よく見ると紙みたいなのが入っている。

指で挟んで抜いてみると、メモ用紙の切れ端が現れた。

紙には『実行』とだけ書いてある。

怪訝そうにため息をつくと、困惑した店員が外に目を向けた。

外にバイクに乗った不審な男2人がこっちを見ている。

何だアイツら。怪しいな。

そう思った瞬間、男2人は隠していたUZIを片手で構えた。

「伏せろ!」

俺はそう言って店員を抱えて床に倒れ込む。

男2人が銃を乱射し、喫茶店を攻撃した。

逃げている客達を優先的に殺し、倒れている人間を確認すると再び銃を乱射する。

怯えている店員に静かにするよう伝え、収まるのを待った。

1分後、男2人が喫茶店に入ってきた。

ヘルメットをしていて顔は分からないが、倒れている客の顔を調べていた。

男達にバレないようにポケットから折り畳みナイフを取り出し、右手で握る。

遂に男2人が近づき、俺の顔を見ようと体に手を触れる。

その手を掴んでこっちに引っ張り、首にナイフを突き刺す。

もう一人の男が慌ててUZIを撃ちまくるが、ほとんど男の背中に当たっている。

倒した男のUZIを拝借し、ヘルメットのバイザーに2発撃ち込むと、男は倒れた。

UZIのストックを広げて構え、死亡した事を確認する。

「警察に連絡しろ。早く」

俺は助けた店員にそう伝え、店員を奥へ逃がす。

携帯でイーグルアイに今起きた事を説明した。

『実行……今のがその合図かもな』

「俺を殺す事ではなく、銃撃するのが合図。これはオクトパスに伝わったな」

『今のうちに逃げな。男達の身元はこっちで調べる』

俺は颯爽と姿を消し、持っていたUZIを下水道に捨てた。

まんまと罠にかかったが、これで諦めると思うなよ。


オクトパス特定に勤しんでいたせいか、いつの間にか冬休みになっていた。

俺は潜入している身で学生という実感を感じていない。

最近は芹香とあまり関わっていなかった。

それというのも、奇襲を受けて以来、めぼしい成果がなかったからだ。

実行、何を実行したんだ?意味が分からない。

ラビットやハンター、セバスチャンなど使える人脈を幾ら使っても掴めない。

久しぶりに焦っている。どうにかして情報を手に入れないと。


数日後、大尉に呼び出された。

用件はオクトパスについてだった。

「ジョーカー、諜報部が取引の情報を掴んだ」

「誰と取引を?」

「例のオクトパスと防衛省の人間だ」

防衛省だと?

「どうやら今後も円満に関係を継続させる為の話し合いを行うそうだ。ヤツは防衛省とも繋がっているようだ」

「スパイとズブズブの関係か。どこから情報を?」

「防衛省が秘密裏に潜伏させている自衛官候補生からの情報だ。自ら諜報部に流した」

わざわざ潜伏している自衛官候補生がこっちに情報を?きな臭いな。

「罠かもしれないが、やっと掴んだ情報だ。上からも急かされている。調べてくれ」

「分かった」

明日に取引は行われる。

場所は夜は閉館になっている学校近くの図書館。

行ってみる価値はありそうだ。


翌日、学校に行ってみると騒ぎが起きていた。

向かってみると、野球部の生徒がボロボロになっていた。

何が起きたか聞いてみると、朝練していたら覆面の男達に襲われたそうだ。

止めに来た顧問の先生もボコボコに殴られた。

男達は何も言わずに事を終えると立ち去ったそうだ。

その後は先生達によって教室に向かわされたが、騒ぎは収まらない。

「怖いよ……蓮司君」

悲しそうに言う芹香を見て、犯人に憤りを感じた。

「大丈夫だ。きっと良くなる」

俺は芹香を安心させ、この後の任務に集中した。


真夜中、誰もいない図書館に着いた。

服装はフード付きのパーカーに普通のズボン。

手にサプレッサーを装着したG17。ポケットには折り畳みナイフ。

目出し帽で顔を隠し、図書館の玄関に向かう。

鍵が壊されてる。誰かが侵入したな。

こんな盗む価値のない図書館に侵入するのは限られている。

中に入り、拳銃を構えながらホールに入る。

周囲を警戒しながら先へ進むと、机がある場所から明かりが見えた。

本棚に移動し、顔を覗いて確認する。

そこに3人の人物が見えた。

1人はスーツの中年。例の防衛省の人間か。

もう1人はVP9拳銃を握った覆面の男。恐らく護衛だろう。

そして、椅子に座るフードを被った人間。後ろ姿で顔は確認できない。

だが、誰なのかは理解できる。オクトパスだ。

本人が自ら出向いて、取引に応じたんだ。

しかし、意外に小柄だな。体つきが中性的だ。

「……では、いつも通りの取り決めはいいね?」

オクトパスらしき人物が防衛省の人間に言った。

やはり、声が若いし女っぽい。オクトパスは女性か。

「ああ。だが1つ聞きたい。学園で暴力事件を起こさせたのは何故だ?聞いてないぞ」

「すまないが、うちの部下は血気盛んでね。たまに発散させないと落ち着かないんだ」

「おかげでカバーストーリーを作るのにどれだけ労力をかけたと思う?」

「君達日本人に指図は受けない」

オクトパスのあの言い方、どこの国の人間なんだ?

「我々は大義の為に使命を果たす。たとえそれが他国を滅ぼす事になっても」

オクトパスの言葉に重みを感じる。ヤツの覚悟は半端じゃない。

「それと、先に言っておくが。次の任務は日本に打撃を与える」

「何だと?」

「要するに用済みだ。今までありがとう」

オクトパスの意味深な台詞に護衛が拳銃を構えた。

しかし、オクトパスの腹部からマズルフラッシュと共に銃声が鳴り、2人が撃たれた。

マジかよ。殺すとは。

だが逃がすか。

「動くな!」

俺が本棚から拳銃を構えて叫ぶ。

オクトパスが俺に気づいてポケットからG26を抜き、発砲してきた。

俺が身を隠した隙にオクトパスが逃げ出し、窓を突き破った。

後を追って窓から銃を向けるが、既にオクトパスの姿はなかった。

「クソ」

逃がしちまった。せっかくのチャンスが。

いや、まだ取引相手に賭ける。

2人は胸部に2発撃ち込まれ、防衛省の男は既に息絶えていた。

護衛は虫の息だがまだ生きている。

俺は護衛に尋ねる。

「おい!取引していたのはオクトパスか!」

「……その声は蓮司か」

護衛のか弱い声に聞き覚えがあった。

学園で何回か聞いた声だ。まさか……。

俺は男の覆面を取る。顔を見て納得した。

護衛の正体は伝治だった。

「お前が潜入していた自衛官か」

「……そうだ。隠して悪かったな……」

半信半疑だったが、これで疑念が晴れた。

「ヤツとは……他国の秘密情報と引き換えに協力していた。実際……信頼できる情報だった……」

「相手はスパイだぞ。気を許した相手を間違えたな」

「ぐうの音も……出ないな……。だけどヤツにすがるしかなかった……拉致被害者の情報を聞き出すには……」

「何の話だ?」

拉致被害者だと?伝治は何か知ってるのか?

「急げ……オクトパスはお前の大切な人を狙う……任務と平行してな…………」

「伝治、何の話かサッパリだ。説明して……」

事情を知っている伝治を問い詰めるが、伝治の息が止まっていた。

クソ。タイミング悪く死ぬなよ。

俺は2人のスマホを回収し、図書館から離れた。

そしてイーグルアイと話す。

「イーグルアイ、すぐに調べてほしい事がある。防衛省の思惑だ」

『調べる媒体はあるか?』

「オクトパスの取引相手のスマホだ。それならイケるな?」

『すぐに持ってきてくれ。私がチャチャっと調べ挙げてやる』

頼りになるオペレーターだ。

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