第三章2学期編 エピソード1

「そうですか。では、失礼します」

電話を切った男は喫茶店の席で息を吐いた。

男は一般人では買うのがほぼ不可能な高級スーツを身に付けた70代の老人。

しかし肉体は屈強で、老いが来ていないのかと錯覚する人も多い。

男は整えた髭を指でなぞると、会計を済ませて外に出た。

東京の街中を歩き、適当に建物を見て回る。

街中の人達は男の服装に注目していた。普段お目にかかれないからだ。

男は通行人の視線を無視してそのまま歩く。

そんな時、ふと裏路地に目を向けると奥に消える人影を見つけた。

少し興味があったので人影を追ってみると、角を曲がった先に男2人がいた。

「大人しくしろや」

「傷つけるなよ。値が下がっちまう」

どうやら男2人の他にも人がいるようだ。

近づいてみると、壁に体を屈んで抵抗する少女がいた。

着ている制服からあの神聖学園の生徒だと分かった。

このまま見逃す訳にはいかないが、この少女を助けても面倒事に巻き込まれると理解していた。

「……仕方ありませんね」

1人の人間として、男として危ない目に遭っている少女を助ける事にした。

男2人に気づかれる事なく背後を取り、うなじに手刀を入れた。

男2人はあっさりと倒れ、少女はガラの悪い男2人を倒した老人を見上げる。

「大丈夫ですか?」

「……うん。大丈夫」

何とか返事した少女は紳士的な老人に立たされた。

少女は金髪で、肩まで髪を伸ばしている。今は落ち着きを取り戻し、強気な態度で老人と話す。

「お爺さん、助けてくれてありがたいけど、偽善者は嫌われるよ」

「そうですか。この男達に見覚えは?」

「知らない。勝手に拉致られて、勝手に捕まったのよ」

老人は男の2人の顔を写真に納め、スマホを操作する。

「……なるほど。分かりました。すぐにこの場を離れましょう」

老人は少女にそう告げた。

訳が分からなかったが、こんな所を見られたらヤバいと分かっているので頷いた。

老人が先導して少女を連れていると、少女は老人に尋ねた。

「ねぇ、名前は?私は三条美代子」

「そういえば名乗るのを忘れていましたね。私はセバスチャン、セバスと呼んでも構いません」

セバスと名乗った男は少女に優しく自己紹介した。


夏休みが終わり、普段通り学校へ登校する日々が続いた。

テストが近くなり、皆真剣にテスト勉強に励んでいる。

ま、内容はだいたい把握しているし、それなりに勉強していればいいか。

さて、今日は歴史の確認しておくか。一応室町時代が範囲内だしな。

勉強するのに最適な場所、図書室に向かった。

やはり他にも生徒がいるな。ま、とりあえず適当に座っとくか。

教科書開いて、怠そうに勉強していると、真正面の女の視線に気づいた。

「……何だ?」

「やっと会えたよ、転校生君」

話し掛けてきたのは黒髪のショートボブの少女。

髪に赤いリボンを付けていて、目は何故かイーグルアイに少し似てる。

両肘を机に着けて、手で顔を支えてニヤニヤしながら俺を見つめている。

「君は基礎的なプロフィールしか分からない。この学園に入る以前の情報がまるっきりない。私の情報網に引っ掛からないなんて、君は何者なんだ?」

「その言葉、そのままそっちに返す」

「ふむ。ま、とりあえず挨拶はしておかなきゃね」

少女は俺に名刺を渡してきた。

『情報屋 高宮絵空』……?ガチの名刺だ。

「私は生徒として過ごしながら情報屋としても活躍してる。気になる異性の情報、噂の真意、世間での話題の情報、色んな情報を仕入れているんだ」

まんまイーグルアイみたいなやり方してるんだな。

コイツは情報収集に特化してるみたいだが。

「どうだい?私から何か情報を買ってみないかい?」

「……今は特にない」

「信用されてないなー。ま、初めての方はだいたいそう言うから1つ情報をあげる」

「何だ?」

「君の想い人、芹香のバストDだよ」

何言ってんだコイツ?

思わず教科書落としたわ。

「フフフ。聞いて損じゃなかったでしょ、君は見て調べたっぽいけど」

見られてたのか。学園での俺の行動は監視されてたって訳だ。

「他には……君の妹は週に4回も告白されてる」

それは初耳だ。アイツそんな事俺に言わないからな。

「どうだい?初回サービスだから無料だよ」

「……情報屋としては腕が良いみたいだな」

「まあね。情報料は金と客の情報。情報の内容で価値は決まる。また会おうよ、蓮司君」

そう言ってから絵空は席を立って、その場を離れた。

情報通の女か、とりあえず適度に繋ぎ止めとくか。

もしかしたら、スパイに関する情報を持ってるかもしれないし。


「ここは?」

「私の家ですよ」

「いや、どう見ても豪邸じゃん!」

セバスチャンが少女を連れて向かったのは自分の住んでいる家だった。

その家はどこから見ても大きくて高価な邸宅だ。

美代子が驚くのも無理はなかった。

しかも門の前には警備員2人がいて、より豪邸だと拍車をかけた。

「お帰りなさい、セバスさん」

「ええ。今日は客人がいます。その事を皆に伝えてくれませんか?」

「分かりました」

警備員がカメラに合図を送ると、門が自動で開いた。

衝撃で動けなかったが、セバスに声をかけられてハッと気を取り直し、セバスと一緒に敷地内を歩いた。

敷地内もサッカーコート並みに広く、一面綺麗な花が咲いている。

邸宅に着くのに数分かかったが、ようやく玄関に着いた。

セバスが扉のボードに暗証番号を打ち込むと、扉🚪ロックが解除された音した。

「うわー、流石お金持ちの家」

「最近は何かと物騒ですからね。セキュリティーは万全にしておきたいのですよ」

2人が中へ入ると、メイド服を着た若い女性達が出迎えた。

セバスへ頭を下げると、1人のメイドがセバスに話し掛ける。

「お帰りなさいませ、セバス様」

「はい。ただいま戻りました」

「そこの彼女は?」

「急な事で申し訳ありませんが、彼女を一時保護する事になりました。彼女を客人として扱って下さい」

「かしこまりました。では、彼女を部屋まで案内します」

メイドの1人が美代子と一緒に奥の廊下へと消えた。

セバスチャンは自室に戻り、スーツの上着を脱いでハンガーに掛けた。

しばらく自室でパソコンを使って調べ物をしていると、美代子を部屋まで案内したメイドが部屋に入ってきた。

「失礼します。美代子様を部屋まで案内しました」

「ご苦労様です。彼女は大丈夫そうですか?」

「少しこの屋敷に驚いていましたが、部屋の物の質の高さに喜んでいました」

セバスは報告を聞いて安心し、メイドにしばらく美代子の傍にいるよう指示した。

メイドは頭を下げて了解し、部屋から退出した。

再びパソコンに目を向けて、マウスを動かす。

とあるソフトで三条美代子と名前を入れて、検索をかける。

そこで三条美代子の情報を表示させ、情報の一つ一つを覚えていく。

東京生まれの東京育ち、両親や親戚はおらず、施設の後は1人で育った。

両親はどうやら生まれて間もない美代子を捨てた数ヶ月に事故で亡くなったようだ。

セバスが美代子について調べていると、携帯の着信音が鳴った。

電話に出て、相手と話す。

「もしもし」

『久しぶりだな、セバスチャン』

セバスは目を鋭くして、相手と冷静に話す。

『組織への資金援助、とても感謝する』

「当然の事をしたまでです」

『そうか。そう言うと思ったよ。ところで……』

相手の男が話題を変えて、本題に入った。

『今日誰かと家に入らなかったか?』

「……何の事でしょうか?」

『とぼけるんだな。そこにいるのは分かっているんだぞ。簡単な話だ、彼女をこちらへ引き渡せ』

強めに相手はセバスに向けて告げた。

セバスは平然と相手に返事を返した。

「理由も無しに引き渡せとは、ずいぶんと強気ですな。彼女をどうするつもりですか?」

『お前は知らなくていい。引き渡すだけでいいんだ』

「……珍しく焦っていますね。どうされたのですか?」

セバスが余裕で返事するのに相手の男は苛立ちを隠せない。

「私の一存で彼女の身柄は預からせて貰います。彼女を保護した時点でのは分かっていましたので」

『幾ら組織の上位だからといって、調子に乗るなよセバス』

「私は私自身の意思で行動するまでです。今後連絡する際は代理人を通して下さい。失礼します」

強引に電話を切ったセバスは大きなため息をついた。

セバスは机の額縁にある写真に目を通す。

かなり前に撮られた写真で、米軍装備を身に付けている。

「私には平穏が与えられないのですね」

と久しぶりに愚痴をこぼしたセバスチャンだった。


夜になり、1人で作業しているセバスチャンの元に美代子がやって来た。

「何やってるの?」

「仕事ですよ。お金を持っていても仕事からは抜け出せません」

「ふーん、大変だね」

美代子は近くの椅子に座り、腕を伸ばした。

「ここの人達、優しいね。久しぶりに羽を伸ばせた気がする」

「そうですか。ちゃんとお風呂に入りましたね?」

「あの温泉みたいな風呂場ね。ちゃーんと入って疲れ取ったよ」

セバスチャンは作業しながら美代子と会話する。

「美代子さん、あなたを襲った男達の身元が分かりました。犯罪組織、大罪の構成員でした」

「大罪?七つの大罪みたいな名前ね」

あまり想像がつかない美代子は気楽に呟く。

「大罪とは世界規模で暗躍する犯罪組織ですよ。国際指名手配され、警察だけでなく諜報機関も目を向けています」

「うわ、現実にそういうのあるんだ。私を狙ったのは大罪の何?」

「色欲です。風俗関連の犯罪を行っている部署です。人攫いも彼らの仕事の1つです」

「って事は、私をキャバクラで働かせるつもりだったの?」

「そうだと良いですね」

セバスチャンは呆れながら作業を終わらせ、机のお茶を飲む。

「美代子さん、あなたはここで一時的に保護します。学園には一応お伝えしてありますのでご安心を」

「……その事だけどさ、私学校に通いたいんだけど」

「狙われているのを承知していますね?」

「うん。理由は友達に会いたいからだけどね。同じ一般組の同級生が心配してると思うし」

「……分かりました。では、私が送迎をやります。せめて学校以外は私達が身の安全を保障します」

「ありがとう。話が分かる人で良かったー」

美代子はセバスチャンに感謝し、喜びを見せた。

「てかさー、気になってたけど、何で敬語なの?ここの主人なのに」

「そういう癖ですよ。お気になさらずに」

「変なの。じゃ、部屋に戻ってる」

美代子はセバスチャンに手を振って部屋の外へ出た。

セバスチャンが外に向けると、夜の町が見えた。

こんな綺麗な夜でも、気が抜けないので、サンドバッグを用意し、薄着になって何度もパンチとキックを繰り出した。

既にボロボロだったサンドバッグが更に凹み、止めた時には幾つもの凹みが出来ていた。

セバスチャンは自分の拳を一度見た後、もう一度サンドバッグで格闘術を行った。

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