第二章夏休み編2 エピソード6

アリスはドラムマガジンを捨て、通常の30連長方形マガジンを装填して市街地に入る。

車通りの少ない道路を全力で走り、後方から追ってくるゼロ達を振り切ろうと足掻く。

彼らはいつの間にか目出し帽で顔を隠していた。

端から見たら暴力団同士の抗争に見えるだろう。

アリスはたまにゼロ達に銃撃しながら逃走し、足を止めずに進み続ける。

こんなに全力疾走したのは世界的な犯罪組織『大罪』の訓練所以来だった。

アリスのような子どもを工作員に仕立て上げ、自分達の敵対組織を潰すよう行動させる。

今まで命令に従い、殺しも破壊も行った。

罪のない人間も殺した。自分の手はとっくに汚れていた。

だが、そんな暗い人生を解放してくれる存在が現れた。

かつて自分を救ってくれた少年ジョーカーだ。

命の恩人に追われている状況だが、彼なら自分を止められると思った。

アリスの体は自分の意志で反抗できない。なので、誰かに止めてもらうしか方法はない。

彼らに銃撃しながら、いつか当てて欲しいと願った。


「こちらブラボー1。ターゲットの2人が都市部へ逃走中。至急応援を寄越してくれ」

大尉の部隊は東京の都市部を走り抜ける2人を追っていた。

1人は元ロシア軍の傭兵、もう1人はモルフォというコードネームを持つ少女だ。

2人は民間人がいるのをお構い無しに発砲している。

日本警察がSATを投入し、2人の進路を塞ぐと、狭い路地へと進路を変えた。

警察の介入を把握しており、路地を利用して撒くつもりだった。

警察なら誤魔化せるが、ブラックオプスの目は誤魔化せない。

ドローンや監視員の報告を受け、2人が逃げるルートを予想し、部隊を先回りさせる。

モルフォと男は立ち塞ぐ部隊に翻弄され、角を曲がり続ける。

遂に2人の前後を塞ぎ、部隊が射撃する。

男が呆気なく倒されたが、モルフォは近くの建物へ飛び込んだ。

窓ガラスを破って中に入り、非常階段へと向かう。

『ターゲットの1人はKIA。もう1人はビルの中へ』

「了解。警察に周囲を固めさせろ。部下は俺と来い」

大尉は部下を率いて、モルフォが入ったビルへと侵入する。

非常階段に入ると、階段から銃撃を受けて先導していた隊員が撃たれた。

「味方が殺られた!」

大尉が負傷した部下を安全な場所に移し、他の隊員に応戦させる。

モルフォはSCAR-Lを連射し、弾をばら撒いた後に階段を上がる。

大尉は負傷した隊員を他の隊員に任せ、大尉単独で後を追う。

大尉はモルフォの目の前に弾を当て、モルフォの動きを止める。

モルフォは大尉に弾丸を浴びせるが、走るスピードが速くて狙いが定まらない。

その内、SCAR-Lの弾が切れた。予備のマガジンも使い果たした。

モルフォは脇のホルスターに目を向ける。

できれば脅しでしか使いたくなかったが、仕方なくしの拳銃を抜いた。

大尉はモルフォの拳銃射撃で一旦後退する。

モルフォが撃ったのは50口径のデザートイーグルだった。

両手で連射し、装填されている分を撃ち尽くすとデザートイーグルを捨てて再び走り出す。

大尉も後を追うが、先程よりも距離を離されてしまった。

もうすぐモルフォが屋上にたどり着く。

大尉は階段の手すりを乗り越えてショートカットし、モルフォの姿を捉えた。

モルフォの目の前には屋上への扉があり、モルフォは迷わず開けようとする。

大尉は手すりの間からMK18をセミオートで撃ち、モルフォの背中と脇腹に当てた。

「ぐ……!」

撃たれたモルフォはそのまま扉を開けてよろよろと歩き出す。

大尉も屋上へ上がり、脇腹から出血しているモルフォを目にする。

モルフォはそのまま倒れ込み、血が止まらない脇腹を押さえた。

「手を挙げろ」

大尉が冷静にモルフォに言う。

モルフォは傷の痛みに耐えながら苦笑いする。

「もう武器はないよ……全部撃ったから……」

「…………」

大尉は銃を下げ、モルフォの排除を警察に伝えた。

「あんた……何者……?元軍人……ね……」

「まあな。お前みたいな子どもも撃ち殺した事もある。遠い昔の話だが」

「へぇ……興味……あるわ」

モルフォは笑みを浮かべ、ポケットのスマホを大尉に投げ渡した。

「ご褒美よ……そこに大罪との電話記録が残ってる……どう使うかは……あんた次第……」

「何故俺に?」

「どうしてだろうね……アゲハも死んで。多分、隊長もそうなるから……せめて1人の人間として……死にたいから……?」

床にモルフォの血が広がっていく。

「エマ……私は……先に逝くよ……。今度は……友達として……ずっと……いっ……しょ……」

モルフォの体がぐったりして、ピクリとも動かなくなった。

モルフォの最後を見届けた大尉は彼女の目を閉じさせた。

「……お前はもう自由だ」

大尉はそう呟いて、味方の到着を待った。

上を見上げると爽やかな青空が広がっていた。


アリスの銃が拳銃になってからどのくらい経ったのだろう。

彼女のHK416は途中で捨てられていた。弾切れになったからだろう。

それ以降も彼女は逃走した。

逃げ場もなく、ただ俺達へ発砲しながら逃げ続ける。

アリスが撃った弾が俺の左手に当たったが、軽傷なので追跡を続ける。

仲間のラビットとハンターと連携して追い続けていると、アリスが公園に入った。

ハンターがSKSを構え、拳銃を撃つアリスを狙撃。

左胸に命中し、アリスは傷を押さえて膝を着いた。

アリスとの距離を詰め、彼女に銃を向ける。

アリスは拳銃を俺達に向けるも、スライドが下がっていた。

「フッ……」

アリスは自嘲し、スライドストッパーを下げて元に戻し、拳銃をホルスターにしまった。

よろよろしながらベンチに向かい、そこに座り込む。

「ハァ……ハァ……」

アリスの呼吸が耳に入り、弱っていると思った。

ハンターの放った7.62ミリ弾はアリスのボディーアーマーを貫通し、そこからアーマーを赤黒く染めていた。

「残念……右だったら死ねたのに……」

「そうだったな。お前は心臓が右にあったな」

アリスは世にも珍しき、心臓が右にある人間だ。

右利きにも関わらず右に心臓があるから、聞いた時は驚いたよ。

「久しぶりね……こんな形で再会なんて……残念……ね」

「アリス……」

彼女とは親しかったラビットは複雑そうな表情を浮かべた。

そこへ大尉からの無線が入った。

内容を聞き、大尉に処理をお願いした後にアリスへこう伝えた。

「お前の仲間は死んだ。その報告が入った」

「ミィーシャ……」

モルフォの本名か。アリスがそれを口にするとは。

「これで私達は……解放された。感謝するわ……」

「ずっと後悔していたのか」

「あの施設から出た日から……ずっと……」

アリスは涙を流し、ボディーアーマーの裏から写真を出した。

アリス、モルフォ、アゲハが仲良く撮られている。

「私達は大罪によって、変えられた。普通に……生きられなかった……。本当は、女の子らしく……生きたかった……」

「アリス……」

「……もう今では夢物語だけどね」

アリスはポケットからUSBを出して、俺に差し出した。

「ここに……大罪のデータが一部ある……奴らを潰して……私達のような子ども達を救って……」

USBを貰うと、アリスは意味深な言葉を言った。

「大罪は……ある人間と結託して、更に規模を……大きくするつもり……あのは脅威よ……」

「蛸?まさか、オクトパスか!」

アリスがオクトパスを知っていたなんて。

だが、彼女はオクトパスをほとんど知らなかった。

「一度も会ってないし……話した事もないけど……ヤツは……日本を大罪の属国に……するつもり……」

「何だと?」

「組織の人間がそう言ってた……嘘か本当かは自分達で調べて……」

アリスがベンチに横たわり、虚ろな目を俺達に向けた。

「ああ……眩しい……けど良い空……。あの国でも見たな……仲間達と……。皆、そこにいるのね……」

「アリス?」

アリスの視線が俺達に向けられていなかった。

彼女にしか見えない何かがいるのか?

「ジョーカー……私、次は……不思議の国の……王女に……なりたいわ……。そこで……友達と過ごして……王子様と……フフ……欲張り過ぎ……か……」

だんだんアリスの声が小さくなり、彼女は静かに目を閉じた。

アリスの顔はとても穏やかだった。

俺達はしばらく話せなかった。とても動きたくなかった。

先に動いたのは俺で、俺は亡くなった彼女を抱き上げる。

「何を?」

「彼女を埋葬する。どんな手を使っても、彼女を安らかに眠らせるんだ」

俺の意図を理解した2人は頷き、公園から去った。

アリス。お前の本音を聞いて理解したよ。

普通に生きたいという願いは俺も同じだ。それを夢見た事もある。

だから、お前の無念は俺が晴らす。お前を変えた大罪を潰す。

お前はゆっくり休め。仲間と一緒にいろ。

十分頑張ったお前にはその義務がある。

良い場所を用意してやる。不思議の国のアリスみたいな世界が好きだよな。

あの本をお前に渡したのは、お前に似合ってるからだ。


数日後、某所。

「呼び出してすまないな。例の工作員があなた方の実働部隊を全滅させた」

「問題ないさ。まだ駒はある」

「喜んでいられない。私とあなた方との関係がバレたら、私の身が危うくなる」

「我々は徹底された組織だ。世界規模になったのも徹底されているからだ。安心しろオクトパス、お前の安全は我々が保障する」

「……任せる。私はこれまで通り学校に行く。今は休みを謳歌する」

「そうしてくれ。あんたの敵は俺達が倒すからよ……」

「……信頼できんな」

「何か?」

「いや、あまり油断するなと思っただけだ。あの組織にはがいるからな」

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