第二章夏休み編2 エピソード2

ある日、イーグルアイから電話が掛かった。

『ジョーカー。イエメンで会ったあの傭兵、どうやらロシア政府が雇った訳じゃないんだ』

「どういう事だ?」

『幾ら調べてもロシアに繋がる証拠は見つからない。それで別視点から調べたら、ある人間に辿り着いた。その名も"オクトパス"』

「蛸?」

『ワークネームだ。職業スパイで、色んな国や組織から雇われている凄腕。特徴は事だ。男や女、子どもや老人、人種を問わずに変装する』

「それがあの傭兵、そして俺が追っているスパイと関係が?」

『察しがいいな。そう、お前が追っているスパイがオクトパスで、あの傭兵を差し向けたのもオクトパスだ。幾つもの仲介人を通して雇った』

そんな裏社会の大物スパイが俺のターゲットか。

傭兵を差し向けたのは、大方警告だろうな。

これ以上追うなら容赦しないというメッセージだ。

「オクトパスの詳細は?」

『分からない。オクトパスがどんな人間なのか知られていないんだ。男や女、年齢も分かっていない。分かってるのはコードネームのみだ』

だから今までスパイとしてやってこれたんだ。

自分を秘密にできる程頼りになる奴はいないからな。

「できるだけ調べてくれ。あっちは俺の事を知っている可能性がある」

『分かった。なるべく急ぐ。それと、もう一つ別件で話す事がある』

「何だ?」

『ニュースでも報じてるだろ?あの強盗事件』

先週観たからな。

『実はその強盗犯の排除を公安から依頼されたんだ。大尉達が動いているけど、その手伝いを頼んでくれと伝えられたから伝えとく』

「俺に振り過ぎじゃないか?ま、片手間で手伝うよ」

『頼りにしてるぞ、ジョーカー《切り札》』


翌日、勉強を教えるのを約束していた芹香が家に来た。

初めて外部の人間を家に入れる事となる。

緊張しながら家に入った芹香。

「お邪魔します……」

「おう。とりあえずリビングでやるか」

リビングに向かい、茶を入れてから芹香が分からない宿題の問題を教えた。

やはり芹香は数学が苦手らしい。今度は図形の計算の応用問題が分からなかったそうだ。

図形はそれぞれ決まった計算式がある。それを教え、芹香は問題に当てはめる。

「どう……?」

「……正解だ。やればできるじゃないか」

「えへへ、蓮司君の教え方が上手だからだよ」

嬉しそうに笑みを浮かべる芹香。

教え上手なのはきっと……いや、もう過去の事だ。

それからも芹香の勉強に付き合っていると、ある事に気づいた。

芹香は白い花のワンピースを着ているのだが、俺の目に映ってしまうのだ。彼女の胸が。

平静を装って勉強を教えているが、やはり気になってしまう。

昔はこんな事はなかったのに、思春期とやらの体は厄介だ。

そんな時、家のインターホンが鳴った。

「誰だ?」

俺が玄関に向かい、扉を開けて相手を確かめる。

「こ、こんにちは……」

「昨日の女子高生か」

昨日変質者から助けた1人の黒髪女子高生が家に訪ねてきた。

「あなたが神聖学園の生徒だと聞いて、色々調べてここに来たの。来たのは昨日のお礼がしたくて……」

「別に俺が自分の意志で助けただけだ。あれから大丈夫だったか?」

「おかげさまで友達も元気になった」

あの2人も特に問題なくて安心した。

「あ、忘れてた!私、琴葉笛未です!」

思い出して慌てて自己紹介する女子高生こと笛未。

そういえば名前聞いてなかったな。

「昨日は制服を着ていたが、塾帰りだったのか?」

「え、ええそう。早く終わって友達と遊んでたの」

そんな時に変質者に目を付けられたのか。災難だったな。

「あの、これはお礼の印。受け取って」

手に持っていた紙袋を渡した。

これは都内の少し高めの和菓子店の物だ。

「高かっただろ」

「変質者から助けた礼としてはまだ不十分だけど、今はこれでお願い」

ま、ここで断っても彼女の気が収まらないだろう。

素直に貰っておく事にしよう。

再び彼女の顔を見ると、俺から視線を外した。

「……?彼女は?」

振り返ると、芹香が廊下にいた。

「芹香」

「ごめん。気になっちゃって……」

ん?急に言葉が途切れた。

「蓮司……君。彼女は……」

「同じクラスの芹香。今日は宿題を教えてもらいに来てたんだ」

「……そう」

笛未の声色が変わった。

な、何が起きてるんだ?

「蓮司君、ごめん。今日は早いけど帰るよ」

芹香が荷物を持って再び玄関に来た。

急な展開で俺は困っていた。

「どうしたんだ?」

「ちょっと急用ができたんだ。また今度教えてもらうよ」

そう言って扉にいる笛未と一度顔を合わせる。

「少し話しましょう」

「ええ。そうね、蓮司君。また会おうね」

2人は不適な笑みを浮かべて家から出て行った。

「何なんだあいつら」

俺がそう言うと、2階から降りてきた美鈴が、

「面白くなってきたね、お兄ちゃん★」

と意味深な事を面白そうに言った。


予定が潰れた俺は強盗事件を調べる事にした。

昨日起きた強盗事件は銃器を使った凶悪犯罪で、銀行にいた客達は催涙ガスを吸って病院送りにされた。

犯人は現金輸送車で逃走後、行方不明。

過去にも2件、強盗を行っていた。

1月に現金輸送車を通りで強襲して約七百万を、3月には大手の銀行で強盗し、現金約五百万を奪った。

事件の概要やイーグルアイから貰った監視カメラ映像や捜査資料を見たが、犯人はかなり手慣れたプロだ。

証拠や痕跡を完璧に消し、完全犯罪を成立させている。

どうやって突き止めようかと考えていると、1件の事件に目を向けた。

2年前に起きた与党議員の銃撃事件の資料があったので内容を見る事にした。

当時、東京駅で演説していた有力候補の議員が女子高校生に撃たれる事件が起きた。

女子高生は通学カバンに拳銃を隠し持ち、議員が演説に来た人達に握手していた時に拳銃で2発発砲。

議員の脇腹と首元に命中し、この弾で議員の命を奪った。

その後、女子高生は無差別に発砲し、民間人や警備のSPや警官合わせて15人を負傷させた。その内2人は命を落とした。

警官が応戦し、女子高生の胸と腹に計3発当てると、女子高生は膝を着いて自殺。顎の下から自身で拳銃を撃って幕を下ろした。

その時の動画もあり、修正なしで一部始終も観た。

この女子高生、死ぬ気で銃撃したな。

顔を見たが、冷静沈着で無慈悲に拳銃を撃っていた。

撃たれた時も目を閉じて自殺した。

ただの女子高生じゃないと考察していると、女子高生が着ていた制服が気になった。

昨日笛未が着ていた制服と似ているな。まさか?

ネットで画像検索してみると、見事ヒットした。

新潟県の私立高校の女子の制服が写真で出てきた。

確かに笛未と銃撃した女子高生の制服が一致している。

同じ生徒なのかを調べてみると、疑問だらけになった。

まずこの高校は数年前に廃校になっており、制服はかなりのプレミア価格になっていた。

そして、学校の生徒名簿に笛未や銃撃した女子高生『斉藤柚』の名前はなかった。

どういう事だ……?

警察の資料では斉藤柚は身元不明の女子高校生として処理されている。

彼女が政治絡みのヒットマンだと思われている。

何か引っ掛かる。

イーグルアイに連絡して、2人の調査を頼んだ。ついでに笛未の友達も対象にした。

名前は分からないが、特徴を教えてイーグルアイに任せる事にした。

待っている間、さっき会った笛未の様子を思い出していた。

あの時は嘘偽りなく女子高生として接していた。

彼女は一体何者なんだ……?

後から美鈴が心配そうに俺の手を握る。

それでも俺のモヤモヤは晴れなかった。


その日の夜、美鈴と2人で学園の全生徒からオクトパスに該当しそうな生徒をピックアップしていると電話が掛かった。

相手はイーグルアイ、つまり結果が来たって事だ。

「どうだ?」

『…………』

何かイーグルアイが話しにくそうにしているな。

『……ジョーカー。調べた結果が出た』

「それで?笛未はシロか?」

『…………』

イーグルアイが無言になった。俺はため息をついて、椅子に座った。

「で、笛未の正体は?」

『3件の強盗事件の犯人であり、2年前の銃撃事件の関係者。そして、あのの1人だ』

…………。

人はとてつもなく驚くと、一回回って冷静になれるんだ。俺は今そう思った。

深く息を吐いて、イーグルアイに報告を続けさせた。

『彼女の名前が偽名だとすぐに分かってから、色んな所に検索をかけた。そしたら、彼女の偽装戸籍から足取りを追えた。運命なのか、所属はジョーカーと同じだったよ』

「……もう社会復帰していると思ってた。俺が解放したつもりだった。俺の思い過ごしだったのか」

『……私は極度の引きこもりだった』

突然イーグルアイが自分の過去の話をしてきた。

『小学校の頃のいじめから引きこもりになり、ネットの世界に閉じ籠った。ネットで勉強をしたり、それなりに楽しかったけど、人と話さなかったせいでコミュ障になってた。そんな時にネットの世界から私を出してくれたんだ。今でもその恩人には感謝してる』

「イーグルアイ……」

『ジョーカーにも重い過去があるだろ。よかったら話してくれないか?それが犯人に繋がるかもしれない』

…………。

近くに美鈴が来ていた。

美鈴も俺とほぼ同じ過去を持っている。いずれ誰かに話そうとは思っていたが、イーグルアイが最初とはな。

「お前は世話になってるから話すよ。俺の暗黒の過去を……」

記憶からあのおぞましい過去を呼び起こす。

誰もが狂っていたあの日々の事を……、俺は話した。

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