第二章夏休み編 エピソード3

「そうか。最後の最後で奴らが仕掛けてきたのか」

「ああ。調べたが、前歴のない母親だ。イスラム教をかなり信じているが」

数時間前にあった事を拠点で合流した大尉に報告した。

あの後、爆弾は解除され、母親はアメリカに引き渡し、子どもは弧児院に預けた。

母親は取り調べを受けているが、EHの洗脳で思想を訴えるように話したらしい。

分かったのは自分の家庭環境の改善だった。

貧しい状況を脱したくてテロに志願したそうだ。

「だとしても、自分の子どもをテロの道具にするのは許されない。未然に防げて良かった」

「ああ。不幸中の幸いは、あの赤ん坊が自分の母親の正体を知らなかった事だ」

大尉は頷くと、椅子に腰を掛けた。

「さっき無事に演説を終えたジェーソンに礼を言われたよ。あなた達のおかげで助かりましたと」

「雇われの俺達に礼を言うなんてな。少し違う政治家かもな」

「そうだな。彼は今は大使館にいる。シークレットサービスと大使館駐留の海兵隊が彼を守ってくれる」

「じゃ、残り2日。ジェーソンを守ろうぜ」

大尉と拳を合わせて、部屋を出た。

自分の部屋に戻っている途中、パソコンのビデオ通話でアルが誰かと話していた。

おそらくアルの家族だろう。声は聞こえないが、アルの表情は穏やかだ。

アルには愛すべき家族が遠くにいる。

少しだけ……嫉妬するな。

無性にそう思ってしまった。

その後、ラビットと眠くなるまで会話した。


その頃、イエメンのレストランでジョーカーと会ったEHの幹部がテーブル席で食事している外国人に声を掛けた。

「どうですか?ここの料理は?」

「……悪くはない。あんた達がここの代金持ってくれるから、私達は満腹になるまで食べられる」

外国人の中に銀髪のロシア人がいた。

20歳前後の若い女性だが、その目は冷酷を物語っている。

服の下から彼女の鍛えられた肉体が見える。

「じゃあ、食事しながらで申し訳ないけど、ビジネスの話をしよう」

店の肉料理を食べた女性はナプキンで口を拭き、EHの幹部に体を向けた。

「はい。あなた達は明日の夜、我々の襲撃に参加させていただきます。標的はアメリカから来た政治家、ジェーソンという男です。今はアメリカ大使館にいます」

ジェーソンの写真を受け取り、顔を覚えるロシア人女性。

「私達としては、この男を捕らえ、理想の為に処刑したいのです。他は殺しても構いません」

「ふーん。あんた達はどれだけの戦力を出すの?」

「この国にいる同志の7割を投入します。厳重な大使館に攻め込みますので、重火器も使用します」

「本気で襲撃すると、あんた達が逃げ腰じゃないのは分かった。だが、どうやって攻める?」

EHの幹部が1枚の紙を女性に渡す。

内容を見た女性は納得して、紙をしまった。

「中々エグい事をするのね。ま、前金は振り込まれてるから従うわ」

「でしたら、この依頼は成立ですね。詳細は後日話しますので、失礼します」

幹部は頭を下げて、その場を去って行った。

「あんた達、聞いたわね?食べ終わったら作戦会議よ。羽振りの良いテロリストの依頼よ。成功して、どこかのリゾート地で遊ぼうね」

『おう!!』

彼女に従う男達は強く返事した。

ここにいる外国人は全員白人だった。


次の日、俺達の仕事はなかった。

ジェーソンは大使館の中で仕事したり、パフォーマンスを行うらしい。

守りはシークレットサービスと海兵隊がやるので、俺達はお払い箱。

明日の帰国の護衛を担当する事になった。

なので拠点内の仲間達はのんびりと暇を持て余していた。

俺も知り合いとトランプしたり、運良く電話できた芹香と話したりした。

電話の後に仲間達がからかってきた。お前の女かと。

適当にはぐらかして立ち去ると、大尉とアルが話していた。

昨日は言い争っていたのに、今日はすっかり仲良く話していた。

気になったので、2人の会話の中に入った。

「ずいぶんと仲が良いんだなお二人さん」

「ジョーカー。アルとは、長い付き合いだから昨日みたいにぶつかる事もあるさ」

「ああ。そうだ」

なるほど。しかし2人が互いに友人だと信頼している理由が気になるな。

「2人の馴れ初めは?」

「2010年、アメリカのロサンゼルス。まだ警官とシールズ隊員だった俺と大尉はそこのバーで出会ったんだ」

「懐かしいな。お互いに仕事で鬱憤が溜まってて、目を合わせたらライオンみたいに一触即発になった。そんな時に勝負をして、白黒つける事にした」

「そう。ナンパだ。バーに女が何人もいたからどちらが早くナンパできるか勝負したんだ」

何ともまあ下らない勝負だな。酒が入ってたから仕方ないか。

「中々上手くいかずに2人で落ち込んでいると、俺達に話しかける女がいたんだ。それがアルの奥さんだ」

「嫁は俺達にモテる秘訣を教えてな。面白かったから連絡先を交換して、それから3人で飲みに行ったんだ」

アルの奥さん、屈強で強面の2人によく話しかけられたな。

「そしてあの時、俺は任務に出た。長期任務だから2人の背中を押す形で去った」

「大尉、だから俺に遊園地のチケットを渡したんだな。俺に嫁を任せると」

「ああ。その結果、見事にだろ?」

まったく、この二人は……。

「何度も言ってやる。ありがとうってな」

「気にするな。お前に合っていたと気づいただけだ」

大尉はアルと握手した。

この2人、本当に仲が良いな。

話を聞いた俺は更に2人の仲の深さを感じた。


イエメンのEHの構成員に送られたメッセージ。

それを受け取った構成員は家に戻り、組織の証として貰った銃を手に取る。

そして構成員ではない市民に大使館へ行くよう煽った。

脅されたり、素直に従った市民は走って大使館へ向かった。

この日、多くのイエメン人が外に出た。

まだ日が沈んでいない時間に群衆が大使館へ向かっていた。

その中に、白人の男達も混じる。

ローブで体を隠し、構成員と大使館へと足を運ぶ。

その様子をドローンが捉えていた。そして、大使館とブラックオプスに通達。

大使館はすぐに事態を把握したが、その頃には群衆に大使館の外を囲まれてしまった。

ブラックオプスに救援要請を送り、海兵隊が防衛態勢に移り、職員やジェーソンは安全な場所へ避難を始めた。

一方、ブラックオプスは拠点から動けずにいた。

ここに来て、CIAの待機命令が出された。

せっかく戦闘装備を着たのに、出撃できずに隊員達はストレスが溜まっていた。

それは幹部達も同じだった。

大尉は懸命にCIAと交渉するも、聞く耳を持たない。

そんな時、銃声が聞こえた。

拳銃ではなく、AKの銃声。

拠点の外を見たハンターは妙に明るい場所を目撃した。

光っているオレンジの光、それは燃やしている炎だった。 


「聞こえたか?AKの銃声だ」

ここからでもよく聞こえるAKの銃声。しかも威嚇なのか、リズムに乗った銃声だ。

ハンターが見た明るい場所は大使館がある方向にあるじゃないか。

あの通達はどうやら本当らしい。

すぐに助けに行かないといけないが、この状況を知らずかCIAの足止めを食らっている。

俺達が介入すれば、事態がややこしくなると。

ふざけるな。大使館の人間よりも面子を優先するのかよ。

大尉がしばらくCIAと交渉していたが、奴らの意志が固いと理解すると、もう連絡をしなくなった。

「全員聞け。これより救出に向かう」

大尉はCIAの命令を無視して、大使館にいるジェーソンを救出すると決めた。

大使館はEHに囲まれ、脱出できない状態にあるそうだ。

そこで、ヘリで大使館屋上のヘリポートに着陸し、ジェーソンがいるセーフハウスまで向かう。

今、すぐに向かえるヘリは一機のみ。予備は組織に要請している最中だ。

ヘリに乗る救出部隊を大尉が編成した。

俺を指名し、2人で大使館へ向かうと決めた。

なぜ最小人数にしたかと聞くと、その分こっちの守りを固める為だそうだ。

ここを第2のセーフハウスに設定し、ジェーソンを避難させる。

作戦を聞いた仲間達が防衛態勢に移った。

ヘリポートにブラックホークヘリが着陸し、俺と大尉はヘリに乗り込む。

そこへラビットとハンターがやって来て、俺にエールを送った。

「必ず戻ってきて!」

「ここは任せて!」

「ああ!」

2人にグッドサインを出し、2人は防衛の手伝いに動いた。

ヘリの搭乗席に座り、パイロットがヘリを離陸させて、大使館へ直行した。

ここから大使館までヘリで5分だ。それまで奴らが辛抱強い事を信じるしかない。

大尉がMK18 mod1アサルトライフルを握り、外へ目を向けた。

市街地では複数の場所で火災が起こっている。等間隔で起きているから、何かの合図にも見える。

「イーグルアイ、大使館の状況を教えてくれ」

『大使館の外に数百人規模のEHが集まってる。武装しているのがほとんどだが、民間人も確認した』

「大使館の海兵隊に撃たせない為だ。民間人の誤射は軍法会議だからな」

『いつ突入されてもおかしくない。奴らの士気が高まってるぞ』

後1分で到着する。それまで敵が我慢してくれるのを祈る。

武装を整えていると、大使館が見えてきた。

大使館の外にはEHの群衆、大使館駐車場には海兵隊員が数人いた。

あの人数では攻め込まれたらあっという間に全滅だ。残りは大使館の中か。

『着陸まで残り30秒』

「急いで救出するぞ。ここが落ちるのは予想よりも早い」

大尉と俺はヘリのフックにロープを付け、降下準備に入る。

ヘリがヘリポートの真上で止まり、着陸許可を出した。

「よし、降りるぞ」

2人でロープで下に降下した瞬間、ヘリが激しい銃撃に遭った。

銃弾でロープが切断され、俺は数メートル下に落下した。

「ジョーカー!」

運良く無事に降下した大尉が俺に駆け寄る。

俺は何とか軽傷で済んだ。

『クソ!これ以上は無理だ!一時離脱します!』

たくさんの弾を受けているヘリはフルスロットルで大使館から離れた。

立ち上がって、M4A1を手にした。

「大丈夫か?」

「ああ。少し背中が痛いだけだ」

大尉に大丈夫だと伝え、2人で階段がある扉へと向かう。

すると、外が騒がしくなった。

銃声もやかましくなり、爆音も聞こえるようになった。

『防衛線に敵が侵入、大使館へ敵が雪崩れ込んでる』

「始まったか。急いで向かうぞ」

俺は大尉と階段で下へと降りる。セーフハウスは大使館の地下にある。

そこまで徒歩で向かわなくてはならない。

「大尉、ここの職員はどうする?」

「アメリカに任せろ。俺達が助けるのはジェーソンだけだ」

優先するのはジェーソンのみ。残酷だが、大人数を助ける程時間や手段は残されていない。

2階まで降りると、窓からEHの戦闘員が見えた。海兵隊員をなぶり殺している。

1階へ到達し、室内に入ると隣のフロアに敵が侵入した。

ここと隣のフロアは防弾ガラスで仕切られているから撃たれる心配はないが、隣のフロアにいた海兵隊員や職員が皆殺しにされた。

数の暴力でフロアのアメリカ人は全滅。敵は先へと進んだ。

やり返したかったが、任務があるので堪える。

エントランスは敵に占拠されていたので、外側から回り込んでいると、オフィスフロアに2人の海兵隊員がいた。

いきなり銃を向けられたが、俺達が味方だと気づいて銃を下ろした。

「お前達BO《ブラックオプス》だな。2人だけか?」

「ああ。ヘリは敵の攻撃に遭って離脱した」

「そんな……他の部隊は民間人の避難で手一杯だ。俺達はここへ来る民間人を待っているんだが、一向に来ないんだ」

海兵隊員が事情を説明していると、奥から大きな音が鳴った。

右手の廊下から逃げ惑う職員がこっちに来た。

それに続けてEHの戦闘員が6人現れる。

「まずい!伏せろ!」

戦闘員が民間人をお構い無しに撃ち殺し、俺達にも攻撃してきた。

俺と大尉はすぐに隠れたが、海兵隊員は戦闘員の銃撃で倒れた。

ほとんどの職員も撃ち殺され、残りは通り過ぎたのでもう障害はない。

戦闘員の排除に動いた。

戦闘員は精密ではなく、乱射するように撃ってくる。

銃撃は激しいが、隙は必ずある。

そこを突いて、遮蔽物からM4A1で戦闘員の1人を倒した。

大尉も数人、急所を撃ち抜いて倒す。

残った2人は奥へと逃げていった。

後を追うと、さっきの2人が仲間を呼んで再び襲ってきた。

遮蔽物から応戦するが、敵の勢いが強い。

大尉が手榴弾を投げ、手前に爆発させて敵をビビらせ、その間に俺と一緒にセミオート射撃で数を減らす。

戦闘員の1人が職員を強引に引っ張って、人質に取った。

乱戦状態の時の人質は厄介だが、大尉はサイトを覗き、一発で人質を取っている戦闘員の額を撃ち抜いた。

他の戦闘員を撃退させ、俺と大尉は職員を逃がした。

地下への階段の入口まで逃げていた3人の戦闘員を反撃させずに倒す。

「これでひとまず終わりだな」

「まだ敵は大勢いる。油断するなよジョーカー」

大尉が俺に気を引き締めるよう伝え、扉を開ける。

すると、突然EHの戦闘員が大尉を壁に押し付けた。

俺がそいつを撃ち殺そうとするも、扉から敵が来るのを見え、優先して敵を射殺する。

大尉は肘蹴りを食らわせて戦闘員を床に倒し、俺がG 17拳銃で後頭部を撃った。

「ナイスだ」

「どうも」

拳銃をしまい、先へと進もうとする。

その時、大尉が俺を呼び止めた。

振り向くと、倒した戦闘員を仰向けにしていた。

それで初めて気づいたが、この戦闘員はイエメン人じゃなかった。明らかにロシア人の男だった。

スリングの武器もサイト付きのAK-12だ。自前の銃だ。

「コイツは一体……?」

「大方EHが雇った傭兵だろう。数合わせか切り札かは分からん」

ロシア人のEH戦闘員の元から去って、階段で地下に降りる。

地下のボイラー室には海兵隊員の死体が地上より多くあった。

やはりジェーソンは地下に避難されたようだ。

部屋を出て廊下に出ると、シークレットサービスを殺した戦闘員と遭遇した。

俺がすぐに倒すと、銃声を聞いて廊下と曲がり角から戦闘員がUZIが乱射してきた。

俺が姿勢を低くすると、大尉が3発で戦闘員を倒した。

大尉に礼を言い、曲がり角を曲がると、3人のシークレットサービスの死体が転がっていた。

血痕は横の扉まで付着している。

その扉まで移動して扉を見ると、セキュリティーカードで開くシステムになっている。

シークレットサービスの死体からセキュリティーカードを拝借し、認証装置にカードをかざす。

「ジョーカーだ、助けに来た」

認証装置のスピーカーに向けて伝えると、数秒後に扉が開いた。

中に入ると、ジェーソン本人とシークレットサービス2人がいた。

「よくここまで来れたな」

シークレットサービスの1人が大尉に向けて素直に言った。

大尉は軽く返事して、状況を聞く。

「まあな。おい、残ったのはお前達だけか?」

「ああ。近くまで敵が来た時に仲間が向かったが、帰ってきてないとなると……」

「扉の前とその廊下の角にお前達の仲間が倒れてた。残念だな」

仲間の死を伝えられ、悔しがる2人。

「海兵隊もほぼ全滅だ。この大使館は間もなく陥落する。俺達だけでも脱出しよう」

「……方法は?」

「大使館に地下駐車場があるのは知っている。それで裏から抜ける。仲間に連絡して、車を寄越す。その車で俺達の拠点へ避難する」

「駐車場の車だとダメなのか?」

「外は敵に囲まれている。銃撃に晒されると車が拠点まで持たない」

「ならそれに従う。ジェーソンは任せろ」

「ああ、攻撃は俺達の仕事だ」

大尉はMK18のマガジンを交換しながらそう言った。

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