第二章夏休み編 エピソード2

イエメンの拠点はかつて住宅街だった所を一部買い取り、壁で周りを覆った場所だった。

入口が自動で開き、車は広場で停まった。

キンキンに冷えた車から降りると、イエメンの暑い日差しが襲った。

イエメンの夏の平均気温は28~30だが、乾燥しているので喉が渇きやすい。

拠点には召集されたメンバーが集まっている。その中に一般隊員も存在した。

精鋭しか呼ばれてないと聞いていたが、隊員もいるとは知らなかった。

俺とラビットが隊員の存在に疑問を抱いていると、建物の中から大尉が挨拶してきた。

「よう、来たな2人共。ようこそ我々のベースキャンプへ」

「あんたも来ているか、大尉」

大尉と握手を交わすと、隊員の事について聞いてみた。

「ああ。あいつらのことか。俺もここに来て初めて知ったんだが、どうやらアルが呼んだらしいんだ」

「アルが?」

アルというのは、隊員上がりの幹部だ。名前はアルフレッド・イークス。

俺よりも所属年数が多く、元警官として隊員の指導を任されている教官でもある。

そんな彼がこの任務に参加し、予定外の隊員を参加させるとは、何を考えているんだ?

「まあ、とりあえず中に来いよ。涼しいからな」

拠点の司令部の中に入り、既に集まっている仲間達の所へ合流する。

ハンターもガンナーもいるし、他のメンバーも集められている。全員精鋭だ。

ボードの前に屈強なモヒカン男がいた。アルだった。

「これで全員か。座れ」

俺達は席に座り、仲の良い仲間と挨拶すると、アルが話し始めた。

「諸君、まずはここまで来てくれてありがとう、歓迎する。今回の任務は明日にアメリカ大使館へ来る政治家の護衛だ。シークレットサービスと連携して、外からの危険を未然に防ぐ。政治家の安全をシークレットサービスに任せて、俺達は離れて護衛する。詳細は紙にまとめてあるので、確認してくれ」

組織のオペレーターから資料を貰い、作戦内容に目を通す。

何だ?装備が拳銃のみだと。

それに気づいた他の仲間も眉を動かす。

「アル、軽装備じゃねえか。これじゃあ守るモン守れねえよ」

「シークレットサービス長からの命令だ。従ってもらう」

仲間達がアルへブーイングを飛ばす。

政治家はパフォーマンスとして、モスクや学校、病院に回って演説するらしい。

つまりテロリストが潜めやすい場所へ行くのだ。拳銃じゃ対処できないという仲間達の気持ちが理解できる。

外部からの命令に従う仲間達じゃないから、文句が出るのは仕方ない。

「アル。ここはテロリストの巣だ。それじゃあ護衛任務が務まらない」

そう意見した大尉だが、アルはそれを一蹴した。

軍とは勝手が違うんだぞ、と言って。

このまま仲間割れは困るので、俺はアルにこう言った。

「アル、俺とラビットがEHに絡まれたのは知ってるよな?」

「ああ」

「奴らは武器を持たなければ現地人だ。それに仲間意識が強く、結束力も固い。この雰囲気じゃ、奴らに政治家が殺されるぞ」

「何を根拠に……」

「現に、ここではテロが頻発してるだろ。テロで自由な世界に変えられると信じて、奴らは繰り返す。あまりテロリストを舐めない方がいい」

ここまでアルに言ってやったが、ヤツの固い頭がまだ考えを阻害している。

しかし、渋々アルが納得し、シークレットサービス長に装備の事を改めて話し合うと約束した。

決まるのは日没まで。

後はアルが仲間の配置について話して、アルがブリーフィングを終わらせた。

仲間達が帰っていく中、アルが俺と接触した。

「あの意見は経験から出たのか?」

「テロについてはお前も詳しいだろ」

「ふん、流石元だ。テロリストに詳しいのも頷ける」

俺はアルに鋭い視線を向ける。

「だが、俺は認めないぞ。お前やラビット、ハンターなんかが幹部を務めているなんてな。子どもが戦いに出るのはおかしい」

「それで隊員をここへ送ったのか。不平不満は勝手に、だが任務はちゃんとやれよ?」

俺はアルに背を向けて立ち去った。

アルは数少ない家族持ちだからあの発言も理解できるが、俺が幹部をやってるのはあくまでも周りの信頼だ。

実績がなければ、仲間達が納得しないからな。

ラビットもハンターも俺と同じく、多くの実績を積んでいる。

少年兵という単語に反応したのは、俺もまだまだだという証拠だな。


夜、イーグルアイからイエメン各地の監視カメラ映像を見せてもらった。

夜のイエメンは武装したテロリストが車で巡回している。

例のEHは数が多く、どの地域にも戦闘員がいる。

外国人を探し回っているようだ。見つかった外国人が連行されているのを見た。

「外人狩りが始まってるな」

「もういつ大規模なテロが起きてもおかしくない」

テロリストの士気は高い。理想の為に命を捧げる連中だ。

監視カメラ映像を見ていると、銃声が聞こえた。

かなり遠いが、アサルトライフルの銃声だ。

外を見ると、ここから少し離れた町から銃声が何度も鳴り響いている。

「ここは少し前のイラクか?」

「戦争状態みたいだな。ジョーカー、中に入れ。流れ弾が来るかもしれない」

それで死ぬのは御免だな。建物の中に入る事にした。

「今回の任務、かなり面倒かもな」

「だとしても、それをやり遂げるのが俺達だ。いつも通りにな」

「……そういえば、彼女と連絡取らなくていいのか?あっちはもう深夜だぞ」

あ、やば。忘れてた。

イーグルアイに礼を言って、芹香に連絡を取った。

もう寝ているかと思ったが、電話が繋がった。

『もしもし』

「芹香、遅れてすまない」

『ようやく連絡が来た。ずっと待ってたんだよ』

そうだったのか。申し訳ない事をしたな。

「悪い。ようやく宿が取れてな。それに固定のWifiも時間をかけて繋げたから、時間がかかったんだ」

『そうなんだ。そこの観光はどうだったの?』

あー、どう誤魔化そう?

「とても良いよ、噂になっていた観光スポットも悪くなかったし」

『へぇ、後で写真見せてね』

「ああ」

後でイエメンの有名スポットの写真を撮らないと。

「芹香、声が聞けて嬉しいよ」

『私も。ちょっとだけ話そ』

少しだけ芹香と話した。その時間はとても有意義だった。


翌日、大尉がアメリカから来た政治家とコンタクトを取った。

改めて日程を確認し、不備がないかチェックした。

その結果、ほぼ不備はなく、作戦が本格的に立案された。

ちなみに政治家の名前はジェーソン。民主党の議員だ。

アメリカと世界の協働を目的に、世界中に赴いて演説している。

今回もイエメンでアメリカとの協働を演説するそうだ。

場所は学校、モスク、そして病院の順番で回ってから大使館へ戻る。

ジェーソンの警護はシークレットサービスが担当する。

俺達は周囲の警備を任された。

拠点で戦闘装備に着替え、車で現場へ向かった。

自分達が担当する事になったのは病院だ。

テロに遭ったイエメンの市民が運ばれ、今でも懸命な治療が行われている。

子どもも老人も怪我をしていて、テロの傷跡を改めて感じた。

警備は俺、ラビット、ハンター、そして一般隊員6人。

演説を病院の中ではなく、外側の広場でやるので、俺とラビットが客席、ハンターが広場を見下ろせる建物の屋上、隊員達は広場の外側を担当する。

客席にはジェーソンの評判を聞いた市民でいっぱいだ。

この中にテロリストが潜んでいる可能性が高い。

まだジェーソンは来ていないが、それでもできるだけ不安要素を消す必要がある。

「ハンター、異常は?」

『ないよ。見た目は完全にイエメン人よ』

「識別装置が後少しで着く。それまでに怪しいヤツをピックアップするぞ」

識別装置とは、カメラで顔を読み取り、顔から個人情報を表示させる機械だ。

今回の為に組織が用意した物だ。まだここには届いていない。

それが届けば、客席にいる市民の素性が分かる。テロリストでなくても、危険なヤツも引っ張り出せる。

人数を割かれて少なくなっているので、目を凝らして敵を探さなければならない。

交代を取りながら警備を続けていると、病院にジェーソンが護衛とやって来た。

ジェーソンの姿を見た市民はスターでも見たかのように声を上げていた。

イエメンの現状を変える可能性があるジェーソンを信用して、ヤツを注目している。

ジェーソンは広場の演説会場まで向かって、市民に手を振りながら歩く。

ジェーソンは爽やかな若者だから、女性の心を虜にしている。

俺は隊員の数人をこっちに回し、客席への警戒を強める。

それにしても、色んな市民が来ているな。老若男女、家族連れや障害者、負傷者までここに集まっている。

こりゃ、識別装置がないとヤバいな。

『ジョーカー、識別装置を貰った。コンタクトレンズの使用を許可する』

求めた瞬間に届いたか、運が良いな。

目にコンタクトレンズを付けると、視界に目に見える人の情報が出た。

小さく、そして俺が知りたい情報を優先して表示してくれる。

他の仲間もコンタクトレンズを付けていた。

「さあ、演説前に探し出そう」

ラビットと数人の隊員で客席を回る。

一人一人顔をチェックし、不審人物がいないか探す。

しかし、意外にどれも前歴のない一般人で拍子抜けだな。

仲間の報告も来るが、問題はないとのこと。

病院の前の学校やモスクでテロが起きたと聞いていないから、ここで起こると思ったのに。

ま、その方が良い。テロなんか御免だ。

そうやって見回りを続けていると、前列のベビーカーと一緒にいる女性を見た。

前歴はないが、一応ベビーカーの中の赤ん坊を確認する。

日差しを遮断するバイザーでほとんど隠されているが、ちゃんと中に赤ん坊がいるようだ。

「…………」

カマかけるか。

「معذرةً ، هناك مكان يسهل رؤيته أكثر من هنا. هل نذهب؟(失礼、ここより見えやすい場所があります。行きましょうか?)」

「حسنًا ، أود أن أرى هذا الطفل يغير البلد ، لذا من فضلك لا تتردد في الاتصال بي.(まあ、この子に国が変わるのを見たいから是非ともお願いします)」

食い付いたか。

俺は親子を連れて会場の裏へと向かった。

そして途中で足を止める。

怪訝そうに俺を見ている女性。

俺が手を挙げると、女性の背後から隊員が羽交い締めにし、女性を拘束した。

声を上げないように布で塞ぐ。

俺はベビーカーのバイザーを外し、中を見た。

確かに赤ん坊はいるが、周りに病院を吹き飛ばす程の爆薬があった。

隊員が女性をチェックして、爆薬のスイッチを取り上げた。

「ハァ……自分の子どもを爆死させてまでテロをしたいのか」

隊員に女性を連行させ、俺は赤ん坊を抱き上げた。

この赤ん坊、とんでもない母親から生まれて可哀想だな。

俺は無垢な赤ん坊の顔を見て、心の中で哀れんだ。

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