第二章夏休み編 エピソード1
外からセミの鳴き声がうるさく聞こえる。
窓を見ると、建物や木から陽炎が見えた。
気温は35度、これからもっと暑くなるらしい。
日本の夏は外国のとは違う暑さだから、体に響くな。
ま、教室はガンガンにエアコンの冷房が働いているから暑さは感じない。
おかげで皆はのんびり授業を受けている。
しかもこの次は体育の水泳があるから、やる気が上がっている。
俺の水泳は水中訓練しか記憶にないんだが。
「ねぇ、蓮司君」
隣の芹香が話しかけてきた。
彼女の夏服も市販の物だ。自称普通と言い続けているだけはある。
そんな彼女が一体何の用で話しかけたんだ?
「友達が蓮司君の連絡先を知りたいんだって」
「お前の友達が?」
俺が来るまでいじめられ、友達が少なかった芹香だが、今はどんどん友達を増やしている。
その友達の1人が俺の連絡先が欲しいって?
「見ず知らずのヤツに連絡先を教えねぇよ」
「だよね。一応直接会ってから伝えてって言うよ」
そうしてくれ。
ちょっと芹香と雑談していると、もう授業終了のチャイムが鳴った。
すぐに水泳バックを持って教室の外へ飛び出す一部のクラスメート。
そんなに楽しみだったのかと唖然とする。
俺と芹香はいつもスピードで準備し、プールまで歩いて向かった。
「絶対プールぬるくなってるだろ」
「この暑さだからね」
「ま、これも学校のイベントだから、楽しみたいんだろうな。本当なのかは分からん」
「気分に流されるよね」
こうやって芹香と話すのも何度目だろうか。
潜入期間が長いと、そういうのも忘れてしまう。
「……」
「どうした芹香」
芹香が急に俺に視線を向けた。しかも長く俺を見ている。
聞いてみると、驚いて逆にどうしたと言ってきた。
「ど、どうしたの?」
「こっちの台詞だ。俺に視線を向けたまま歩いてたんだぞ」
「え、いや。その……」
何だか様子がおかしいな。
「おい、大丈……」
「あ!さ、先に行くね」
芹香は1人で先に行ってしまった。
何なんだ……様子がおかしかったぞ。
それに、顔を隠したまま先に行くとは、何かあったのか?
ま、とりあえず後を追うか。
放課後、芹香と昇降口に行くと、妹の美鈴が待ち受けていた。
「…………」
ジト目を俺に向けていた。少し怒ってるな。
「どうしたんだ?先に帰ってると思ってた」
「別に。3人で帰りたかったから待ってたんだよ~」
ただそれだけの理由じゃなさそうだぞ。
理由を問い詰める為に3人で下校した。
すると、美鈴が急に変な事を言った。
「どう?芹香の体は?」
「は?」
「チラチラと見ていたの、しっかり目撃してましたよーだ」
特に意識していなかったが、その節があったのは認める。
それとお前が不満がっているのと何か関係しているのか?
芹香は話を聞いていたら、顔を赤くして下に目線を向けていた。
「私はお兄ちゃんという男を誰よりも知ってます。いつも冷静でカッコいいけど、自分を大切にしない所とか。女の子に気に入られるとか」
「何の話だ?」
「そういう鈍感な所とか、いっぱい知ってる」
美鈴が何を考えているのかさっぱり分からない。
「芹香、覚えておいて。お兄ちゃんと一緒にいるなら、それらを受け入れる覚悟を持って」
「は、はい……?分かったよ……」
妙に美鈴が芹香を敵視している。
揉め事があったかもしれないが、とりあえず美鈴の暴走を止めた。
「落ち着け美鈴。少し頭を冷やせ」
「あう」
美鈴に軽くチョップをする。
「うー……」
「まったく、悪かったな。大丈夫か芹香」
「……う、うん」
芹香は下を向いたまま返事した。
やっぱり気を悪くしたかもしれない。
「美鈴、今度やったら許さないぞ。いいな?」
「はーい、分かった……」
こうして、美鈴を叱り、暴走を止めたのだった。
ちゃんと学生に成り済ましているのは良い事だが、調子に乗らないようにしないとな。
数日後、俺は渋谷に行き、仲間の買い出しに行っていた。
日本の服や和食、そういう物を活動している仲間からお使いを頼まれるのだ。
潜入しているのは俺だけじゃないのに、俺1人に頼みやがって。
そう思いながら買い出しを終え、仲間がいる海外に郵送するよう手配すると、電話がかかった。
『ちゃんと青春してるかジョーカー?』
イーグルアイからだった。
「まあな。学生やりながらスパイを特定している最中だ」
『順調そうで何よりだ。あ、この前の新作ソフト、助かったぞ』
前に郵送したFPSゲームのカセットの事か。
「お前、相変わらずゲーム三昧だな」
『ゲームは生き甲斐さ。息抜きにもなるし、実益にも繋がる。今度一緒にやろう』
「考えとく、で。一体何の用だ?」
『もうすぐそっちの学校、夏休みに入るよな?』
「来週の金曜日からだが、それがどうした?」
『大尉が召集するって。つまり新たな任務だ』
潜入任務中なのに、別の任務を入れるとは、大尉はこっちの都合を一切考えていないな。
「他の人員を使えないのか?俺は潜入中だぞ」
『能力主義の組織は危険地帯に精鋭を送らないと落ち着けないのさ。つまり
「……どこへ飛ぶ?」
『イエメンだ。そこのCIAの拠点へ行く』
「イエメンに何しに行くんだ?」
『アメリカ大使館に来る政治家の護衛よ』
「アメリカにも人手があるだろ」
『今、イエメンは治安が悪化している。イスラム系のテロ組織"エアラーム・ヒューラン"』
「自由な世界、最近勢力を伸ばしている過激派か」
ISから分裂し、分派として登場した通称EHは無政府主義を唱え、欧米諸国への強い差別意識を持っている。
欧米諸国は売り物と考え、構成員にテロを行わせている。
資金力があり、構成員の装備は軍にも引けを取らない。
『特に東南アジアでの活動が頻繁、イエメンが特に多い。一時的に政府軍が動いた時もあった』
「EHは最近組織された過激派だ。若い故に固い考えに縛らずに動く。厄介だな」
『そこで、精鋭達の出番だ。夏休みに入って三日後、イエメン行きの航空便を予約した。友達には家族旅行だと伝えろ』
「分かった。後で美鈴に伝える」
『ちなみに、これは伝治の動きを探る陽動でもある。私が片手間に調べておく』
頭の良いヤツだ。
伝治の事は俺も知りたかったから助かる。
イエメンか……行くのは初めてだな。
テロ組織のせいで治安が悪くなっているイエメン、どんな所やら。
『芹香、夏休み入って3日で海外に行く。遠くにいる両親と美鈴とで旅行だ』
『そうなんだ……どこに行くの?』
『東南アジアとだけ言っておく』
『楽しんできてね。私は家で夏休みの勉強しているから』
『運が良ければ通話掛けていいか?金が掛からない電話線だから通信料は問題ない』
『分かった。いつでも待ってる』
『じゃあな、お前も夏休みを楽しめよ』
俺は芹香と他愛ない電話をしながら、芹香に家族旅行へ行くと伝えた。
アラビア半島の南端部に位置する共和制国家イエメン。
イスラム教徒のスンナ派とシーア派がほぼ同じ勢力を持っている。
経済はあまりよくなく、発展途上国として国名が挙がっている。
イエメンのほとんどがイスラム教徒なので生活もイスラム様式なのが多い。
まさにEHにとって都合の良い国なのだろう。だから、イエメンでテロを起こしている。
毎回イエメン軍がテロ対策に当たっている。しかし奴らはイエメン軍にスパイを潜ませ、軍の動向を調べている。
つまりイエメンに絶対的な味方は存在しない。国が敵であるのだ。
イエメンの国際空港から出た俺とラビットは組織の車に乗り、俺達の拠点へと向かった。
任務は政治家の護衛だっけか?気乗りしないな。
政治家は基本好きじゃない。何度も見てきたが、奴らは欲望に忠実なのが一定数いる。
とても世に言えない事もしている政治家も少なからずいる。今回のはアタリだといいが。
「ねぇ、町を見て」
ラビットに言われて町の様子を見てみると、かなり破壊されていた。
EHのテロで建物が半壊している。それも通りの建物全てだ。
町の人達はテロに怯えながら生きている。ここはもう戦闘地域だ。
「おい、アジトまでどのくらいだ?」
「20分ですが、テロリストがバリケードを張っているせいで時間が掛かります」
そう言って、左に見えたガラクタで塞がれた通りを見た。
ガソリンで燃やして撤去できないようにしている。
ああやって嫌がらせしているのか。
「警察は何もしていないのか?」
「現地の者はほとんど信用できません。警官にもEHの構成員が」
最悪だな。ここはブラジルかメキシコか?
何度かバリケードで遠回りしながら、アジトへと走っていると前から複数の男達が立ち塞がった。
車を止め、奴らの様子を見る。
「誰だ?」
「噂のEHの戦闘員です!」
進路を塞いでいる奴らが話していたEHか。
私服に装備ベスト、サスペンダー、チェストリグを装備している。ゲリラみたいな奴らだ。
武器はAKにFAMAS、FAL、UZI、MAC10、PKM汎用機関銃、RPGか。
アラビア語で叫びながら車を叩いている。引き返せとでも言っているのか?何人も喋っているせいで聞き取れない。
「こちらドライバー5!敵に進路を塞がれ、足止めを食らっています!指示を!」
運転手が無線機でこの事を伝えた。
『少し待て。現地軍をそちらへ回す』
「敵だった場合は?」
『今は待て、通信終了』
嘘だろ。信用できない現地軍を回すのかよ。
「どうしますか?」
「この車は防弾車か?」
「いえ、普通の車両です」
「ハァ……中にいろ。ラビットもだ」
俺1人で車の外へ出る。戦闘員の注意が一気にこっちに向いた。
よそ者である俺をかなり敵視している。
すると、戦闘員の中からイスラム教の服を着た中年の男が現れた。
奴らの頭か。様子を見に来たのか。
その男が来ると、騒いでいた戦闘員が静かになった。
「ふむ。君はただの少年ではなさそうだな」
英語が話せるとは、教養があるようで何より。
「お前が指揮官なら頼みがある。ここを通してくれ」
「そうしたいが、上の命令で来る人達を追い返せと命じられている。だから引き返す事を勧める」
「上って組織の幹部か何かか?そりゃご苦労な事で。だが、そんな事をしてもいいのか?」
俺は上に指を指す。
「俺はこう見えてもアメリカの使いなんだ。だから俺には偵察機がついてる。ほれ、見てみろ」
空の上を指差してドローンの存在をちらつかせる。
勿論、ここからドローンが見える筈もない。
「見えないだろう。もし俺らが死ねば、ドローンのミサイルが落とされる。ここは跡形もなく消える。どうだ?通す気になったか?」
よくもまあペラペラと話せたな、俺。
これで指揮官が話を鵜呑みにしてくれると助かるんだが。
指揮官はしばらく俺を疑っていたが、車を見てから部下を下がらせた。
「さっさとこの国から立ち去れ」
そう吐き捨てた指揮官は部下と一緒に去って行った。
奴らが消えた事で進路がクリア、車に乗って先に進んだ。
「よくドローンがあるって言えたね。今回、ドローンの参加はないって聞いたけど」
「嘘は使い方が大事だ。だが、少なくとも米軍のドローンはいる。今回はアメリカと連携するんだ。面白そうだぜ」
俺はラビットにそう言って、座席で羽を伸ばした。
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