人気男装レイヤーが美少女レイヤーに恋したけど何の問題もないわ!

筋肉痛隊長

人気男装レイヤーが美少女レイヤーに恋したけど何の問題もないわ!

「ねぇ見た? 北斗の写真、鬱ゲーの奴だけどやっぱりいいわ~」


「アニメになったやつね……もうこんなに『いいわ!』付いてる!」



 放課後の廊下で女子生徒の噂話を聞きながら、高校二年生、北野碧きたのあおいは昇降口へ向かった。

 背中に掛かる淡い色の髪と化粧っ気のない顔。165cmの身長は女子にしては高めだが、そう目立つ容姿ではない。

 そこそこのお嬢様だというのにとり澄ましたところもなく、男女均等に接するところが好意的にとられている。その程度の存在だ。


 まだバレてない。


 SNSで話題の男装コスプレイヤー『北斗』。 容姿と撮影のクオリティで、コスプレに縁の無い人にも「エモい」と言わせている。


 碧がその『北斗』だと知る者は少ない。



「碧、明日のイベント、準備できてる? ちょっと遠いからうちの車で行くわよ」


「莉子、しーっ! 誰かに聞かれちゃう!」



 靴箱の前で碧に声を掛けたのは太田莉子おおたりこ。丸眼鏡にそばかす、おさげでありながら、碧よりよほど目立つ生徒だ。

 莉子の両親はイベント企画を手広く扱う会社のオーナーで、大金持ちである。


 そして『北斗』の正体を知る者でもあった。



「じゃ当日は目線よろしく~」




   ***




「陽射し強いねぇ、夜じゃダメだったの?」


「建物がギラギラしてるからダメ。人が埋もれる」



 今回のイベント会場、廃工場で碧と莉子は車を降りた。

 遮るビルの無いところに7月の陽射しは容赦がない。だが莉子の言うとおり、ここの建物は白かシルバーに塗られていて、屋外照明で照らすと人が背景に埋もれそうだった。



「だから中メインね。あの大きな建物は金網感・・・あっていい感じ。あ、着替えはあの事務所、目隠ししたから」


「さすが莉子ん家、セキュリティもしっかりしてる」


「貸切りだから遠慮無くやっちゃって。部外者いたら通報してね~」



 碧はスーツケースと日傘を手に着替えに向かった。

 テーマパークや街中で原作シーンを再現するのも碧は好きだが、そういう場所は一般客優先だ。コスプレで立ち入れる場所は限られているし、通行を妨げてもいけない。コスのまま交流するのも禁止だ。

 コスプレには数多くのマナーがあるのだった。


 その点、貸切りやスタジオは気兼ねがなくていい。

 碧がメイクと着替えを終える頃には、そんな開放感に会場が満たされていた。


 今日のコスはマフィアがテーマの女性向けゲーム、そのメインヒーローだ。マフィアの若き首領という設定なので、スーツにネクタイ・革靴・マフラー・モデルガンなど、既製品で揃ってしまう。

 だがそれ故に、サラリーマンに見えないよう直しは難しかった。

 碧はこのゲームが好きで、これまでに『チャラい隻眼のヒットマン』や『機関銃を担いだイカレた会計士』のコスもしてきた。



「……よし」



 鏡の前。赤毛のウィッグの上に中折れ帽を被り、仕上がった。

 会場に一歩踏み入れた時、柔和だった目元が厳しさを帯びる。少し前屈みでスーツにしわを作る。抗争を重ねる部下思いの若き首領ドンだ。

 碧は『北斗』になった。


 北斗の登場に会場が湧く。

 一瞬でカメラに囲まれるが、北斗は小道具のイタリア語新聞をうまく使い、誘導する。

 原作では主人公が拉致され工場に監禁される。犯人との取引に首領が一人で乗り込むシーン、それに合った場所がこの先に――



「ありゃ」



 目当ての場所に人集りを見つけた。

 別のレイヤーが撮影していたのだ。

 そこは金網床で大型の機械や無骨な手すりがいい背景となる。


 そこで柱を背に横座りで撮影しているレイヤーが見えた。女の子だ。

 モチーフは戦争のために少女がサイボーグ化していく漫画のヒロインだ。あの漫画に工場のシーンはないが、高校のブレザーに機械の翼や腕という小道具が映える。なにより。



「あの子、めちゃかわいい……」



 原作の悲しいラストを思わせる、美少女の儚げな表情が北斗の心もつかんだ。


 ――なんだろう、あの表情……カメラを意識しているようで、自分しか見てない? あ、そっか。あれは一人で力尽きるシーンなんだ。研究してるなぁ。


 彼女を守りたいのに守られてしまう、主人公の葛藤まで妄想できるコスだった。



「あれはMisMiミスミだねぇ。人気急上昇中の儚い系美少女、愛称『みすみん』」


「MisMi……」



 カメラを手に会場をまわっていた莉子がそばにいた。この子もカメ子の一人として撮影を楽しんでいたのだ。



「きれいな子でしょ? あれでも――って、おーい北斗?」



  北斗が目を離せずにいると、MisMiを囲んでいた撮影者たちがにわかに騒がしくなった。



「こいつ、リストバンド無いぞ。部外者だ!」


「カメラとスマホ取り上げろ、盗撮してるかもしれん!」



 イベントはレイヤーも撮影者も参加費を支払っている。通行人であっても撮影はNGだ。

 紛れ込んでいた不埒者は、カメラを奪われまいと抵抗する。最前列なのがまずかった。


 ポーズを変えようと背を向けていたMisMiに、誰かがぶつかる。ここは金網床、転ぶとタダでは済まない。



「――怪我はないかい?」



 とっさに飛び込んだ北斗はMisMiを抱き留めた。警備員に連れて行かれる不埒者を横目に、怪我や破損がないことを確認する。我ながら役に入り込んでいるとも思う。


 ――うわ、睫毛天然!? なんかいい匂いする……誰かに似てる気もするけど……ていうか……重っ!?


 コスの部品のためかMisMiは見た目よりずっと重かった。北斗はついに支えきれず、バランスを崩す。次の瞬間、天地が回った。


 何をされたのかわからない。

 だが北斗はMisMiの手でそっと床へ降ろされ、MisMiの膝に頭を預けていた。



「大丈夫?」


「あ……」



 想像していたよりも低音の、しかしささやくような声だった。

 無断撮影者でしらけていた会場は、一連の二人の絡みに再び沸き立つ。


 ――てかわたし一回転くらいしたんじゃないかな!?


 このドキドキはそのせいだと思いたかった。



 数日後。

 碧は教室で呆けて、何も手に付かないでいた。次は何時間目なのか、放課後なのかもよくわからない。


 あの日の現実離れした短い時間。

 手にはまだ、あの子の体温が残っている。

 あの胸の高鳴りが薄れてしまうのが、切ない。


 ――同性を、好きになってしまったかもしれない……。


 SNSでMisMiを見つけるのは簡単だが、なんだか恥ずかしくて見られない。でも気になる。でもこんなこと、誰にも言えない。


 碧の思考はずっとそのループだった。

 北斗のアカウントでもイベントの写真がすごいことになっているのだが、それに気付く余裕もなかった。


 遊びに来た莉子が見かねたように言う。



「次の休み、MisMiと併せ・・やるよ!」




   ***




 夜、自室のベッドでスマホをいじる少年、戸塚真澄とつかますみ、高校二年。

 人並みにコンプレックスを持ち、特技は幼馴染みの巻き添えで励んだ合気道くらいの、小柄で目立たない男子生徒――だった。


 彼の人生が変わったのは一年の学園祭、その準備中だ。

 クラスの出し物がカフェに決まるや否や、小柄で女顔の真澄は女装することになった。


 気乗りしない真澄を別室でメイクし、着替えさせたのは碧だ。



「はい、出来上がり」


「うわ……」



 鏡に映る美少女の姿に他の言葉は出てこなかった。余計に女顔というコンプレックスをかきたてられ、真澄はため息を吐く。


 碧は女らしい立ち振る舞いを教えつつ、ついでのように言い添えた。



「あのね、これは君が女顔だからじゃないの、わたしが完璧に仕上げたから。男がちょっと化粧したくらいで女に見えるわけないでしょ? ほらそこ、足を開かない!」


「あ、はい」


「もっと胸張って。ここからは君の演技で周りをだますの」



 碧は似合うだのかわいいだのと真澄をからかわず、「自分が変わると、世界が違って見えるんだから」と教室へ送り出した。

 この人は女装にどんな思い入れがあるのかと不思議に思いつつ、真澄は廊下ですれ違う教師にも気付かれないことに楽しくなってくる。


 女になったつもりで教室に入ると、無言で空いた席に腰掛けた。静かに現れた美少女を誰もが真澄と気付かず、ただソワソワと盗み見るだけ。

 真澄はたまらず吹き出した。


 結局クラスの出し物は男装女装カフェになった。



 それをきっかけに真澄は碧への片想いを募らせていく。しかし女装を好きになった訳ではなかった。


 真澄をそっち・・・に引きずり込んだのは、別のクラスの幼馴染み、莉子だ。学園祭で真澄の才能を見抜いたのだった。


 そう、MisMiの正体は戸塚真澄、男である。なぜか碧は気付いていないが、MisMiはSNSでも女装レイヤーであることを公表している。

 北斗と違いネタはアニメ中心で、細い手足と独特の表情作りから『儚い系美少女♂』として人気が出てきた。


 真澄としては北斗(碧)の近くにいるためにやっている女装コスだが、わかったことがある。


 女装は好きな女の子と揃いの文具をこっそり持つのと、同じ類いの行為だ。学食のメニューを盗み見て合わせるでもいい。

 好きな人にもっと近付きたい、いっそ同化したいという片想いの熱を受け止めてくれる。


 一方で碧には女装していることを知られたくない、という気持ちもあった。やはり好きな子には男として見て欲しい。


 先日のイベントでは(物理的に)近付きすぎてしまった。まぁうれしかったし、身に付いた合気道のお陰で碧に怪我をさせずに済んだのはよかった。


 ――けど、さすがにバレたんじゃ……?


 思わず声を掛けたのはマズかった。

 怖いくらい数字が伸びているSNSの写真も、よく見れば真澄だとわかるのではないか。


 ――これからはもっと距離をとろう。


 コスではこれ以上、碧に近付けないことに胸をヒリヒリさせていると、莉子からメッセージが届いた。



『次の休み北斗と併せ決定! うちのスタジオに10時、遅刻すんなよ』



「はぁっ!?」




   ***




 『併せ』とは。

 関連性のあるコスプレで集うことである。

 同じ作品のキャラクターはもちろん、声優・作者・ジャンル・属性、あらゆる併せが存在する。


 今回はわかりやすく『アニメ化されたゲーム』という、二人の共通項から作品が選ばれた。使い魔を操り謎を解く長年の人気シリーズだ。

 二人ともメインキャラの衣装を持っていることが選定理由だった。



「やばいやばいやばいMisMiと二人っきりとか理性がやばい……MisMiの貞操が――」


「私もいるし常駐のスタッフもいるからね?」


「うわっ!?」



 莉子が用意したのは自社のスタジオで、碧も何度か借りたことがある。今日は貸切りだ。

 撮影するのは莉子だし、機材の出し入れもあるのでスタッフも当然いる。ちなみに今回はグリーンバックで撮影し、原作のアイキャッチに似せた背景を合成する。クロマキーというやつだ。


 碧は1時間早く来て個室で着替えていた。貸切りじゃなければ迷惑な利用者だ。

 先に着替えて素顔を隠すことで落ち着こうと思ったのだが、防御力が少し上昇したかもしれない程度だった。



「やっぱり北斗はそのコス、ハマるね」



 莉子が全身をチェックする。

 北斗は学ランを着たクールな主人公のコスプレだった。小道具はメガネと刀だ。

 評価の高いコスだし、当然準備はいつも以上に入念に――



「あーボタン掛け違えてる……MisMiの準備終わるまでまだあるけど、先に撮ってる?」


「いや、いい……トイレ行ってくる」



 昨夜は眠れなかったせいか、まだ北斗の『スイッチ』は入らない。




   ***




「やっぱり北野さんにバレたか……」



 碧とは別の控え室で真澄も着替えていた。

 莉子がメイクさんを付けてくれるので、真澄の準備は早い。


 廃工場イベントで北斗はずっとこちらを見ていた。あの視線、MisMi=真澄だと気付かれたのか。そのことが頭から離れない。

 そもそも真澄に初めて女装をさせたのは碧だ。今まで気付かなかったことの方がおかしい。


 碧なら、真澄が女装していたと知ってどうするか。まず莉子に確かめるだろう。では莉子は……あの幼馴染みは何をするか読めない。

 こんなタイミングで併せを決めたのも、何か関係あるに違いない。


 最悪、「君とはコスプレ友達のままでいよう、学校ではこっち見んな」と言われるかもしれない。



「はい、今日も完璧ですよ! お嬢に声掛けとくので、用意できたらスタジオAに入って下さいね」



 メイクさんが仕上げをしてくれた。

 今日のMisMiは記憶喪失のボーイッシュなヒロインだ。ゲームの立ち絵は儚い美少女だが、アニメでは意外と表情豊かなキャラである。表情を作りすぎず、かつ仏頂面にならずが難しい。


 だがMisMiがイメージするのはいつも通り、『碧の隣にいられる女の子』だ。


 しかし、それも今日で終わりになるかもしれないと思うと。



「トイレ寄ってから行きますね……」




   ***




「平常心、平常心……いつもの北斗ならMisMiちゃんに嫌われることはない……はず」



 女子トイレを出た北斗が男子トイレに入るMisMiを見つけるまで、あと15秒。



「しらばっくれても帰りメイク落としたらバレるんだよなぁ……」



 覚悟が決まりすぎたMisMiが聞かれてもいない正体をバラすまで、あと40秒。


 混乱した北斗がMisMiへの思いを叫ぶまで、あと1分。


 すべての黒幕・莉子が「キミたちわかりやすすぎー、ねぇ今どんな気分?」と煽りに来るまで、あと5分。


 二人がお互いの気持ちを確かめ合うまで、あと――




(完)

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