星のおにぎり
宮 虎吾朗
星のおにぎり
坂道を勢い良く駆け上がってくるのは「タクヤ」です。
これでもかっ!ていうぐらいに全力で走り、息を弾ませ、汗を飛び散らせて坂を駆け上がってきます。その様子からすると、もう何往復も登ったり下りたりを繰り返している感じです。
タクヤには、ある楽しみがあります。 それは、この坂をじゅうぶんに登りきった後に、よく冷えて炭酸のバッチリ効いたジュースをゴクゴクっと飲みほすことです。
激しい運動の後の炭酸ジュース!!
もう、これ以上の美味しい飲み物はないだろう!
そして、その美味しさが、もっともっと大きくなるように 我夢者羅に、ひたすらに走り、汗を滴らせているわけです。
そして、そうやって得られる快感が自分の中のネガティブな感情や日頃の鬱憤を晴らしてくれる!
タクヤは、そう信じています。
しかし、今日のタクヤは様子が違います。
いつもなら自分の身体と相談し 頃合いを見て走るのを切り上げるのですが、今日はいつまで経っても走るのを止める気配がないのです。
自分の身体から、とっくに「もう走れません」というサインが出ているのですが、よっぽど嫌な事でもあったのか、他の人から見ても一目で「もう止めなさい!」て言われそうなぐらいに、鬼の形相だし、顔は真っ赤、息はゼーゼーです。
そして、もう倒れる寸前といったところで、ようやく走るのを止め、タクヤは10メートルほど先にある自動販売機へ息をゼーゼーと切らしながら向かいました。
「あー!!やっちまったー!」
タクヤは小銭を持ってくるのを忘れたのです。いつもランニングパンツのポケットに小銭を入れてくるのですが、何回ポケットを探っても見当たりません。
期待が、かなり大きかった分、気落ちしたタクヤは、まるで気を失ったように、その場に倒れ込んでしまいました。
ふと気がつくと目の前に顔がありました。
「食うかい?」
角刈りで白いタンクトップを着た60代ぐらいの男が、タクヤの目の前に「おにぎり」を差し出していました。
筋肉隆々の上半身がタンクトップから所狭しと、はみ出していますが、脚は細く、上半身ばかり鍛えて下半身を鍛えない、いわゆる「チキンレッグ」と言われる体つきです。
「チキンレッグ」これはもう言葉どおりで、見た目が鶏のように見える体ツキで、上半身ばかり鍛えて下半身の筋トレを怠ると、そうなります。
タクヤは断れない性格であり、そしてかなりお腹も減っていました。
本当は「冷たい炭酸ジュースが飲みたい」と思いながらも「ありがとうございます。いただきます。」と言って、そのおにぎりに手をのばしました。
その瞬間、筋肉ムキムキタンクトップオヤジは、「おにぎり食べたかったら、俺の店まで来な!坂の下にある『空海』って店だ!坂を下りたら すぐ分かるから!」と言って、いったん差し出したオニギリを光の速度で引っ込めて、なんか…スキップみたいな足取りで坂を下りていきました。
タクヤは少し唖然としながらも
「『空海』? そんな店あったっけ?」
「てゆうか行かねーけど」と言いましたが、ふと足もとを見たら
よく冷えた炭酸ジュースが置いてあり、「飲むかい?」と書かれた紙が貼り付けてありました。
「……ちょっと、行ってみよっかな!」タクヤはそう言って坂を下りました。
坂の下に『空海』は確かにありました。
木造の平屋一階建ての古民家風な見た目の店舗に、白字に黒で『空海』と書かれた看板があります。
その字は幼稚園児が書いたような感じで、味があるような、ヘタウマなような……というより下手くそです。
飲食店では珍しい観音扉の入口を入ると
「いらっしゃいませ!」と、あの角刈りマッチョオヤジが本当にいました。
店内を見渡すと、特別に変わった感じでもないのですが、色んな箸が、壁の端から端までビッシリとオブジェのように貼られていました。
「ハシからハシまでハシだね……ふーん」とか思っていると
「空いてる席に座んな!」
何故か角刈りは江戸っ子みたいな口調です。
席に着くか着かないかのうちにお冷が出てきました。
「飲むかい?」角刈りはそう言ってお冷を出した後
「カレーライス……食うかい?」そう言いました。
「食べます!」タクヤはカレーライスが大好物なので即答しました。
5分後、空海の角刈りオヤジが現れて「食うかい?」と言いながらカレーライスらしきものを運んできました。どうやら1人で店をやっているようで、他の従業員は見当たりません。いわゆるワンオペ、というやつです。
出てきたカレーライスを見てタクヤは目を丸くしました。
「これ、白ごはんと肉じゃがですよね?」タクヤは言いました。
「バカいっちゃいけねー!これはな、カレー粉無しカレーライスなんだよ!」と角刈りタンクトップが言いました。
「は?カレー粉が入ってない時点で、カレーじゃないんじゃないんですか?」タクヤは言いました。
「じゃーお前、気の抜けた、炭酸の無くなったコーラはコーラじゃないっちゅーんか?」角刈りチキンレッグは微妙なことをタクヤに言ってきます。
「それは…」タクヤは一瞬、言葉が詰まりました。
「な!炭酸が無くなってもコーラはコーラだし、カレー粉が入ってなくてもカレーはカレーなんだよ!」マッチョチキンレッグが言いました。
「いや、やっぱ炭酸がなくなったコーラは、もはやコーラじゃないし、カレー粉の無いカレーは肉じゃがだ!」自己主張が苦手なタクヤは心の中でそう言いましたが、顔にでてしまっていたのか、
「まー、そんな顔してねーで食ってみ? あ! 食うかい?」タンクトップ角刈りは、「食えば分かるから」ってな感じで優しく言いました。
「ウマっ!!」
タクヤはひと口食べるか食べないかのうちに、そう言っていました。
「な!このカレー粉無しカレーライス、最高だろ?」と角刈りマッチョ。
タクヤは、もうこんなにも美味い食べものなら、肉じゃがでもカレーでも、名前なんてものは、どうでもよい!ぐらいの気持ちになりかけていたのですが、気付けば
「こんなウマイ肉じゃが!この世の中にあるんだ!!て感じです。」と天邪鬼っぽく言ってしまいました。
「だからカレー粉無しカレーライスだっちゅーの!」
角刈りマッチョは「だっちゅーの」と嬉しそうに言いました。
そう言えば「おにぎり」あるんですよね?タクヤは思い出したように言いました。
すると角刈りオヤジは少し沈黙した後、ゆっくり口を開きました。
「おにぎりは良いよな〜、ありゃ最高だよ。自分の好きなもんを詰めたり、混ぜ込んだりして、握って保存して、好きな時に食べて楽しむ。ありゃ最高だ!」
「確かに、最高ですね。」
タクヤが答えると、角刈りオヤジは語り出します。
「オレはな、なんでも『おにぎり』にしちまえば良いと思うんだよ。」と言った後、
「あんた、なんか嫌なコトとか、つまんねーと思うことがあるんじゃねーのか?」
角刈りタンクトップがタクヤに聞きました。
「え?なんでですか?」
早くおにぎりを食べたい気持ちを抑えて、タクヤが聞き返しました。
「アンタが坂を走ってる姿を見て、俺はそう感じたんだよ。何かを振り払うような感じに見えたぜ。」
そして、角刈りは続けます。
「さっきも言ったけどよう、俺は何でも『おにぎり』にしちまえば良いと思ってんだよ。」
タクヤは黙ったまま聞いています。
「良いことも嫌なことも『おにぎり』にしちまえばいいんだよ、でもって好きな時に食って味わえばいいんだよ。」
「好きなことを握った『おにぎり』なら、いっぱい握っといて、味わいたい時に何個でも何回でも食えばいい」
「嫌なことも、いったん『おにぎり』にしちまって横に置いときゃ、気持ちも楽になんだよ。でもって後から食ってみりゃ、わりと旨かったりすんだよな。」
タクヤは「へー」と言って感心してるような感心してないような顔をして、角刈りタンクトップのおにぎり話を黙ったまま聞いていました。
角刈りの話が長かったのか、タクヤは眠くなりコックリコックリし始めていました。
気づくと目の前に何の変哲もない「塩むすび」差し出され、角刈りマッチョが
「食うかい?」と言っています。
「これはな、俺が長年研究して開発した『海苔無し海苔巻きおにぎり』だよ!」
と言っています。
タクヤは、今度はそれを黙って口に運びました。
「シンプルで旨いっすね!この海苔無しの海苔巻きおにぎり!」と、角刈りマッチョに少し気を使いました。
「そうだろ!」角刈りマッチョは嬉しそうです。
しばらく談笑が続いた後
「食うかい?」
そう言って角刈りは店の奥から何やら紙包みを持ってきました。
「俺はな、何でも『おにぎり』にしちまおう!て思ってるうちに、何でも『おにぎり』にできるようになっちまった。」
「これは、キレイな星空を握って作った『星のおにぎり』だ。アンタが見上げてる空に、星明かりが足んねーな!て思ったら食ってみてくれよ。」
と言って角刈りは、それをタクヤに渡しました。
タクヤは「ロマンチックな言い方だなー。」と思いながらも、まだお腹が空いていたので、後で食べようと思って、有り難くちょうだいし、ポケットに押し込めました。
会計を済ませた後でタクヤは
「そういえば、料理を出す時に『食うかい?』って言ってますけど、店の名前の『空海』と掛けてるんですか?」といたずらっぽく聞いてみました。
「そんなわけねーだろ!バカヤロー!俺はダジャレは嫌いなんだよ!」と角刈りオヤジは、笑いながら嘘ぶいている感じです。
タクヤは久しぶりに、なんだか楽しい時間を過ごしたなと感じでいました。
家までの道を歩きながら
タクヤは久しぶりに
なんだか楽しい時間を過ごしたな
と感じでいました。
「何でもおにぎりにしちまえばいい!」
角刈りマッチョオヤジの言葉が
思い出されました。
タクヤは
最近のネガティブな自分も
「おにぎり」にできるのかな?
と思いました。
ふと
空を見上げれば
星なんかは出ていません。
タクヤは
ポケットに押し込めた
「星のおにぎり」を1つ取出して
大きな口でほうばってみました。
タクヤは
目の前にまばゆい星空が
だんだんと広がっていくのを
感じました。
なんだか
ポジティブに生きていける
と思えました。
星のおにぎり 宮 虎吾朗 @miyatoragorou
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