第4話

愛ちゃんが剣道部に決めていたのは、近所の憧れている2つ上の先輩。

小野崎晶あきら先輩を追いかけての事だった。

あ!晶という名前だけど、れっきとした女性です。ショートカットで細身の、カッコ可愛い先輩に憧れていたらしい。

小野崎先輩は女子剣道部の主将で、なんでも愛ちゃんは中学入学前に

「中学に入ったら、剣道部においで」

って誘われていたんだとか。

私と愛ちゃんは小野崎先輩に見学カードを手渡し、ビニールで作られた畳もどきの柔剣道室の中へと招き入れられた。

うちの中学では、柔剣道室を柔道部と剣道部で交互に使用しているらしい。

この日は剣道部が使える日らしく、練習試合が行われることになっていた。

私と愛ちゃんは20名位いる見学者の中に混ざり、ワクワクしながら待っていた。

すると、柔剣道室に紺の袴姿のさっきの先輩が現れたのだ。

入り口で一礼すると、自分の防具を身に付ける始める。

顔立ちが和風だからなのか、道着がめちゃくちゃ似合ってカッコいい!

女子の試合が始まっているのに、私の視線は防具を付けている先輩に注がれてしまう。

胴を着けると、先輩は正座して面に入れてあった手拭いを広げて2つに折り、頭に巻いてから面を被り、頭の後ろの紐を結んでいく。

驚いたのは、所作の一つ一つが綺麗だった。

他の人も同じ作業をしているのに、先輩の動きに視線が逸らせなくなる。

コテを腕に嵌めると、立ち上がって軽くぴょんぴょん跳ねてる姿がちょっと可愛い。

思わず小さく微笑んだ瞬間だった。

「危ない!」

の声に我に返ると、道着を着た知らない先輩が吹っ飛んで来た。

逃げ遅れた私、見事に下敷きになる。

「んぎゃ!」

っと声が漏れると、私を下敷きにした人が慌てて立ち上がり

「すみませんでした!」

と頭を下げ、私に手を差し出す。

「あ!大丈夫です!」

驚いてそう答えると、知らない先輩は再び頭を下げて試合に戻って行った。

女子剣道もだけど……男子剣道のパワー剣道は音だけでも痛そう。

竹刀が身体に当たる音に、思わず「痛そう!」と目を瞑ってしまう。

特にコテ!手首に竹刀がバシっと音を立ててる度に身体が縮こまる。

そして何組かの試合を見ていると、男子剣道部の試合で、小さな身体で軽やかに流れるような剣道をする人が居た。

パワー剣道と真逆の、綺麗なキレのある動きと流れるように繰り出される技の数々。

隙の無い動きに目を奪われた。

道着のヒラヒラの真ん中に『小島』と書かれた白い文字。

私の心臓が高鳴る。

まさか……って思っていると、試合が終わって一礼すると、その人は後に下がってコテを外すと、面の紐を外してゆっくりと面を取ると顔が現れた。その顔は、真っ赤に蒸気したさっきの先輩だった。

頭の手拭いを外して、大きく溜息を吐いた視線と私の視線がぶつかる。

先輩が「あ!」って顔を一瞬すると

「一郎〜!」

って背中に友達らしき人が飛び乗ったので、そちらに意識が行ってしまった。

「ねぇ、あの人。さっきの先輩だよね」

隣の愛ちゃんが耳打ちして来た。

「凄い綺麗な剣道だったね〜」

そう呟く愛ちゃんに、私も大きく頷いた。


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