狂気の二人

冒険者ギルドから出た俺はイザナミの魔道具片手に王都をさまよっていた。今日が休日だということもあってかどこもかしこも人で溢れかえっている。人が多いのが苦手なわけではないのだけれど、後も人が多いと目的の人物一人探すのは結構骨が折れるぞ。そう思いながらのんびり大通りを歩いていると、魔道具の光点が指す方向から爆発音じみた大きな音が聞こえてきた。


「おわ!?なんだ!?」


直後悲鳴とともに多くの人が大通りを俺が進もうとしている方向とは逆の方向に逃げ出していく。俺は人並みにあらがって光点の指す方向へと向かうと騎士たちが壁を作っていた。俺は騎士たちの隙間から何が起きたのか見ようとしたのだが、俺の身長が低いため中心部の様子を伺い見ることはできない。


「おいきみ!どこから来たんだい?ここは危ないから早く逃げなさい!」


俺がどうにかして見ようと背伸びして見ようとしていると騎士団の人から注意を受けてしまった。しゃーない、怒られてとどまるのもあれだし帰るかと俺が踵を返そうとしたその時、聞き覚えのある声が俺に声をかけた。


「なんだ、ザグじゃないか。久しぶりだな」

「ウェン兄?ノ……王様の護衛はどうしたの?」


あぶない。思わずノストラおじさんって言いかけた。流石に個人的に呼ぶならともかく外で呼ぶのはまずいとわかっている。


「ウェン?この子供と知り合いなのか?」

「ああ。こいつなら大丈夫だ。こいつに任せれば俺らのほうが足手まといになりかねないしな」

「お前にそこまで言わせるほどの実力者なのか?この子は」

「っつーか、なんでお前が王都にいるんだ?ノベリスクで冒険者やるって言ってただろ。もう王都まで出てきちまったのか?」

「急遽中等魔法学院に入学することになってさ、今日の朝王都についたんだ」

「ふーん、にしても急遽入学することになってたってことは推薦だな?それもよっぽど見込みがねえと三大学院は待ちゃしねーのに大したもんだよお前は」


ウェン兄は俺の頭をよしよしと撫でてくる。子供扱いするなと言いたいところだが、言ったら更に子供扱いされることになるので俺は何も言わずされるがままになる。


「おいウェン!何油を売っている!」

「バルボロッサ団長!?べ、別に油売ってたわけじゃねーっすよ!顔なじみがいたんで話しかけてただけっすよ!」

「それを油を売っていると言うんだ馬鹿者!」


騎士団長?の拳がウェン兄の頭に突き刺さる。


「あいた〜……」


ウェン兄は頭を抑えてうずくまる。


「はあ、すまねえな坊っちゃん。うちの団員が迷惑をかけた。俺はバルボロッサ。ノーラン王国の騎士団長を務めているものだ。服装的に冒険者か?中等魔法学院に推薦があると言ってもその程度じゃここは危ない。自分の実力を過信しないほうがいいぞ」

「バルボロッサ団長、大丈夫っすよザグなら。むしろそいつに任せたほうがいいっす」

「はあ、お前なあ……中等魔法学院に入学するってことは魔法使いだろ?見たところ何も武器持ってねえしあいつと戦うなんて無理だろ」

「そいつ剣も使えるっすよ。何なら剣鬼様と戦って圧勝できるくらいには強いっすよ」

「は?流石に冗談だろ?」

「とりあえず見た方が早いっしょ。なあザグ、あれを殺れるか?」


ウェン兄が肩車をして見せてくれたのは筋骨隆々とした二人の男が暴れまわっている姿だった。


「なにあれ、地面を殴ってるの?」


二人のうち一人は地面を殴り続けておりその地面は陥没し隕石が落ちたようになっている。


「いや、殴ってるのは女の子だよ。成人したばっかだってのに……詳しい事情はわかんねえが」

「リアを、リアを助けて!」


悲鳴を上げて騎士に泣いてすがり付いている女の子がいる。


「彼女は?」

「ミューレン=アスタ様、公爵令嬢だよ。殴られ続けているのはリア=バレンタインさん」


しょうがない。トラブルに巻き込まれるのは嫌だが居合わせたのも何かの縁だ。それに放っておいてウェン兄たちが怪我するのも目覚めが悪いしやりますか。


「ウェン兄、どこまでOK?」

「王都全部を吹き飛ばすような大魔法を使わなきゃいいよ」

「よっしゃ」


俺が出ていくのを見て騎士団の人が俺を止めようとしたがそれをウェン兄がとどめた。


「黙って見ていろ」

「う、ウェンさん!?あの子どう考えても小等学院生ですよ!?」


誰が小等学院生だ。もう卒業したっての。


「死ね」


俺はフリージングランスを数千本展開する。本気を出せばこれの数倍は展開できるが小手調べだしこんなもので十分だろ。


「嘘……だろ」

「無詠唱だぞ……」

「穿て」


フリージングランクを一斉掃射し視界が青色で埋め尽くされる。


「なんだよこの威力……」

「さすがにこれは死んだろ」


こらそこ、フラグをたてるんじゃない。


「ちっ、無傷か」

「なあっ……」


皮膚を硬化でもしているのかフリージングランスはひとつたりとも有効打となっていなかった。


確殺できる魔法はいくつもあるが使ったらここら辺一体がクレーターになりかねないし手探りでやっていくしかなさそうだ。


俺は空間魔法で男二人をその座標に固定するとダイヤモンドステークで貫こうとする。しかしまあ硬い硬い。皮膚に傷すらつけられずただ上に打ち上げる形となった。それなら高所落下を試してみるか。俺はエアアッパーで宙に浮いた二人をさらに上に打ち上げてその隙にリアさんを救出すると、五十メートルくらいの高さから重力魔法で十倍の重力をかけて地面に落とす。


ズゴン!という凄まじい衝撃と共に地面が陥没する。


「ヘルインフェルノ!」


同時に風魔法で周囲に炎が広がらないように注意する。


「ぐぁぁぁぁ!」

「ごごごぉぉぁぉ!」

「まだ動くか」


俺は風魔法を維持したままサンダーボルテックスを十発叩き込む。


「じゃぁぁぁぁ!」


炎の中から片方が拳を振りかざして飛び出してきた。なかなか速いがそれでは俺は捉えられない。俺は五発の拳を全てかわすと空いた腹に波動魔法を纏わせた拳を叩き込む。


「ごはっ!」


男は全身から血を流しながら吹き飛んでいく。硬化によって黒く変色した皮膚がひび割れ民家に突っ込んだ体はピクピクと痙攣を繰り返している。


魔法攻撃よりも物理攻撃の方が効果ありか。


「こい、イフライト」


俺は異空間収納から燃え盛る魔剣を引き抜いた。獄炎剣イフライト。俺が「鍛治」のスキルレベルを上げている際に偶然生まれたもので、以来良く使っている剣だ。


「ごあぁぁぁぁ!」


その様子を静観していたもう一人の男が理性を飛ばしたかのような表情で拳を振りかざして突っ込んできた。俺はその拳を迎え撃つ。フリージングランスの一斉掃射にすら耐えた男の皮膚はいとも容易く真っ二つになる。理性はなくとも痛みは感じるのか男が甲高い悲鳴を上げる。


「くっそ、うるせえな」


悲鳴に魔力が込められていたため、とっさに耳を塞いでいなければ鼓膜が破けていたかもしれない。距離があったので騎士団の人たちは大丈夫だったようだが、耳を押さえて踞っている人もちらほらいる。


俺は剣を濃い灰色に染めると高速で四連撃を繰り出す。ズガガガガという音だけ聞けば小気味良い音と共に男の肉片が舞う。


「ぎゃ!」

「死ね」


最後に左胸に剣を突き立てると男は血を吐いて動かなくなった。


「まずは一人」

「アアアアアア!」


壁に埋まっていた男が抜け出して醜く叫ぶ。今度は余裕もあったので音を剣で切り裂く。ああいう音波攻撃みたいなのって魔力障壁で防ぐの難しいんだよな。下手に展開すると回折してくらうから。


「あの黒コート、もしかして最近噂の《黒血》じゃないか?」


なんじゃそりゃ。というかなんで知ってるんだ?俺が自分のコートを血で染めて黒くしてるの。


「《黒血》?誰だそりゃ」

「最近ノベリスクに現れた冒険者だよ!噂によると準魔王級のコボルドロードを単独討伐したとか」

「俺はアガリスタ砂漠の巨大ムカデを無傷で倒したって」

「俺はドラゴンと殴りあってたって聞いたぜ」


最後のはちょっと心当たりがないがおおむね事実だな。ちゃんと話が伝わるのはいいことな気はするけど、普通噂ってのは尾ひれがついたりしてねじまがって伝わるものじゃないのか?というか俺の噂を流したやつは一体誰だ?判明したらしめてやる。


そんなこと考えてたら男が目の前まで接近してきていた。


「うお!危ねえ!」


回避は可能だけど無理やりやったら回りに迷惑かけかねないし受け止めるか。俺は顔面を殴られたときに発生した運動エネルギーを全て電気エネルギーに変換して男に返してやった。男の体がビクン!と大きくのけぞる。


俺は肩を開いて剣を矢を引くように引き絞る。黒色の軌跡を描いて男の胸のど真ん中に穴を空けてやった。俺は立ち尽くす男の足を払って死んだことを確認すると剣を異空間収納に納めた。


「ウェン兄、終わったよ」

「さすがだなザグ、助かったよ。でも……」


ウェン兄は亡骸に向けて一心に治癒魔法をかけ続けるミューレンさんをみて憐れむような表情をした。俺はミューレンさんに近寄ると肩に手を当てて魔力の流れを制御して治癒魔法を止めた。


「な、なにするんですか!」


ミューレンさんは泣き腫らした瞳で俺を睨む。


「見ればわかるだろ。その子死んでるよ」

「あなたは諦めろっていうんですか!友達の命を!」

「死んでるやつに治癒魔法かけたって無駄だよ。もっともその程度の技術じゃ仮に命をつないでたとしても俺が戻るまでに死んでただろうけどな」


にしてもひどいな。顔面が原形をとどめてない。もはや本当にこの顔が人であったのかすら疑うレベルだ。どんだけの力で殴られ続ければここまで顔がぐちゃぐちゃになるんだか。たぶんこの様子じゃ頭蓋骨は跡形もなく割られてるだろうな。調べてみれば全身の骨が衝撃によって粉々になっており、王都にいる最上位の治癒術師でも治せたような傷ではないだろう。もちろん俺なら容易に治せるが。蘇生魔法を使ってもこの傷ではすぐに死んでしまうのでまずはこの傷を治さなければならない。俺は治癒魔法でリアさんの傷を跡形もなく治す。


「リザレクション」


とりあえず蘇生魔法をかけてみたが無理か。死んでから3分というのがリザレクションの蘇生できる制限時間だ。ま、それならそうでやりようはあるんだけどな。


「タイムシフト」


宙に巨大な時計盤が出現しゆっくりと反時計回りに回り始める。


タイムシフトはとある対象を起源にして時を遡る大魔法だ。大魔法といいながらも小等学院の校舎を誤って壊したときに乱用していたが。ただ、タイムシフトは対象のことをある程度知っていなければならず名前を知っているくらいでは到底不可能だ。しかしミューレンさんがルミの生まれ変わりなら話は早い。ミューレンさんを起源に過去にさかのぼり殴られる前のリアさんの魂源をこっちの時間軸まで引っ張ってくる。


「つかまえた」


リアさんの魂源をこっちに引っ張ってくることに成功した。しかしまだ油断はできない。現在この世には同じ根源が二つ存在していることになっており、悠長にしていればリアさんの魂源はもとからあった魂源に巻き込まれて消滅するだろう。


「リザレクション」


白い祝福の光がリアさんの亡骸を包み込み徐々に収束していく。


「え……」


リアさんの手の指がピクリと動いた。蘇生成功だな。止まっていた心臓がまた鼓動を始め頬に赤みがさす。


「嘘……」


ゆっくりと上下する胸を見てミューレンさんが呆然と呟いた。


「大事をとって数日は寝てるんだな」


時間魔法を二連発するのも嫌だったのでリアさんに普通の治癒魔法しかかけてないからな。たぶん血が足りてないはずだ。


「リア、リア、リア……」


悲しみの涙ではなく喜びの涙を流しながらミューレンさんがリアさんに抱き着く。


「ウェン兄、帰っていいでしょ?」

「そうだな。別に当事者でも何でもないし帰っていいぞ。試験がんばれよ」

「うん」


さて、やることやったし帰るか。俺は何か重要なことを忘れているような気がしなくもなかったが、そのまま帰宅してご飯を食べて寝たらすっかり忘れてしまっていた。

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