生意気な拾い者④
○ ◎ ●
「──それでアタシの所に来たってワケ」
オトコ、とは非常に面倒臭いイキモノだ。
意地っ張りで、限界を越えた我慢と忍耐こそが美徳であると信じて疑わず、弱みを見せる事は何にも代えがたい恥であると思い込んでいるようなタイプは、特にそうである。
「んんー……」
そんな存在が、今、目の前に座っている。
軽い頭痛すら感じつつ、けれどもそれを表に出さないように苦心しながら、プリッシラはカウンターに座って神妙な顔をしている“面倒臭いイキモノ”に向けて言葉を続けた。
「……取り敢えずそれなら、あの子達は連れて来るべきじゃなかったんじゃないかしらねぇ」
「——」
しゅんとしている。彼自身、どうにもこの状況には困り果てている様子だった。この”面倒臭いイキモノ”は大きな声で怒鳴ったり騒いだりはしないが、妙に我が強いというか意地っ張りと言うか、とにかく一度決めたら梃でも動かないような
要は、自分の性質に自分の首を絞められている訳だ。思わず苦笑いを零してしまいそうになったが、丁度良いタイミングでテレビから派手な爆発音が聞こえ、ギリギリの所で踏み留まる事が出来た。ヒナギクとホタルが釘付けになっているアニメも、そろそろクライマックスのようである。
軽く頭を振って頭痛を振り払い、カウンターに座っている彼にお茶を出してやる。“
「……」
「おいしい?」
「ああ。ホッとした」
「そ。良かった」
シン・ナルカミ。
プリッシラの友人であるティセリア・クラウンの友人の居候であり、身元不明の倭人。
倭人と言えばグリーン・ティーだろう、という安易な考えだったが、どうやら正解だったようだ。カップに注がれたグリーンティーを口に付けた瞬間、相手は一瞬だけだが確かにホッと柔らかく息を吐いた。普段は無愛想な仏頂面でも、素直に頬の筋肉を緩める機能は最低限備わっていたらしい。普段が普段だけに、中々のギャップである。もしかしたらティセリアもこれにやられたのかもしれない。
「……」
思考が横道にズレた。いけないいけない。
いつの間にか固く引き結んでいた唇を軽く噛んで
「で、仕事の紹介、だったかしら」
「ああ」
シン・ナルカミが思い詰めた顔をしてやって来たのが三十分程前。足元に纏わりつく小さな双子の女の子、ヒナギクとホタルをテレビのアニメに夢中にさせておいて、その隙に事情を語ってきたのがついさっき。
ティセリアに家賃を納めたいから働きたい。要約すれば、彼の相談というのはつまりそれだけの事だ。
家主に家賃を納める。それ自体は、店子としては当然の義務だし、別におかしな事ではない。
ないのだが……――
「……まず前提として聞きたいんだけど」
双子の様子を目の端に留めつつ、言葉を考え、考え、プリッシラは口を開く。
「貴方、それティセリアに言ったの?」
「言ってない」
「……それは、どうして?」
「一々聞くまでもない事だろ」
「……」
やっぱり。思った通りだ。
シンの行動は、道理と言えば道理だ。こうして行動を起こした所も、素直に称賛するべきだろう。
が、彼は一つ、別の道理を見失っている。
既に裏の事情を知っているプリッシラとしては、苦笑するしかなかった。
「……取り敢えず、一言くらいはあって然るべきなんじゃないの? 貴方が何も言わなかったら、ティセリアは貴方が何をしているのか分からないのよ?」
「別に悪いことをしている訳じゃないんだ。言う必要なんか無いだろう」
「だから、それは貴方が言わないと、ティセリアはそれが良い事なのか悪い事なのかも分からないんだってば」
「どうせ後で分かる事だ」
うーん、この。
暴発しそうになった言葉をすんでの所で呑み込んで、プリッシラは一旦冷静になる為、双子の方へと目を向けた。ホタルは固く拳を握って身を乗り出し、画面を食い入るように見詰めているし、ヒナギクはそんなホタルの肩を掴んで身を寄せて、やっぱり画面を食い入るように見詰めている。
少し前に此処に来た時、彼女達は"良い子"達だった。ティセリアと一緒の時は多少和らぐものの、その様は"良い子でなければ殺される"と言わんばかりで、その様はいっそ痛々しいくらいだった。それこそあの時の彼女達だったら、アニメなんか見ずにプリッシラを手伝おうとしただろう。
そんな彼女達が一番慕っている大人が、シン・ナルカミである。だから彼が本質的に悪い人間でないことくらいは、プリッシラにだって分かっているのだ。
分かっているのだが。
「……このニブチン……」
「?」
人間、道理を通すだけでは上手くいかないのだと、プリッシラはつくづく思い知ったのだった。
「えぇと、そうね……」
自己満足ばかりで、"もう一つの問題"には全く気付いていない彼は、結局の所、痛い目を見るのが一番の薬かもしれない。
さっさとそう結論付けて――決して面倒臭くなった訳ではない――プリッシラは素直にシンの相談に乗ってやる事にした。
「そもそも、シンちゃんって何が出来るの?」
「……選り好みをするつもりは無い」
「オーケー。大体分かったわ」
キビキビと答えてくる直前の、一瞬の間。微かに浮かんでいた、心許無さそうな気弱な表情を、プリッシラは見逃さない。
彼は確かに悪い人物ではない。悪い人物ではないが、ロクでもない人物というのも確かなようだった。常日頃から倭刀だなんて物騒なものを持ち歩いているのもそうだし、そもそもティセリアの所に転がりこんだのだって、何かから追われていたのが原因だったらしい。
そんな男に、普通の仕事が務まるか否か。どちらかと言えばプリッシラは懐疑的だ。
正直な所、この男との付き合いはティセリアにとっての害悪にしかならないのではないか、と言うのがプリッシラの本音だった。これで彼が真正の屑だったのならば、この場で刺し違えてでも殺してやるべきだとすら思っているのだが、そうでないのだから逆にこの男は扱いに困る。
全く、ティセリアも趣味の悪いオトコを見付けて来たものだ。
「——……まぁ、心当たりが無い訳でもないわよ、お仕事」
「本当か!?」
こっそり小さく溜め息を吐きながら言うと、相手はあからさまに表情を変えて反応した。基本的に目付きが悪いと言うか、あんまり愛嬌のある顔をしていないから、それがデフォルトだと思っていたのだが、こんな顔も出来るのか。ちょっと意外だ。
「ちょっと待って」
いつも制服のポケットに忍ばせているメモとペンを取り出し、サラサラと地図を描いてみせる。彼はまだこの街に来て日が浅いらしいので、なるべく分かりやすくて頼りになる地図を書いてやる事にした。
「はい、どうぞ。此処なら多分、貴方でも長くやっていけるんじゃないかしら」
するり、視界の端を影が通る。見れば、ヒナギクとホタルがアニメを鑑賞していた席から離れて、シンの所に戻ってきた所だった。流れで付けっぱなしだったテレビに視線を遣ると、無愛想なエンディングロールが流れている。どうやら終わったらしい。
「“
「実力さえあれば、それなりに安定して稼げるんじゃないかしら? それに、確か貴方達は追われている身なのよね?」
「あぁ」
白い服を身に纏った金髪の片割れが、シンの膝によじ登り、彼が持っている紙片を自分も覗き込もうとする。彼女は無口で無表情だが、その代わり行動力に特化している。シンもそれを一々咎めたりはせず、寧ろ上体を若干逸らして、自ら彼女の為にスペースを空けていた。それを見た黒服銀髪のもう一人の方の双子の片割れが、遅ればせながらシンのコートの裾を掴んで自らの存在をアピールし、シンは自身のもう一つの膝の上に彼女の身体を抱え上げてやっていた。
大型犬と、二匹の子猫。
何となくだが、そんな感想が頭に浮かんだ。
「其処はあんまり、人の過去とか詮索しない所だから。難しい事とか考えないで、お仕事に励めるんじゃないかしらね」
「そうか」
事情の詮索をされないという事は、逆に相手も事情を詮索されたくないという事。つまりそれだけ人には言えない事情を持つ者が多く集まっているという事だが、彼はそれに気付いているのか、居ないのか。
きっと気付いているのだろう。チラリと投げかけて来た視線には、微かな表情の変化や動作の機微から、此方の心中を推し量ろうとする鋭い輝きが見て取れた。
「大きな都市だからね。そりゃあ色んなヒトが集まるのよ」
「……」
「折角だから、アタシから向こうに連絡しといてあげるわ。シンちゃんはせいぜい、早く稼げるように頑張りなさい?」
まぁ、一々丁寧に説明してやる義理は無い。釈明や弁解なら尚更だ。プリッシラは別に彼に気に入られたい訳ではないのだから。
視線の交錯は、ほんの一瞬。シンは目を伏せ、ついでに膝の上に乗る双子に負担が掛からない程度に頭を下げる。
「……恩に着る」
「ハイハイ」
確かにロクでもなくて、多少ぶっきらぼうだが、思ったよりも誠実——少なくとも本人はそうあろうとしていて――で、行動するだけの気概もある。連れている子供の面倒を誰かに押し付けようとしない所も、まぁ好感が持てると言えば持てる。
もしかしたら、ティセリアもそんな所にやられたのかもしれない。詳しくは教えてくれないので何とも言えないが、彼の事を話す時の、ティセリアのあの表情は今まで見た事の無いものだった。
「……」
「……?」
「ごめんなさい、何でもないわ。そうね、ここを出る前に双子にケーキなんかどうかしら? 新メニューを開発中で、味見役が欲しかったのよ」
「「!!?」」
双子も、欲求に大分素直になったものだ。
欲しい、食べたいとは口には出さなかったが、目をキラキラと輝かせた彼女達に対し、プリッシラはにっこり笑って見せる。朝飯さっき食べたばかりだろ、まだ入るのか、と呆れた顔をしているシンは無視して、身を翻して厨房へ向かう。
「——……ふん」
ティセリアの、今まで見た事の無い、あの表情。どことなく浮世離れしたあの娘が、一瞬でこちら側に戻ってきたあの表情。
彼女も自分と同じ人間だったんだ、と嬉しく思ったのは事実。そういう事なら応援しよう、と色々張り切って思考を巡らせたのも事実。
けれど。
「……ポッと出の、居候の癖に……」
そんな彼女の表情を、長年付き合ってきた自分や周囲の友人達を差し置いて、いきなり引き出して見せた馬の骨。そんな彼が気に食わないのも、また事実だった。
○ ◎ ●
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