第5話 あまり実の無い問答

 水面に映る私の髪はそれは綺麗なきつね色だった。


「ほんとうに茶髪だ…」


 キョウと呼ばれた少女は自分の仕事は終わりだというように泉から手を引き近くの椅子(椅子というか座面のある岩と言った方がいいかもしれない)にふてぶてしく腰掛ける。無言でこちらをじっと見つめてくるが敵意もようなものは感じられない。まるで珍しいものでも見るかのようだ。


「もしかして髪の色が魔力と関係あるってのも知らないのか?」


 そう言われても知らないとしか言いようがない。


「知らない」


 そう私が答えると彼ははぁとため息をつく。


「一つ、魔力の質が高いほど髪の色は明るくなる、白髪はくはつだと存在するだけで金がもらえるって言われてる。二つ、狐色宗こしきしゅうってのはこの国最大の宗教団体の事、奴らは魔力の強い少女をさらって集めてる。三つ、俺たちはこの洞穴ほらあなでさらわれた身寄りのない子たちを匿ってる」


 なるほど、あのハゲは誘拐犯だったわけだ。


「それで…」


「え、まだ続くの?」


 この少年、話が長いタイプの人間ではないだろうか。


「それで、魔力が強いって言っても二種類居る。魔力の質が高いやつと魔力量が多いやつ。例えばそこのキョウは魔力量は少ないが水と親和性の高い魔力を持ってる」


 赤髪の少年はメガネの少女に目を向けた私もつられてそちらを見る。胸まで伸ばした綺麗な薄紫色をした髪の毛、薄い唇、伏し目がちで分かりにくいがよく見ると釣り目ぽい。歳は10歳行かないくらいだろうか。


「なるほど…」


 なんて口にするが全く分かっていない。まず魔力、かなり異世界ぽいが正直なところ異世界系の話を私は読んだことがほとんどないので急に順応はできない。そして髪の毛、地毛で赤や薄紫のひとなんて初めて見た。で、宗教まで絡んでるとか…かなりキャパオーバーだ。


「取り合えず…私を助けてくれたってことでしょ?ありがとう!」


 なんか難しいので、まずお礼を言うことにした。


「あぁ…もうそれで良いよ」


 少年は若干あきれたような素振りを見せ、また喋り出す。


「で、あんた帰るところあるのか?そんな服装初めて見たぞどこから来た?」


 それについて私は説明する術はない。本屋に行こうとしたら急にここに居たとしか言いようがないが超わけわからないと思う。帰る場所は、だから帰ることが出来るなら今すぐ帰りたい。出来たら苦労はしないだろう。そもそも流れに身を任せ騙されてこんなところまで来てしまった。たった半日で何が起きているかも整理できないまま薄暗い洞窟で座り込んでいる。私が頭を捻っていると、ぽちゃんと水滴が泉に落ちる音がした。それを合図に少女は口を開いた。


「ねぇ、私お兄ちゃんのとこに戻っていい?」


 黙って座っていた少女は立ち上がってこの場を離れようとする。少年からの承諾は当然もらえると確信しているのか、もうだいぶ離れている。


「あぁ急に呼びつけて悪かった、有難う。」


 少年のその言葉を聞くと少女はこくりと頭を下げこの場を後にした。


「それで、帰る場所は分かるか?」


「…帰りたい」


「願望じゃなくてその…」


「でも帰り方が分からないの」


 私がそう言うと少年は困ったように頬杖を突く。鍾乳石からいつくか水滴が落ち切った後、しばらくして少年が訪ねてくる。


「どこから来たかくらいは分からないか?」


「福岡県宗像市…大谷」


「分かった分からないんだな、狐色宗の奴らに記憶をいじられたか…それとも…」


 赤髪の少年は何か考え事を始めてしまった。あらぬ誤解を植え付けたとみて間違いない。ないがどこから来たかと聞かれたらこう答える以外、私には思いつかない。冷たい無機質な石の床と外から吹き込んでくる風が私のそばを通り過ぎていく。思わず身震いをしてしまう。しかし風が運んできたのは寒気だけでは無かった。冷たい風の中にかすかに豊かな香りを感じることが出来た。思い出すのは学校からの帰り道近所の家から漂ってくる晩御飯の香り、その香りを嗅いで自分の家の夕飯を楽しみに帰路につくのだ。突如私のお腹が盛大に鳴った。


「腹減ってるのか?」


「いや、別に…」


 私はとっさにごまかそうとする。


「そうか」


 と言って少年は立ち上がった。こちらを一瞥したので何?と聞いてみたが反応は無い。一呼吸おいてこの場を離れおそらく風上と思われる方へ消えて行った。


 そしてまた私は一人になった。

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